良い部分もダメな部分もあるからこそ、人間。 人間を多面的に描き出す映画を撮りたい。

Vol.131
映画監督 雑賀俊朗(Toshiro Saiga)氏
大ヒットしたマンガや小説をもとに映画を製作する、いわゆる“原作モノ"と言われる作品が多い現在の邦画業界。そんな中、自ら企画を立ち上げ、数年かけてオリジナルの脚本をつくり、メガフォンを取っているのが、雑賀俊朗監督だ。オリジナル映画の企画が通りづらくなっている昨今、自分の世界観を積み上げながら劇場映画を撮り続ける雑賀監督に、最新映画『カノン』(配給・KADOKAWA /2016)について、また一人のクリエイターとして、映像表現や自らの作家性について話を聞いた。
 

晩年に知った実の父の壮絶な体験と 息子には伝えきれなかった思い

第131回 雑賀俊朗(Toshiro Saiga)氏

『カノン』を撮ろうと思ったきっかけから教えてください。

2011年の震災の年に母が亡くなった後、母を追うように父も亡くなったことが大きかったです。男って弱いですよね。父はそれまでピンピンしていたのに、母が亡くなったら急に体力も衰えていって。今でも鮮明に覚えているのが、最後のお正月にこたつで一緒にみかんを食べていたら、父が珍しく急に戦争時代の話をし始めたんです。10代の頃に戦争に行った話は聞いていましたが、具体的な話を聞くのは初めてでした。第二次世界大戦が終わって、中国兵の戦争捕虜になって脱走、その先でロシア兵に捕らえられて捕虜になり、そこでも脱走して、命からがら満州から日本に帰ってきたという話です。初めて聞くことばかりで、びっくりしました。90歳近い父が、急に8時間もぶっ通しで、目に涙を浮かべながら語る姿に胸をうたれました。「すべて知っている」と思い込んでいた父の知られざる半生に思わず思いをはせました。同時に、家族なのに知らないことがこんなにある。家族だから心にしまっていたこともあったのだろうと思って……。その出来事の一方で、あんなに子どもが生きがいだった母でさえ、最期は痴呆症になって、子どもの顔も名前もわからなくなってしまった。そのふたつの出来事が、心の奥底でマグマみたいにずっと残っていて、何か形にしたいと思っていました。

「父」や「母」になるまでの人生や「親」として封印している思いに関して、実の子どもは意外と知らないのかもしれないと『カノン』を観ていて思いました。今回3年と準備期間が長いので、脚本も何度か改稿されていますよね。その中で基軸はどこに置こうとされましたか。

第一稿はかなり分厚いものになって、これを映画化したら数時間かかりそうだったので、何度か改稿しました。その中で中心になったのは、やっぱり鈴木保奈美さんが演じた母親の人生ですね。彼女は自分が惚れた旦那に対して「支えになってあげたい」と、良かれと思ってしたことが、運命のいたずらで、マイナス方向に動いてしまって、どんどん自分を追い詰める結果になっていく。彼女からしたら、自分でもどうしようもできない、かつ誰のせいにもできない問題を自分ひとりで抱えるしかない苦しみを持っているので、そこをとことんつきつめて考えました。そして、最後に彼女に残ったものは何かということを何度も脚本家の方と話し合いましたね。そして、母親は、これまで、どう生きてきて、なぜいまこうなってしまったのかを何度も書き直ししました。

人間を善悪で決めつけずに 映像で多面的に描き出したい

映画『チェスト!』と『リトル・マエストラ』に続いて『カノン』を観て、「人間」を見る視線に温かさがあって、でも同時に人間のさまざまな部分を善悪で決めつけずに、多面的に描き出そうとする監督だと感じました。

映画『チェスト!』あたりからわかってきたのですが、やっぱり、雑賀俊朗という映画監督は人間ドラマが一番好きで、人間の心の動きを撮りたいという思いが変わらずにありますね。人間って誰でもいいところも悪いところもあって、そういう人間の両極端さって素敵だなと思っています。僕は、よくも悪くも、ある種、性善説で人を見ているのかもしれません。でも人間は誰でも、一生懸命努力する時もあるし、努力してもどうしようもない事態にぶちあたることもあれば、今日はもう何もしたくないという時も当然あると思うんですよ。たまにはいたずらをしたり、嘘を言いたくなることもあるし、それも含めて人間だと思う。だから、“ただ正しいだけ"の人間は描きたくない。全然ダメなやつが一回だけ勇気を出して頑張る。すごくできる奴がここだけは弱気になる。その瞬間が美しいと思っています。 それを片側から見て、いい面だけを描くのではなく、どんな事情でそうなったのかを人間の内面に深く切り込んで、その人を多面的に描き出したい。そして、人間の傷みたいなものを“良い・悪い"の判断なしに、そのままの形で描く。そうすることで、映画が終わった後には、登場人物たちがその後をどう乗り越えていくのかという「その先」が観客の方の中で思い描けるんじゃないかと思っています。傷は誰しもみんな持っているものじゃないですか。だから映画が完全に「その先」を提示してしまうのではなく、映画が終わってもある意味続いていくような余韻のあるドラマや瞬間を描きたい。だから『カノン』は、ああいったラストになったし、そういう部分に自分の作家性があると思いますね。

クラシック音楽の出会いと 「音」や音楽が持つ効用性

©2016「カノン」製作委員会

©2016「カノン」製作委員会

登場人物の心象をシナリオで説明しようと言葉に頼るのではなく、音楽の使い方を多彩に使われているのが印象的でした。

音と音楽は私の中で最重要課題です。『カノン』では、「みーんみーん」と「びーっ」と引く音と、蝉の音を2種類使い分けているんです。あとはおばあちゃんの手紙を読んで3姉妹が実家に行くシーンでは、現場音はわざと消して、高く飛ぶトンビの音だけを入れたり。おばあちゃんの話によって三姉妹が過去に思いをはせる心象性は、現場音だと感じられないと思ったんです。タイトルも、『カノン』はもともとバイオリン三重奏だったと知って、三姉妹がどんどん輪唱していくというのがいいと思ったし、映画のテーマに合っているなと思いました。

ミムラさん演じる紫(ゆかり)がプラットフォームに立つシーンで、新幹線の通り過ぎる音が特に効果的でした。

あのカットではわざと音量をマックスに調整しています。新幹線をプラットフォームで見ると、風と音がすごいじゃないですか。あの音で、一瞬にして記憶が過去に戻ることってあるなと思って。それで言うと、例えば、痴呆症の人や高齢者の音楽療法がありますよね。実際に音楽療法士の方から話を聞きましたが、やっぱり音で脳波へ刺激を送ることは効果的だし、それによって記憶が戻ることも実証されているそうです。今回は痴呆症もテーマだったので、その話は『カノン』のラストシーンに活かしました。 でも僕は結婚するまで全然クラシック音楽がダメだったんですよ。音楽は好きですが、「どうして200年前、300年前の人が作った音楽を聞かなければならないのか」と思って、ロックやポップスばかり聴いていました。実は私の奥さんはピアニストで、リサイタルに行くといつも一番前の席に座るのに5分で寝ちゃうので、毎回怒られていました。ある日、自宅で奥さんがピアノを練習する音楽が耳に入ってきた時に、急に「そうか、クラシック音楽って、400年前の人が作った曲を、いま再現している芸術なんだ」と思ったら、すとんと心に入ってきたんですね。当時作った音楽の音源は残っていませんが、昔の人が書いた楽譜や音のイメージを、どう読み取って、いまどう再現するのかということ。そう思ってからは、コンサートに行っても寝なくなりました(笑)。そして映画『リトル・マエストラ』を撮ったんです。劇中で「クラシック音楽って、昔の人が書いた手紙なんだ」というセリフがあるんですけど、あれはクラッシック嫌いの監督、雑賀が初めて「クラシックって、いいな」と思った瞬間なんです。

監督も女優もみんな三兄弟! 奇跡のキャスティングが実現

©2016「カノン」製作委員会

©2016「カノン」製作委員会

ラストシーンでは、音楽の効果が活きていましたよね。そして、鈴木保奈美さんの体当たりの演技に持っていかれました。

鈴木さんは、体重も落としてノーメイクで撮影に挑まれていて、女優魂を見ましたね。子どもが大好きな方ですが、役柄上、今回は一切子役と接触しないようにしたり、役作りも徹底されていました。鈴木さんはアルコール依存症から痴呆症を発症する役だったので、本や資料を読み込んだり、横須賀にあるアルコール依存症の専門病院を訪れたりして、かなり研究されていました。しかも驚いたのが、撮影が始まった頃に「監督、実は私、3姉妹の娘がいるんです」と教えてくれて。「しかも2番目の娘は花音(かのん)という名前で、いまピアノを習っているんです」っておっしゃって、びっくりしましたね。 鈴木さんは脚本を読んだ時に、運命めいたものを感じて、役を引き受けてくださったようです。さらに、これも偶然ですが、三姉妹を演じてくれた女優さんたちは、みんな三兄弟なんです。そうなるともう脚本の通りのキャスティングなんですよ。ちなみに僕も三兄弟の末っ子です。

それは奇跡のキャスティングですね。そして『カノン』は前作『リトル・マエストラ』と同じ北陸が舞台ですね。

石川県を舞台にした映画『リトル・マエストラ』を撮った時に、「ぜひ北陸新幹線を使って、次の作品を撮ってほしい」と地元の方たちから言われたことがきっかけでしたが、山と海を持つ自然豊かな北陸地方の風景と、一見慎み深い雰囲気を持ちながらも、実は内面に熱い情を持つ北陸の人々に惹かれて、次回作も北陸で撮影したいと思っていたんです。そこで降ってきたアイディアが、金沢、富山、東京に別れた3姉妹が最後ひとつになるという物語なら、両親の話を描けるんじゃないかという構造でした。もともと先端の地域って、好きなんです。日本の端っこの風景って、何かそこに物語がありそうな情緒を感じますね。映像作家として、掻き立てられるものがあります。

最後に、すべてのクリエイターの方にメッセージをお願いできますか。

もともと僕は、高校時代にラグビーをやっていたんですが、1日練習をサボって、友人と映画『ロッキー』の試写に行って、文字通り衝撃を受けた経験が忘れられなくて、映画監督を目指しました。映画をやっていてよかったなあと思うのは、失恋したことも、大失敗したことも、全部の失敗体験を活かせるし、作品に昇華できる特権ですね。これはきっとすべてのクリエイターに共通じゃないかと思うんですよ。いま特に役に立っているのは、大学時代に、やりたいことは全部やろうと思って、30種類ものバイトをした経験です。身をもって体験しているから、どんな役を演出するにしても、たいがいは役者さんに説明できますね。こんな風にしてくださいって。映画監督もアーティストも人間なので、いろいろありますけど、いいことも悪いことも糧になりますからがんばりましょう。いまの時代は特に創作活動で食べていくのは大変です。スケジュール、予算、寿命、すべてが限界との戦いの日々です。でもクラシック音楽の話に戻りますが、例えばモーツァルトにしても名作『アマデウス』を見ると、奥さんが浪費家で借金返済のために曲を書いていたんですよね。そう思うと、「なんだ、昔からどんな芸術家も作曲家も、クリエイターは、同じような事情で苦しんでいたんだ」って思いませんか? 僕もいつも時間が足りないと思ったりしますが、モーツアルトだって、時間はなかったし、もし時間やお金があったら、名作は生まれなかったかもしれない。だから、アーティストは、今も昔も限界を乗り越えて作品を生み出さないといけない宿命があると思うんです。

取材日:2016年8月30日 ライター:鈴木沓子

雑賀俊朗(さいが としろう)

雑賀俊朗

1958年生まれ、福岡県出身。早稲田大学卒業。泉放送制作に入社し、数多くの作品のディレクターやプロデューサーを務める。2001年『クリスマス・イヴ』で劇場映画監督デビュー。 その後、『ホ・ギ・ラ・ラ』(02)、『RANBU 艶舞剣士』(04/ゆうばり国際ファンタスティック映画祭出品)と続けて監督作を発表。2008年、鹿児島の遠泳を題材にした『チェスト!』を監督。同作は第8回角川日本映画エンジェル大賞を受賞し、香港フィルムマートの日本代表作品に選出された。その他の監督作に、ヨットレースに挑む少女たちを描いた『海の金魚』(10)、石川県の港町を舞台にアマチュアオーケストラの奮闘を描いた『リトル・マエストラ』(12/上海国際映画祭日本映画週間正式招待)、 宮崎県に伝わる神話を子どもたちのダンスで描いた『神話の国の子どもたち』(15)などがある。

 
映画『カノン』

『カノン』

佐々木希、比嘉愛未、ミムラ、 桐山漣、長谷川朝晴、古村比呂、島田陽子、多岐川裕美、 鈴木保奈美、他

監督:雑賀俊朗 脚本:登板恵理香 音楽:嶋崎宏 主題歌:「セピア」(ヤマハミュージックコミュニケーションズ) 配給:KADOKAWA 10月1日(土)角川シネマ新宿ほか全国ロードショー

 

富山―金沢―東京を舞台に繰り広げられる 母と三姉妹、家族再生の物語

死んだはずの母が生きていた。あの頃とはすっかり変わり果てた姿で……。三姉妹は祖母が遺した手紙を手がかりに、真実を探し求める旅に出る——。 19年前、なぜ母はわたしたちの前から姿を消したのか? なぜ約束を守ってくれなかったのか? 母へのわだかまりを抱えたまま大人になり、それぞれ別の街で恋や家庭、仕事に奮闘する三姉妹。彼女たちがともに母の過去を辿り、自分たちの傷に向き合い、未来への一歩を踏み出そうとする時、ある懐かしいメロディーが流れ出す。 心温まる音楽と旅情にのせて、今を生きる女性たちの愛と葛藤を描いた珠玉の映画。

©2016「カノン」製作委員会

くわしくは、『カノン』公式サイトをご覧ください。

 

TAGS of TOPICS

続きを読む
TOP