小ワザをいくら積み上げても砂上の楼閣 ~連載「組版夜話」第3話~

連載「組版夜話」第3話
組版者
MAEDA, Toshiaki
前田 年昭

前回、 和文組版は言語 (language) ではなく、 組み方向と文字体系 (writing system) とにもとづくと書いた。 美しい、 すなわち読みやすい組版を実現できる技術を身につけるためには、 基本的な文字体系と組方向についての理解が必須である。

だが、 出回っている組版の教本の多くは、 組版の基本は何かの理解もないままに、 小ワザ (ITの分野ではtipsと呼ぶ) の集積に走り、 100余の事例を平面的に羅列して済まし、 それが “文字の組み方” だと言う。 これでは、 書かれていない事例に出会えばたちまち立ち往生する他ない。 アプリケーションソフトの設定メニューの多さにたじろぐしかなく、 小ワザ信仰は増長する。 けれど本来、 組版は、 人が行うものだ。 人が機械を使うのであり、 機械が人を使うのではない。 第1話で、 千篇一律のルールを戒め、 事実に即して論理立てるよう書いたゆえんだ。

私なら以下のように説明する。
組版とはつまるところ、 改行位置の発見のことだ。 改行位置を見いだすことによって行の長さを揃える工夫、 これが組版の基本である。 その方法は、 文字体系別に以下の3とおりに分けられる。

  1. 単語間アキ (word space) 調整+ハイフネーション処理
  2. 単語長調整
  3. 約物前後の調整

英語や独語などラテン系文字の組版では、 語間アキを伸縮して調整する。 語と語の区切りで行を区切ることができればよいが、 キリが悪いときは、 調整値を大きくしないために、 行末にかかった単語を特定の分割可能位置で分割し、 前綴りにハイフンを付ける―――(1)。

ハングル組版もこの仲間だが、 ハイフネーションはしない (任意の場所で改行可能)。 表意文字でなく表語文字である漢字もやはり、 語間 (文字間) 調整が基本であった。

これに対して、 アラビア系文字の組版の行長揃えは、 単語分割は行わず、 単語の長さを伸ばすことによって行長を揃える (カシーダ処理)―――(2)。

一方、 和文組版は、 漢字と両仮名、 欧字洋数字との混植である。 用いられる文字体系は単一ではない。 (1) の論理を持つ漢字と (2) の論理を持つ仮名との、 綱引き、 せめぎあいの歴史を持つ。 金属活字による活版印刷が始まってから、 仮名は漢字のリズムにあわせて等幅で組まれるようになり、 区切りを示すための記号として約物 (句読点、括弧類) が考案された。 以降、 調整の主役は、 約物の前後のアキ量が負うことになり、 それまで負ってきた字間にとってかわった。―――(3)。

以上のように、 文字には体系と歴史がある。 体系として理解すれば、 事は案外、 単純明快である。 組版は、 排列する主要な組み方向が縦組みなのか横組みなのか、 主な文字体系が和字なのか欧字なのか、 から論理的に組み立てられている。 そして和文組版では、 行長を揃えるための調整を、 約物前後のアキ量で行う。 これを、 数多の小ワザの一つとして “行末がガタガタ” などと挙げ、 Q&Aとして対処法を施して済むと考えるのは、 組版を体系として理解していない証左だ。 世界の文字は基本的に正立しており、 小ワザをいくら数多く蒐集しても、 それだけでは砂上の楼閣である。

※ 現在のような漢字と合せた等幅の仮名への職人たちの苦闘は、 小宮山博史 「四角のなかに押し込めること」 を、また、 書体として明朝体の漢字に現在の仮名明朝体がセットされるようになった経緯は、 鈴木広光 「開化の軋み–揺籃期の日本語タイポグラフィ」 を、 それぞれ参照してください。

 連載「組版夜話」もくじ

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図1 アラビア語でインド・アラビア数字は逆走/アラビア文字の組み方向は右から左への横組みだが、数字だけは左から右である。アラビア語のワープロやタイプライターでは数字部分を逆送りにする機能を持っている。(画面はカタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」から2020/08/09採取)

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図2 文字の伝播と排列法/宮崎市定「歴史的地域と文字の排列法」〔中公文庫『東西交渉史論』1998〕

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図3 源氏物語/仮名は文字ごとに字幅がちがい伸縮自在だった。『源氏物語画帖』Metropolitan Museum of Art(wikidata:Q160236)

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図1 アラビア語でインド・アラビア数字は逆走/アラビア文字の組み方向は右から左への横組みだが、数字だけは左から右である。アラビア語のワープロやタイプライターでは数字部分を逆送りにする機能を持っている。(画面はカタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」から2020/08/09採取)

プロフィール
組版者
前田 年昭

1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。

1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。

  汀線社WEB https://teisensha.jimdofree.com/
  KDU組版講義 http://www.teisensha.com/KDU/
  繙蟠録 http://www.teisensha.com/han/hanhanroku.htm

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