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映画は技術じゃない。監督に必要なのは映画に対する“精神”なんだよ。

Vol.136
撮影・映画監督 木村大作(Daisaku Kimura)氏
Profile
1939年、東京都生まれ。1958年東宝に入社。撮影部に配属され、黒澤明の作品にキャメラマン助手として参加。監督・脚本・撮影を担当した『剱岳 点の記』では日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞。日本アカデミー賞優秀撮影賞を21回受賞、うち最優秀撮影賞5回受賞。

日本で最も有名なキャメラマンで映画監督といえば、この人、木村大作氏にほかならない。東宝に入社後、黒澤明のキャメラマン助手を経験し、『八甲田山』(1977)のキャメラマンとして注目を集めた後は、岡本喜八、森谷司郎、深作欣二ら、巨匠監督の名キャメラマンとして名をはせた。それだけでなく、2009年には『劔岳 点の記』で監督デビューも果たしている。その伝説的な映画人生の中でも、降旗康男監督との関わり合いはもっとも長く、『駅 STATION』(1981)、『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)などの作品の撮影をつとめ、約35年間にわたって、数多くの代表作をこの世に送り出してきた。このたび、第15作目になった降旗監督作品『追憶』(2017年5月6日公開予定)を撮り終えた木村氏に話を聞いた。

黒澤明に影響を受けて 高倉健の現場で育てられた

降旗監督との“黄金コンビ”が復活しましたね。木村さんにとって降旗監督とは?

降旗さんは哲学者だね。言うことが哲学的だけど、俺はその意味を理解できると思っている。だから現場では、降旗さんの考えをスタッフや役者に翻訳することが多いね。でも俺たちは、一回も打ち合わせをしたことがないんだ。今回の『追憶』でも降旗さんがやりたいことはこれだって俺には最初からわかってた。それはわざわざ言葉にすることでもないから、お互いに現場で勝手にやってるんだよね。でもそこにズレがないことに関しては、自信があるんだよ。その部分は、みなさんには理解できないこと。でも、実際にお金の問題はあるし、そこを無視するとプロデューサーは泣いちゃうし、(映画制作が)成立しなくなる。だから、その翻訳を俺がやってる感じかな。時には、大喧嘩になることもあるよ。映画会社の重役に対しても「てめえ、このやろう」って勢いでさ。でも降旗さんは「大ちゃんとは性格は違うけど、進む方向は同じだ」って言ってくれてる。だからこれだけ一緒に作品を作ってこれたんじゃないかな。

黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(1958)の現場で撮影助手としてデビューされたのがキャメラマンとしてのスタートだったんですよね。

昭和33年、18歳の時に東宝に入社した。その時から30歳まで黒澤組の撮影助手だったから、やっぱり黒澤監督の影響が一番大きいね。俺の映画人生は、黒澤明に影響を受けて、高倉健の現場で育てられたと思ってる。今でもしょっちゅう「黒澤さんだったらどうするんだろう」って考えてるな。僕は黒澤明っていう人は映画の神様だと思ってる。映像、物語、人物、メッセージ、芸術性……黒澤さんの映画って、すべてが入っている映画だよ。そういうのが理想だよね。だから世界で認められている。それがすごい。一部の人たちに評価されてもしょうがない。映画って、観られて初めて完成されるものだから、多くの人に観られないとダメだと思う。

だから結局、監督が一番頑張らないといけないのは、映画に対する “精神”の部分だよね。最近の監督はテクニックに走ってるよな。僕らは、黒澤(明)、小津(安二郎)、溝口(健二)、成瀬(巳喜男)みたいな巨匠の映画をじっと見ながら育ったから、「監督がテクニックに走ってどうするの?」って思うわけよ。今は、資本家が「これ作ったら当たるぞ」みたいなことを言って企画が動くわけでしょ。儲かることばかり考えて映画を作っているから、今の映画界はおかしくなったんだよ。

黒澤明も認めた撮影技術をお持ちの木村さんが「映画は技術じゃない」とおっしゃると、重みがありますね。

黒澤さんの時代は、しょせん撮影助手だったんだから、俺なんて何でもないよ。ピント合わせは褒めてもらったことはあるけど、でもそれは技術的な問題。こっちが勝手に現場で映画づくりを学ばせてもらっただけ。同等の立場で仕事をさせてもらった訳じゃない。それに、カネや技術で映画が撮れるならこんなにラクなことはない。大間違いなんだよな。結局、自分の感覚を磨くしかない。凡人ほど、自分の感覚は鋭いと思っている。そのあたりで立ち止まって考えることは難しい。俺だって、いまでも考えてるよ。

日本アカデミー賞優秀撮影賞を21回受賞、うち最優秀撮影賞5回受賞。 賞状の入った額縁を積み重ねて作られたサイトテーブル。

山に弱いからこそ 自然の厳しさや美しさが撮れる

「技術やカネじゃ映画は撮れない」、そうした想いがあって、『剱岳 点の記』では監督をつとめられたのですか?

単に俺がやるしかなかったんだよ。「明治の測量隊の話なんて、絶対にお客が来ない」と 思われていたから、引き受けてくれる人がいなかった。ストーリーにしても、この映画では誰も死なないし、不治の病になるわけじゃないし、悪人は出てこないしで、(映画が)当たる要素がひとつもないって。だから監督、脚本、プロデューサーの一部も全部自分でやった。でもヒットしたんだよ。観てくれた降旗さんは「大ちゃんは神々しいものに出会いたかったんだよ」と言ってくれて、その通りだなと思ったけど、何か“本物”で勝負したかったんだろうな。半世紀も撮影してきて、それは後世に何か残そうというのとは違ってさ。黒澤明はゼロから本物を作りだせちゃう人だった。でも俺は違う。その本物を作るカネも技量もない。本物を作り出すって、かなりカネがかかるんだよ。たとえば『用心棒』(1961)の宿場町。あれだって、今セットを作ると数十億円はすぐにかかってしまうだろうね。黒澤さんのすごいところは、本物を作ってまでやろうというところにあるし、黒澤さんがやると言ったらみんなカネを出すんだよ。でも、俺がそれをやりたいと言っても出してもらえない。だったら、“本物”のところに自分たちが出向けばいいんじゃないかって思ったんだよ。大自然の中には、それがあるんだから。それが山に向かう理由だな。そういう企画だったんだよ。

そこまで突き動かされた原作の魅力は木村さんにとってどんなものだったのでしょうか。

テーマは、ただ地図を作るために献身する明治の男たちの姿だった。それは、これまでただ映画を作るために生きてきた自分と重なる部分があったから「俺には撮れる」って思ったんだよ。脚本には、「誰かが行かなければ道は出来ない」、「何をしたかではなく、何のためにしたかが大事だ」とか、魯迅や山本周五郎から影響を受けた言葉や自分の生き方の指針みたいな言葉をかなり入れたよね。

『春を背負って』(2014)でも監督をつとめられました。壮大な自然と人間ドラマを絡ませていく秘けつはどこにあるのでしょうか。

人間の感情で出せる範囲ってどうしてもある。お芝居で出せる表現の限界ってあるんだよ。人物の背景や環境が、その人間の情感を大きく表現できることってあるもんだよ。芝居だけで伝わるなら、わざわざ背景を作ったりロケ地に行って撮影する必要ないじゃない。役者は暗幕の前で演技すりゃあいいんだもん。バッグラウンドを大切にしないと俳優も生きないっていうことってあるんだよね。

それが自然の厳しさや美しさという両面だったのでしょうか。

そうだね。もともと俺は荒波だったり、雪や沈む太陽が好きなんだよな。降旗さんに言わせれば、それが映画の詩情、ポエジーなんだろうけど。映画は自然の力を借りて情感を創り出す仕事なんだ。その中でも俺は雪が降ることによって生まれる情感が好きなんだな。でもそれってさ、俺が山に弱いからああいう構図や映像が撮れるんだよ。よく勘違いされるんだよな。山の映画を撮っているから、さぞ山にお強いんでしょうって。それは違うんだよ。山に強かったら周りを見れないと思う。弱いからこそ、常に気候や状況の変化に敏感だし、より自然の力に感じ入ることができるんだと思うよ。だから、登山家の三浦雄一郎には映画は撮れないよ。

『春を背負って』の撮影で、山に一番強かったのは蒼井優だったね。優ちゃんはもともとバレエをやっていたとかで体力も気力もあってすごい女優さんだった。その次が松山ケンイチ。青森出身だから雪に慣れてたね。豊川悦司と俺は一番弱かったね。俺は身一つだけど、スタッフは何十キロもの機材を背負ってるわけだから「これ以上はダメだ」っていう態度は俺が率先して、最初に示してた。ほかのスタッフに「ほら、お前も一緒に倒れろよ」ってやったりして、それを見たガイドが「じゃあ今日はこのへんにしましょうか」って止めたりね。そういう気づかいはしていたよな。

唯一無二の俳優・高倉健 その後を行く岡田准一

ご自身の弱さがあるからこそ、自然の厳しさや美しさを撮れるというお言葉は、降旗監督作品のテーマにつながるような気がします。そして、高倉健さんも厳しい自然のバックが似合う俳優でしたね。

そう、健さんで一番絵になるのは、荒波に立っている後姿なんだよ。背中に人生を感じさせる。みなさんもそうだと思うが、年齢も生き方も後姿に出る。幸か不幸か、映像ってそこまで出ちゃうんだよ。俳優が時々「どういう勉強をしたらいいんですか」って聞くけど、「そりゃあ、日常だよ」って答えている。セリフがなくても、魅せられる俳優さんっているんだよね。健さんはお芝居が上手いわけじゃない。すべて人生を背負った佇まいが何かを感じさせるということ。実際、トンネル掘らせても高倉健だし、居酒屋の店主をやらせても高倉健、何をやらせても高倉健でしょう。だから、自分の日常からはみ出したことはやらないよね。でも、立ち姿だけで神々しい精神性を感じさせた俳優は後にも先にも、やっぱり健さんなんだよね。かつそこで情感が出せた俳優って、日本では唯一無二なんじゃないか。ほかにはいないよ。

高倉健さん以降で、近いものを感じる俳優はいらっしゃいますか。

若手ではやっぱり、岡田准一だね。今回の『追憶』では、小栗旬も安藤サクラも柄本佑もよかったけど、岡田准一はすごいよね。出番がない時にも現場に来てるんだけど、そのへんに立っているだけで「いいなあ」って思わせる何かがあるし、いいところまで行くなって思う。出番がないと呆けてるやつもいるからさ。健さんは、現場では絶対に椅子に座らなかったからね。座らないでじーっと撮影現場を見てるわけだから、ある種のプレッシャーもあって、スタッフだってサボれないよね。でも、同時に自分にもプレッシャーをかけている。だから、お芝居が上手いか下手かより、まず俳優として現場に来てるわけ。岡田准一と小栗旬のふたりは、丁々発止のやりとりが多くて、ワンシーンワンカット、多重カメラで撮ったシーンが多かった。長セリフも結構多かったけど、ふたりとも一回もトチってないんだよ。つまり、現場に入った時には、セリフが全部完璧に頭に入ってるということ。これはすごいことだよ。でもそれ以上に健さんがすごいのは、俺はもう40年近い付き合いだったけど、一度もそういうミスがなかったっていうことだよね。一作品じゃない、全作品を通じて一回もなかったんだ。

そこまで完璧だったんですね!

さらにすごいのが降旗さんだよ。『駅 STATION』で、「私の声、大きくなかった?」と言う倍賞千恵子さんに健さんが「樺太まで聞こえるかと思った」と言うシーンがあったんだけど、健さんは「このセリフは倍賞さんに失礼だから、なくてもいいんじゃないですか」って降旗さんに提言したんだよね。その時は俺も同じく反対したよ。でも降旗さんはいつもの調子で「うふふふ」って、ただ笑っただけ。だから、健さんは結局そのセリフを言ったんだよ。その後、映画が完成して、劇場で映画を観ていたら、そのシーンでみんな爆笑してたんだよね。バカにした笑いじゃなくて、笑いとしてちゃんと成立していた。やっぱりああいうユーモアって大事なんだよね。俺は下手だけどさ。だから、あの高倉健に「うふふふ」って笑うだけで説得して、演技をさせちゃう降旗監督って、すごいと思うよね。俺には到底できないよ。

“観る”という行為は 人間の原点

そう聞くと、降旗監督と木村さんはとてもいいコンビなんですね。黄金のコンビと言われる所以がわかりました。ところで、いまの日本映画に対して思うことはありますか。

わずか3年で、全国の映画館でフィルム映写機からデジタルに切り替わってしまった。もちろんデジタルに替わる利点もあるんだろうけど、そのことで映画の大事なものがいくつも失われた気はするね。だから映画館で映画を観てくれる人たちは、もっと映画館の装備や環境に対して声を上げるべきだと思う。例えばスクリーン。3Dにはシルバーという種類のスクリーンが向いているけど、これで普通の映画を映したら反射率が高すぎて白いところが飛んじゃうんだ。『北のカナリアたち』(2012)をシルバーのスクリーンで映されたらこっちは堪らないよ、雪なんか見えなくなっちゃうんだから。本来、映画にはホワイトという種類のスクリーンがいいんだ。撮影所とか現像所にはこのホワイトしかなくて、それで一番いい状態で映るように制作しているわけだから、他の種類のスクリーンで映したらだめなんだよ。やっぱり、自分でつくった映画ですら、時間が経つとストーリーを忘れてるよ。でも映像って不思議と頭に残っていたりする。昔、映画『また逢う日まで』で、ガラス越しのキスのシーンがあったけど、ストーリーやディティールは忘れても、あのショットだけは、いまだに頭から離れられないよね。だから映像や構図は大事だと思っているし、ああいうの、やりたいなあって思うよ。

映像づくりに人生をかけてきた木村さんから、クリエイターに応援メッセージをお願いします。

やっぱり本物を観るっていうことが大事だと思う。“観る”ということが人間の原点なんだよ。観ている時に、どうやってそれに感動したのか、いかに心を動かされたのかを自分の中に取り入れられないと、人は成長しないんだと思う。観ることは誰も教えられないしね。山に登ると、10年に一度見られるか見られないかの景色に遭遇することがある。でも、それをじっと待つことができるか。本物を知る人なら待てるんだよ。

映画って生易しいものじゃないんだよ。だから「がんばれ」としか言いようがないよね。 あとは才能を伸ばすしかない。これが難しい。でも夢は挫折するためにあるんだって俺は言いたいね。そういうと大概みんな引くけどさ。夢は5つか6つ持ったほうがいい。1つだけだと、夢に破れた時に、おかしくなる人が多い。5年しっかりやれば、この先どこまで行けるか見えてくるもの。それがダメだった時に、次の夢に鞍替えするのは、なかなか難しい。挫折する可能性は90%。だから夢を鞍替えする勇気を持つことの方が、夢を持つことよりも難しいんだよ。そう思って頑張ればいいんじゃないかな。

木村さんは、まだまだ映画は撮られますよね?

来年(2018年)ちょうど映画界に入って60年目。ちょうど定年の年齢だけど、まだまだ定年っていうことにはいかないなあ。食っていけねえもん(笑)。実際に動き始めた企画もあるけど、まだ発表できないんだ。でも、映画業界が変わっても、俺の映画づくりは変わらないよ。

取材日: 2016年10月25日 ライター: 河本洋燈

 

木村 大作(きむら だいさく)

1939年、東京都生まれ。1958年東宝に入社。撮影部に配属され、『隠し砦の三悪人』『用心棒』といった黒澤明の作品にキャメラマン助手として参加。1973年にキャメラマンデビュー。代表作に『八甲田山』(1977)、『復活の日』(1980)、『駅 STATION』(1981)、『火宅の人』(1986)、『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)、『北のカナリヤたち』(2012)など。監督作品としては『剱岳 点の記』(09)、『春を背負って』(14)がある。監督・脚本・撮影を担当した『剱岳 点の記』では日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞。過去、日本アカデミー賞優秀撮影賞を21回受賞、そのうち最優秀撮影賞5回受賞。

『追憶』

岡田准一、小栗旬、柄本佑、長澤まさみ、木村文乃、安藤サクラ、吉岡秀隆

監督:降旗康男 脚本:青島武 瀧本智行 撮影:木村大作 制作プロダクション:東宝映画、ディグ & フェローズ 配給:東宝 2017©映画「追憶」製作委員会 2017年5月6日(土)ロードショー!

日本映画界の伝説と豪華俳優陣が奏でるヒューマンサスペンス

『駅 STATION』『夜叉』『あ・うん』『鉄道員』といった数々の名作を世に送り出してきた監督・降旗康男とキャメラマン・木村大作の黄金コンビ。名匠二人が9年ぶりにタッグを組んで挑むのが本作『追憶』。 一つの殺人事件をきっかけに刑事、被害者、容疑者という形で25年ぶりに再会を果たした幼なじみの3人。それぞれが家庭をもち、歩んできた人生が、再び交錯し、運命の歯車を回し始める。主演は全世代から幅広い人気を誇る国民的俳優の岡田准一。共演には小栗旬、柄本佑、長澤まさみ、木村文乃、安藤サクラ、吉岡秀隆といった豪華俳優陣が集結した。風情豊かな北陸の地を舞台に、珠玉の日本映画が生まれる。

詳しくは、『追憶』公式サイトをご覧ください。

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