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広告、現代美術、CF、映画と、常に新しい表現を求めてジャンルを横断する写真家

Vol.153
写真家 瀧本 幹也 (Mikiya Takimoto)氏
Profile
写真家 / 1974年愛知県生まれ。94年より藤井保氏に師事。98年に写真家として独立し、瀧本幹也写真事務所を設立。広告写真をはじめ、グラフィック、エディトリアル、自身の作品制作活動、コマーシャルフィルム、映画など幅広い分野の撮影を手がける。
今年度(2018年度)のカンヌ映画祭で最高賞にあたるパルムドールを受賞した是枝裕和監督が長年に渡って信頼を寄せている写真家がいる。それが、瀧本幹也さんだ。瀧本さんは、広告、現代美術、コマーシャルフィルムのほか、映画でも日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞するなど幅広い分野を横断して活躍する異色の写真家だ。広告の分野では福山雅治主演の大河ドラマ『龍馬伝』(2009)のほか、満島ひかりとチーターが共演した「カロリーメイト」(2014)や、宇多田ヒカル出演の「サントリー天然水」(2017~)などが有名だが、映画撮影では是枝監督作品を多く手掛けている。第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞を受賞した『そして父になる』(2013)や第39回日本アカデミー賞最優秀撮影賞受賞の『海街diary』(2015)などで注目を集めている。さまざまなクリエイターから求められるその独特なスタイル、そして多ジャンルを横断して活躍するクリエイティビィティはいかにして築かれたのか、じっくりと伺った。

父と兄が「ムービー班」、自分は「写真班」

「カロリーメイト」(2014)

幼年時代からカメラに没頭されていたと伺いましたが、どんな子ども時代でしたか?

初めてカメラを手にしたのは小学校3年生の頃です。父が8ミリのムービーカメラを購入した時、家族のイベントがあると父と兄が「ムービー班」になったんです。自分はおのずと「写真班」になりました。8ミリカメラを触りたかったけど、すぐにコンパクトカメラに夢中になりました。絵を描くことが好きだったので、絵画の延長上で撮っていて、おもしろい遊び道具を得たという感じでした。被写体は、家族や友だち、風景ですね。少し人と違った感じに撮りたくて、逆光で撮ってみたり、同じ照明でもアングルを変えるとどうなるのかとか、実験的なことを当時からしていました。当時はデジタルカメラはありませんから、写真屋にフィルムを持って行き、サービスプリントの現像を待つ。それが楽しかった。

いつ頃からプロのカメラマンを目指し始めたのですか。

中学の頃には、はっきりと「写真家になりたい」と思っていました。高校に入学しましたが、どうしても受験勉強に意味を見いだせず、高校2年生で中退しました。写真家になれるのか将来は不安でしたけど、もう勢いですよね。ちょうど、その頃フォトコンテストで最優秀賞を獲ったこともあって、「やっぱり学校の勉強より、一刻もはやく写真漬けの日々を送りたい」って一気に気持ちが傾いてしまって。実際はそんなに簡単じゃないことは後から気づくんですけど(笑)。でも例えば、料理人の方は早くから弟子入りしますよね。そんな感じで、すぐにでもプロの道に入りたくて仕方なかったんです。とはいえ、どうしたらいいか、よくわかっていませんでした。そのため、中退した後は、近所の写真館に弟子入りしました。七五三や成人式、結婚式の写真だけじゃなく、料理写真や建築など、いろんな写真を一通りやらせていただけたので、この時の経験は、後ですごく役立ちました。そこでさらに、本格的に写真を学んでみたいという気持ちが固まりました。

その後、単身で上京し、写真スタジオでスタジオマンとして働かれていらっしゃったんですよね。

スタジオマン時代は忙しく厳しかったけど、楽しかったですね。一日の終わりには、セットの“片づけ役"を引き受けていました。撮影セットをそのままにしてもらい、自分自身で撮影して、プロのカメラマンの撮影手法をなぞることが日課でした。雑誌や広告など、さまざまな撮影の現場を経験させてもらった中で、いちばん魅かれたのが広告の仕事でした。クライアントから与えられたテーマや課題をもとに構想して、計算して緻密に作りあげていくのが自分の性格に合っていると感じました。

バブル期に異彩を放っていた写真家・藤井保氏との出会い

「サントリー天然水」(2017)

当時はバブル期ですよね。広告や雑誌の仕事は、件数も予算もふんだんにあったのではありませんか。

ちょうどはじけた後ですが、そのなごりはありました。東京に出てきて驚いたのは、仕事の多さと消費文化でした。いまでは撮影スタジオで使うセットもパネルも使いまわすし、リサイクルもしますけど、当時は捨てるにしてもセットを解体する時間がないほど忙しかったんです。だから、もったいないと思っても、一回限りの撮影でどんどん捨ててしまう。1日に多い時では3本撮影が入り、少しの時間でも空きができると、すぐにキャンセル待ちの撮影で埋まるような時代で、朝から深夜まで撮影が続きました。広告撮影では、著名な外国人モデルを起用して、大型のセットを組んだり、ときにはロケに同行することもあって、予算は今と比べものにならないくらいだったと思います。

ちょうどその時期に、写真家・藤井保さんのJR東日本の「その先の日本へ。」を見て、すごくかっこいいなと思ったんです。藤井さんの写真は、たくさん予算を使って、大がかりなセットの中で外国人モデルを撮影するような華やかな写真とは真逆でした。荒涼とした断崖に駅員さんがぽつんと立っている写真で、華やかさはないけど、心に突き刺さるような写真で。こんなアート作品のような写真を広告で展開していること、さらには、こんなに人を感動させることができるんだと思い、「師事するならこの人だ」と決意しました。

広告写真の第一人者である藤井保さんからは、どんなことを学ばれましたか。

藤井さんは、さまざまな制約がある広告写真でも、自分の表現をピュアに出せている。「すごいな」と思っていたのは、相手がどれだけ偉い人でも全く媚びることなく、自分の意見をはっきりと伝えてよくないと思う事は正していくのです。それと同じで、写真との接し方がピュアで、嘘がない。それが作品にも現れていると感じました。藤井さんは、セットも手作りしたり、リサイクルしたりする方で、当時の消費文化とも一線を画していましたね。藤井さんから教わったことで、一番大きかったのは、写真と対峙する時の真摯な姿勢だったと思います。

企業広告の現場は、クライアントや広告会社など、さまざまな立場からの要望がある上、予算や撮影時間、タレントの都合など制約が少なくありませんよね。ですから、藤井さんも瀧本さんもご自分の表現を手放さずに、クライアントの要求に応えた作品として成果を上げたものを出されているのだと思います。

そうですね、広告写真については、いかに自分のテイストに引き寄せながらも、広告として成果をあげられる写真を撮るかということに注力してきました。簡単に言うと、自分の写真は“アイデアで様々な問題点を解決していく"ところがあると思っています。

蒸し暑い真夏の地下鉄で行き交う人に何を見せればプールに行きたくなるのか

としまえんプール(2000)

ところで、瀧本さんの作品が有名になった広告写真のひとつに「としまえんプール」のポスターがあります。プールの広告ポスターなのに、プールそのものは一切写っていないことが、とても斬新に感じました。でも無性にプールに行きたくなる気持ちを掻き立てられました。

「としまえん」の夏のプール用のポスターですね。もともとラフスケッチは「消防士が水をまく」というコンセプトが決まっていて、沖縄に行ってさまざまなシーンの撮影を試してみたのですが、これはと思うものがなかなか撮れませんでした。結局、空き地に鉄骨のセットを組んで、その上にガラスの板を置き、消防士に立ってもらい、自分はガラス板の下に寝転んで、セットごと暗幕で囲んで撮影を行いました。真夏の蒸し暑い地下鉄や私鉄で行き交う人に何を見せればプールに行きたくなるのか、そんな写真を模索し続けました。

狙い通りでした。それはこの写真がどんな場所で掲出され、誰に向けて提示しているのかを考えたうえで撮られたということが功をなしているからですよね。写真が展開される「場所」を借景として考えた上での作品を撮られたということでしょうか。

それはいつも考えています。表現を模索していると、どうしても狭い場所や細かいところばかりに目が行きがちなのですが、一度、すごく俯瞰して違う目線から物事を考えるようにしています。例えば「これが山手線のプラットホームに貼られたらどう見えるか」みたいな事を想像してみます。そうすると「こんなチマチマしていたらダメだ、もっと振り切らなきゃ」と違う発想が出てきたりします。

是枝監督から映画撮影を頼まれるきっかけになったテレビCM

大和ハウス工業「ここで、一緒に」シリーズ

現場で臨機応変に動き、考えながら作品をつくることのできるフットワークの良さがおありなんですね。撮影現場でそこまで柔軟に動けることが映画の撮影も頼まれる理由なのでしょうね。映画作品では是枝監督の映画を多く撮られていますが、スチール出身のカメラマンの方が、映画の撮影監督をされているのは珍しいケースのように思えます。

もともと『空気人形』(2009年、第62回カンヌ国際映画祭のある視点部門に招致された是枝監督作品)にスチール撮影で入らせていただいた時に、是枝監督が「写真が強い」と褒めてくださったんです。その後、リリー・フランキーさんと深津絵里さん出演の大和ハウス工業のCMを撮る仕事があったのですが、たまたまそのCMを是枝さんがテレビで見てくださり「このCMを撮ったカメラマンは誰だろう」と探してくださって。そのことがきっかけで「映画を撮ってみませんか」とオファーをいただきました。それが『そして父になる』でした。

『三度目の殺人』
監督・脚本・編集:是枝裕和
© 2017 フジテレビジョン アミューズ ギャガ

是枝監督から映画撮影でその後も呼ばれる理由について、ご自身では何が理由だと思われますか。

理由はわかりませんが、被写体を捉える距離感や温度感が近いのかなとは思います。人間関係の生々しい感じをクローズアップで撮る監督もいますが、是枝監督も僕もそうではなく、若干引いたバランス感覚が近いように感じています。物理的な距離感とは違って、冷静沈着で静かな温度感というのか……。もちろん、何を求められているかは、その都度、作品によって違いますけどね。例えば『三度目の殺人』のクライマックスでは、刑務所での接見室で、アクリル板越しに福山雅治さんと役所広司さんの顔が重なり合うカットがあります。福山さんが弁護士役ですが、自分自身が分からなくなってきて犯人である役所さんに重なっていく感情の揺らぎみたいなものをアクリル越しに反射させてダブらせてみせるという撮影アングルがあります。二人の感情を絵で表現するという意味では、写真的な発想だと思いますし、自分らしい撮り方だと思っています。この撮り方のために、お二人が座る位置をちょっとずらしていただいたので、映像では目線は向き合っているように見えますが、リアルではお二人の視線は合っていないんです。しかも二人の顔の位置がとても近いので、現場で見ると違和感があるかもしれません。でも映像で観ると、違和感がない。役者の方には絵作りを優先していただいたので、お芝居がやりづらかったかもしれませんが、現場で話して納得していただいて、あのショットを撮ることができました。撮影現場で思いついたアングルです。

ジャンルを超えていくと、表現自体が新しくなると思う

『そして父になる』
監督・脚本:是枝裕和
© 2013 フジテレビジョン アミューズ ギャガ

常に、新しい表現手法を模索されているのでしょうか。

そうですね。自分にはまだ見えていない何かを捕まえたいという気持ちは常にあります。チャレンジや好奇心という言い方になるのかもしれないけれど、自分では趣味の延長なのだと思います。子どもの頃は「こうやって撮ったら、どうなるだろう」という好奇心で撮っていました。でもいまは仕事として予算や事情やさまざまな条件を考慮して、求められる写真を求められる通りに撮っていくと、どこかで“カドのとれた仕事の写真"になってしまうのだと思います。やっぱり、自分が盛り上がったり、心から感動したことを「どうしてもこれを伝えたい」と沸き上がってくる気持ちはすごく重要で、そこを忘れないようにしたいと思っています。それが広告写真であっても、自分の作品であっても、映画だとしても、常に「こうしたほうが良くなるかも」とか、「面白い表現になるんじゃないか」、「いい写真になるかも」という気持ちやチャレンジを大切にして、新しい表現が生まれたときは嬉しいですね。もちろん、新しい表現や前例がない冒険的なことをさせてくれる気概のある企業やクライアントがあってこそですけど。そういう企業は商品に自信があるんだなと感心しますね。

最後に、これから写真家を目指す方に一言お願いします。

プロになって周りを見ると、写真という分野の中で広告、現代美術、CM、映画と細分化されていて、広告写真の人はなかなか映像業界には行かないですし、映画畑の人は広告写真を撮ったりしません。意外と分野ごとに隔たりがあることに気づきました。専門家の分業が進んでいるとも言えますが、僕自身は、もっとジャンルを横断して交わったり、チャレンジした方が面白いと思う。写真の人は映画的な撮り方を知らなかったり、CMの人は写真作家の世界のことを知らなかったりする。でもジャンルを超えていくと、表現自体が新しくなると思います。ですから、これからプロになる人たちは、基礎は大事ですが、大きな視野で表現を考えていき、時には分野を越えていくことで、“広告写真ってこういうもの"、“映画撮影ってこういうもの"という既成概念を刷新していくような表現や発見と出会ってほしいですね。

取材日:2018年4月19日 ライター:河本洋燈

瀧本幹也(たきもと・みきや)/写真家

1974年愛知県生まれ。94年より藤井保氏に師事。98年に写真家として独立し、瀧本幹也写真事務所を設立。広告写真をはじめ、グラフィック、エディトリアル、自身の作品制作活動、コマーシャルフィルム、映画など幅広い分野の撮影を手がける。主な作品集に『CROSSOVER』(18)『LAND SPACE』(13)『SIGHTSEEING』(07)『BAUHAUS DESSAU ∴ MIKIYA TAKIMOTO』(05)などがある。また12年からは映画の撮影にも取り組む。自身初となる『そして父になる』(是枝裕和監督作品)では第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞を受賞。15年には『海街diary』で第39回日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞。17年『三度目の殺人』第74回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門。東京ADC賞、ニューヨーク ADC賞 GOLD、カンヌライオンズ国際広告祭 GOLD、ACC グランプリ、日経広告賞グランプリ、ニューヨーク CLIO AWARDS GOLD、ロンドン D&AD YELLOW PENCILなど、国内外での受賞歴多数。

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