自信作の行く末

愛知
事務・web校正・ライター(見習い)
創作のススメ
kaneko

 

先日、職場で「お中元のギフトを探してほしい」と頼まれて、4つの商品をピックアップした時のことです。

こういう選定は最初の段階ほど念入りに考えて、最後に選ぶ商品ほど、「これでいっか」という適当なものになりがちだなと思いながら、いざ提出。

すると褒められて採用されるのは、適当に見つけたはずの“4つ目の商品……

なんていうような経験、皆さんにもありませんでしょうか。

また、学生の頃、好きなアーティストの雑誌インタビューをよく読んだりしていたのですが、「選曲会議の際、自信作を披露するついでで一緒に提出した適当な楽曲がシングル曲に採用されてしまった」というようなエピソードを複数のバンドの記事から目にしていたこともふと思い出しました。

今更ながら、どうして「自信作」って選ばれにくいのだろうと疑問に。

思えば私自身、シナリオスクールでシナリオの課題を先生や生徒の皆さんに発表していた頃、「これは絶対面白い」と思っていた作品ほど今ひとつな感想だったり、「可もなく不可もなく」で提出した作品ほど、思った以上に受けが良かったりなんていうことがよくありました。

これは単純に自分自身と世間の価値観にズレがあるせいだと言い聞かせがちだったのですが、少し冷静になってこの、「評価が低かった自信作の行く末」を見つめ返してみることに。

まず第一に、評価が低い=不採用=ボツ。です。

未練のあるボツ作品って何かあったかなと考えてみたのですが、特に、何も思い付かず……

そこで、自分が今まで生み出したボツ作品に、大して愛着がなかったということに気が付きました。

そして反対に、他人から評価された作品って、あとあと冷静に見返したりすると「やっぱり良いな」って思えることが大半なんです。

何事も、最初からこだわりをたくさん掲げて情熱的に取り組むと、かえって肝心な部分で視野が狭くなって自滅するということがあるように、良い作品って、意外と自信のない時にほど生まれがちなのでは……

そんな風に思ったのでした。

現に、自分の選んだお中元の4番手、今冷静に考えてみると1番もらいたいなと思う商品です(笑)

というわけで、自分が抱く自信より、他人から与えられる自信をもう少し大事に扱っていこうと心を新たにします!

 

プロフィール
事務・web校正・ライター(見習い)
kaneko
WEB関係の会社で事務・校正勤務。文章が好きなことから専門学校時代は雑誌編集分野のコースを専攻したり、脚本に興味を抱いてシナリオスクールに通ったり。将来的にはフリーライターを目標に、現在少しずつライティング実績を積むべく奮闘中。

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