和文組版は“日本語の組版”ではない!? ~連載「組版夜話」第2話~

連載「組版夜話」第2話
組版者
MAEDA, Toshiaki
前田 年昭

「和文組版は、日本語の決めごとに従う」と教本類には書かれている。いっけん当たり前に思えるが、ここで言う日本語とは何か。書は言を尽くさず、言は意を尽くさず(書いたものは言葉のすべてを表すことはできない。言葉は、心のすべてを表すことはできない)と「周易繋辞傳」にあるそうだが、なのか、なのか、なのか。

言としての日本語は、ローマ字で書くこともできる。石川啄木(1886―1912)の作品に『ローマ字日記』がある。17歳から亡くなる27歳まで日記をつけた啄木は、1909年23歳のふた月あまりをローマ字で書いた。ローマ字という表記法をとることで難しい漢字の表現から脱却し、さまざまな抑圧から逃れようとした。表記を選び直すことで日本語の新たな文体を追求しようとする果敢な試みだった(岩波文庫版解説の桑原武夫による)。

手書き原稿から印刷された組版までの実際を見てみよう。図1は自筆原稿(『新潮日本文学アルバム6 石川啄木』新潮社、1984)。図2は岩波文庫版『啄木 ローマ字日記』(1977)の版面である。言葉も意味も紛れもなく「日本語」である。一方、組版すなわち文字サイズや字間、行間、改行位置は、アルファベットという文字体系(writing system)に従って決められている。基準は決して言語(language)ではないのである

人は意志・思想・感情などを表現し伝達しあうときに、音声や文字などを媒介にするが、組版はこのうち文字による伝達と表現を支える技である。文字体系の規則に従って、文字を排列する技芸である。よって、組版は「言」ではなく「書」を基盤とし、もう少していねいに言えば、文字クラスと組方向による決めごとに従う。

たとえば、縦書きの文中で、2桁以上の洋数字(連数字)を配置する場合――連数字の文字の向きを90°回転して横書きとするときは、連数字の前後のアキ量は四分アキを原則とする。しかし、連数字を縦書きの文字の向きのまま横書きとしたとき(縦中横)は、連数字の前後はベタ組である(図3参照)。洋数字や欧字には様々な和字化の階層とグラデーションがあり、それに従って組み方も変わる。

文字と組版をめぐる談義には、その時々の、個々人の感覚や嗜好に頼る、無根拠なお喋りが少なくない。だが、和文組版を自分たちが日々話している言葉としての「日本語」のことだと思い込み、よもや自分自身が知らないことなどあるまいと高をくくるのは思い上がりである。組版は「言」ではなく「書」、つまり文字体系(writing system)の技芸である。文字の体系と区別、階層と機能への視座を欠いて、美しい組版、すなわち読みやすい組版は決して実現できない。

※ 第1話 千遍一律なルールという思い込みの罠(7/11付)

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図1 ローマ字日記原稿/日記の1909(明治42)年5月1日部分〔『新潮日本文学アルバム6 石川啄木』新潮社、1984〕

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図2 ローマ字日記文庫本/組版の設計(文字サイズ、字送りと1行の長さ、行送りと1ページの行数、天・地・ノド・小口)を決定づけるのは、アルファベットという文字体系である。ローマ字表記を採っていても、言語としての日本語が決めるのではない。

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図3 和欧間アキを決めるのは文字体系と組方向/和字と欧字(ここでは洋数字)との文字同士のアキ量を決定するのは、文字体系と組方向であり、一律には決まらない。

プロフィール
組版者
前田 年昭

1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。

1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。

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