グラフィック2015.05.27

親しみやすいデザインで園内のイメージを 統一する動物園の専属デザイナー

Vol.115
井の頭自然文化園 教育普及係 北村 直子(Naoko Kitamura)氏
動物園に専属デザイナーがいるのをご存知ですか?

今回のゲスト、北村直子さんは、東京・武蔵野市にある動物園、井の頭自然文化園(以下、井の頭)所属のデザイナー。井の頭のゾウ「はな子」の絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』( 教育評論社 )をはじめ、絵本作家としても活躍しています。 日本の動物園では、パイオニアである北村さんにお話を伺いました。

 

動物園の専属デザイナー きっかけは、ゾウのはな子をテーマに作品を作る友人でした

(左)はなこ67歳お祝い会パンフレット(右)井の頭パンフレット

(左)はなこ67歳お祝い会パンフレット(右)井の頭パンフレット

まずは、動物園のデザイナーという仕事について教えてください。

主な仕事は、園内のサイン(動物紹介などの看板、案内標識)やポスター、チラシ、特設展示などのデザインです。 他にも、動物園のオリジナルグッズを作ったり、時には遊具や建物の色を決めたり、園内のデザインイメージを統一するのが仕事です。

他の動物園にもデザイナーは、いるのですか?

私が知っている限り、(デザイナーという職種でのの常駐について)日本では、たぶん井の頭がはじめてだと思います。 現在、都立では上野動物園、多摩動物公園に1人ずつ、葛西臨海水族園には2人います。 最近は、すみだ水族館や新江ノ島水族館などにもいらっしゃると聞いてます。

北村さんが始めたのはいつ頃ですか?

ちょうど8年前、2007年です。

はじめたきっかけは?

偶然、美大の予備校時代の友達がはな子をテーマに作品を作っていて、はな子が還暦を迎える年に、園内で開催したはな子の特設展に、その友達が作品を展示したんですね。次の年に絶滅危惧種ツシマヤマネコの普及活動の展示をやらないかという依頼がその友達にきて、それを手伝うかたちで、ここにきました。 私たちの下準備が長すぎて(笑)短期間で作らなければならなくなり、管理事務所にずっと詰めっきりで、職員のみなさんの希望を聞きながら展示デザインを進めていきました。 その時の教育普及係長が海外の動物園、水族館はデザイナーが常駐しているということを教えてくれました。 「これからは日本の動物園でもデザイナーが必要」と言って、ここに常駐して仕事をしないかと声をかけてくれました。 あっという間に動物園の仕事に夢中になってしまい、それからずっとここにいます。

大学では陶芸を専攻 働きながら学んだグラフィックデザイン

そのときは、何をされていたんですか?

美大では陶芸を専攻していて、卒業してからも展覧会で陶器を使った作品を発表していました。 井の頭でツシマヤマネコの特設展示の話が出た時期は、ちょうど陶芸の絵付けを学びたくて有田焼の工房に弟子入り先を探し始めていました。 ツシマヤマネコは、九州の北、朝鮮半島との間にある対馬という島に生息していいるのですが、 ちょうどその時期に九州へ弟子入り先を探しに行く予定だったので、取材もできて丁度いいかなと思いました。 その頃はまだ、ここで仕事を続けるとは予想もしていませんでした。

陶芸とは、全く違う世界ですね?

そうですね。デザインとは全く違う世界です。 もともとは、大学は油絵専攻で入学したのですが、2年の後半から陶芸にチャレンジしました。 大学を卒業後も、研究生として一年間は陶芸漬けの毎日でした。 デザインについては、展覧会のために自分でプレゼン用のファイルや案内状など作っていたものの 最初は、勉強しながら仕事をしているという感じでした。

どんな勉強をされていますか?

グラフィックデザイナーが描く絵本を勉強材料にしています。海外のデザイナーは絵本を描いている人が多くとても美しいものが多い。 他には、文字組みの基本や活字、書体の歴史本も読みました。 ここで2年くらい勤めたあたりで、電車や公共施設に園のポスターを掲示するようなことが増えてきて、 誰かから何か言われたわけではないのですが、見る人が見ると「あれ?」っと思うんじゃないか不安になりました。 基礎をきちんとして自分の仕事に自信をつけたいというのもあって、 半年間、仕事が終わった後デザインの学校に通ったこともありました。

チラシは、新聞の折り込み広告として近隣市の家庭にも配られる。チラシが配られた後には、「誰が作っているのか。」との問い合わせが来るほどの人気がある。

新聞の折り込み広告として近隣市の家庭にも配られるチラシ。チラシが配られた後には、「誰が作っているのか。」との問い合わせが多数寄せられるそうだ。

動物園で求められる 親しみやすく、わかりやすいデザイン

 取材当日(5月8日)は、東京都の動物園、4園共同企画の特設展「カエル学にゅうもん」が開催中。

取材当日(5月8日)は、東京都の動物園、4園共同企画の特設展「カエル学にゅうもん」が開催中。

動物園では、どんなデザイン求められますか?

サインでいえば“わかりやすさ"と“親しみやすさ"。 井の頭は、親・子・孫と3世代にわたって来てくださるお客様がいたり、地域密着型の動物園で、一番は“親しみやすさ"です。 そして“品の良さ"もとても重要です。

確かに、北村さんの絵は、とても親しみやすいですよね。

そうですね。上野や多摩だと、トラとかオオカミのかっこいい写真でもいいと思うんですけど。 井の頭の紹介は、イラスト以外は使わないようにしています。 ここは、日本産の動物が中心で、派手な模様もない、色味も地味な動物が多いので、実際にポスターにすると写真はあまり効果的でないんです。 園内は、おわかりかと思うのですが、昭和のどこか懐かしい雰囲気が残っています。 案内などに使うイラストは少しレトロな表現にして、ちょっと懐かしい雰囲気を出すようにしています。

井の頭自然文化園では、園内の建物や遊具の色を決めるのもデザイナーの仕事。

井の頭自然文化園では、園内の建物や遊具の色を決めるのもデザイナーの仕事。

デザインをする上で、特に気をつけていることはありますか?

ポスターやチラシ、サインなども動物の絵を描くことが多いのですが、正確さが大事です。 ものによっては、大きくデフォルメするんですが、同じゾウでもアジアゾウはこういう形をしていて、アフリカゾウとは違うとか。 つめの数だったり、骨格はきちんと抑えながらデフォルメをする。 ただかわいいというのではダメです。イラストを描いたときには、動物解説員や飼育係、他の職員に見てもらいます。 そのあたりは、気をつけていますね。

この動物園で働いているからこそ描けた 絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』はな子

先ほど海外の絵本を参考にされているというお話がありましたが、北村さんも絵本を出されていますよね。 井の頭のゾウのはな子を描いた『せかいでいちばん手がかかるゾウ』( 教育評論社 )は、どんな絵本ですか?

井の頭とのコラボレーションで生まれた絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』( 教育評論社 )は、今年68歳になり、アジアゾウでは日本最高齢の記録を更新し続けている「はな子」の絵本。

井の頭とのコラボレーションで生まれた絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』( 教育評論社 )は、今年68歳になり、アジアゾウでは日本最高齢の記録を更新し続けている「はな子」の絵本。

はじめこの話を頂いたときは、お断りしたほうがいいと思いました。 はな子は、これまでも本が出版されたり、テレビドラマになったりしていましたから、 同じような視点で描くのは意味がないと思いました。はな子はファンも多くいますので、これは難しいなーと思いました。 ただ、出版社から、タイトルは『せかいでいちばん手がかかるゾウ』でいきたいと言われて、このタイトルなら、たくさんの人が関わってここまで長生きしているという切り口だったら描けそうだなと思いました。 職員と編集者と相談しながら、お話を構成しました。ドラマチックではないけれど、たんたんとはな子のことを伝えられたらいいなと。

ゾウのはな子は、北村さんにとっても特別な存在ですか?

そうですね。私は、保育園の遠足がここ(井の頭)だったんです。 それで、はな子の前でとった写真があって、その時のはな子を描いた絵も自宅にあります。 でも、その後園に来る機会がなく、ツシマヤマネコの特設展示の仕事をいただくまで、ここの動物園に来たことがあることも忘れていました。 ツシマヤマネコの打ち合わせの前に、はな子の前をぶらぶらしていても、まさかその時のゾウだとか、この動物園で撮ったものというのも全く気がつかなかった。家に帰ってから、「井の頭って、ゾウがいるよ」と言ったら、母親があんた写真があるじゃないって言われて。 「え?このゾウ、ずっと生きていたの?」って(笑)。井の頭のゾウと、友人の作品のゾウと、写真のゾウが結びついてなかった。 そういうお客さまが、結構多いんです。ここにきて「あの時のゾウ、生きていたんだ」って。

お客さまにとっても、北村さんにとっても、特別なゾウなだけに、絵本をつくるのは難しかったのでは?

やっぱり実際にいるゾウですから、皆さんそれぞれに思い入れを持っていらっしゃるので、できるだけそのイメージを壊さないように。 あと、人が亡くなった悲しい事故について描くのは、とても難しいと思いました。 伝えなければいけない事実ですが、そればかりをクローズアップしないようにしました。

この絵本は、どのようにで描かれているんですか?

全部、Photoshopです。 絵本に関しては、絵だけでなくデザインも一緒にするため、Photoshopだと作業がしやすいんです。 鉛筆で描いたように見えるようにしたり、ブラシを工夫して、パソコンで描いたペラっとした味がない感じにならないよう、その点はとても気を使っています。

動物園にデザイナーが必要だということが、 なかなか世の中に認知してもらえない

動物園には、デザイナーが必要であることを知って欲しいと語る北村さん。

動物園には、デザイナーが必要であることを知って欲しいと語る北村さん。

今後、どんな風にお仕事をされていきたいですか?

二つあります。 一つ目は、園内のサインなどのデザインの見直しです。 今までしてきた仕事をもう一度見直して、もっと分かりやすく、生き物に興味をもってもらえるよう工夫をこらしていきたいと考えています。

二つ目は、まだまだ、動物園・水族館にデザイナーの必要性が、認識されていない気がしているんです。 動物園は、生き物の展示だけでなく、希少動物の保護、繁殖や研究など様々な活動をしています。 それらを伝えるためにデザインは重要な役割を果たします。 例えば、アメリカのニューヨーク市の動物園・水族園にはデザイン部門があり、その中でも専門が細かく分かれています。 アメリカのようなデザイン部門を日本で作るのは難しくても、グラフィック以外のデザインの専門家が数名必要だと思います。

 

まずは、動物園のデザイナーという職業を世の中に認知してもらう必要がありますね。

そうですね、そのためにも情報を発信していく必要があると思います。 動物園にいないと描けないもの。イラストでも、飼育係がこういう道具を持っているとか、どんな動きをするとかは、動物園にいないと気がつかない、ちょっと取材しただけではわからないところとかいっぱいあります。 その中から「おでかけどうぶつえん」(学研教育出版)や「珍獣図鑑」(ハッピーオウル社)は出来たと思います。 今回のように動物園のデザイナーという仕事に興味をもっていただいて、取材していただけることは大変嬉しいです。 ちょっとずつでも、必要性を広めていきたいと思います。

動物園のデザイナーになるためには、何を勉強したらいいですか?

基本的なデザインな知識はもちろんですが…… パソコン仕事以外の「作る」ことに関しての知識は多ければ多いほどいいと思います。 動物園では紙以外の素材、耐久性を要求されることもあるし、いろいろな素材を扱うことが多いです。 特に井の頭は小さな動物園ですから、できるだけお金をかけずに工夫していいものを作る必要があります。 デザインだけでなく、写真も撮るし、絵も描くし、業者さんに出すための設計図面も描き、大工仕事もします。 そして、なんの仕事でも必要でしょうが、コミュニケーション能力は必須だと思います。 動物園は、とても特殊な環境です。動物がいるだけでなく、飼育係、獣医師、動物解説員…いろんな専門家が働いていますしイベントも多くあります。着ぐるみを着て一緒にイベントに出たりとか、夏休みはサマースクールで子どもたちと過ごすこともあります。 「わたしはデザイナーです。」っていうだけで、何が園内で行われているかわからないと伝える仕事はできません。 あと同じくらい重要なのは、生き物に興味を持つことができないと、この仕事は難しいと思います。 虫が嫌いとか・・・実はそういっても当初、私は虫が大嫌いでした。(笑)

仕事は断らないで、 いろんなことに挑戦することがすごく大事。

デザイナー、クリエイターを目指す人たちに一言。

絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』( 教育評論社 )にサインをしていただきました。

絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』( 教育評論社 )にサインをしていただきました。

やっぱり、何でもやるってことですね。 一見、ぜんぜん自分には関係なさそうにみえる仕事でも、それが後々役に立ったりする事は多いです。 あまり関係ないと思わずにいろんなことに挑戦することがとても大切だと思います。 私自身がいままで、全く関係ないと思うような仕事にたくさんついてきました。 カード会社のオペレーターの仕事は、人とコミュニケーションをとると言う意味で役立っていると感じますし、プロバイダーのサポートセンターでオペレーターをしていたときに、そこでパソコンの基礎知識を叩き込まれました。 住宅展示場でのインテリアの補助アルバイトは、空間デザインを考える基礎が身につきました。 フィギュアの原型を作る会社で得た知識は、調色に関することや、三次元でものを表現する時に役に立っています。 とにかく仕事はいろいろやっていて、それらがここに来て私を助けてくれていると日々感じます。 そしてもう一つ、ずっと貫いていることがあります。「話がきた仕事は、絶対断らない」 はな子の話がきたときには断ろうと思ったけども(笑)、基本的には、一度も断ったことはありません。 両立は大変ですが、動物園の仕事をしながら、フリーでデザインの仕事もずっと続けています。 必ずどこかに繋がっているので、時間があればできるだけ仕事は断らないのが大事なことだと思います。

ありがとうございました。

井の頭と北村直子さんの絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』( 教育評論社 )に、サインをしていただきましたので1名の方にプレゼントいたします。ご応募は、絵本『せかいでいちばん手がかかるゾウ』プレゼントページからお願いします。

取材日:2015年5月8日 インタヴュー:編集部

Profile of 北村直子

井の頭 教育普及係

グラフィックデザイナー、イラストレーター。1975年、東京都生まれ。多摩美術大学絵画科油画卒業。東京都の動物園、井の頭でポスターや展示デザインをするかたわら、広告、装丁などのイラストやデザインを手がける。主な作品に、絵本『おでかけ どうぶつえん』(学研教育出版)、『おならゴリラ』(偕成社)、『珍獣図鑑』(ハッピーオウル社)など。

北村直子さんのあたらしい絵本  おでかけすいぞくかん (学研ずかんえほん) 阿部 浩志 (著) 荒井 寛 (監修) 北村 直子 (イラスト) 出版社: 学研教育出版 動物園で働くデザイナーが描く、絵本図鑑。パノラマ大水槽が体感できます!
 
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