組版の品質を上げるひとつの点検方法 ~連載「組版夜話」第20話~

連載「組版夜話」第20話
組版者
MAEDA, Toshiaki
前田年昭

昨年7月から始めたこの連載も第20回となったが, 5月の第21回で終える予定である (続きは, 汀線社ウェブページに書くので, 読んでいただければうれしい)。 これまでは, 歴史への視座が必要であることを繰り返し述べて, 組版の理論を考えてきた。 残りの2回, 第20話と第21話では, 実践編として,組版のチェック方法を提案する。 今回は他の方の手になる組版を例に, 組版の立場によって 「複数の解」 があることを確認したい。

左図は, 白井聡 『武器としての 「資本論」』 (東洋経済新報社, 2020年4月, 本文レイアウト・DTP…小林祐司, 印刷…東港出版印刷, 製本…積信堂) である。 四六判, 42字×16行。 地アキを多めにとり, ノンブル・柱を配置した設計だ。

まず, 10文字ごとに線を引いてみる。 ベタ組みなので, 基本はどの行も左右に線が通るはずである。 通らない個所には必ず何らかの理由がある。 その理由から組版設計の立場を読み取ることができる。 引いた線が文字にぶつかるのが2行めと3行目だ。 2行めは40字, 3行めは41字, と “定員” の42字より少なくなっている。 理由を考えてみると, 2行目で2文字少なくなっているのは, 「一八四二」 を分離禁止扱いにして次行に追い出したため, と推測できる。 この本の組版者は 「一八四二」 という西暦年4桁を分けたくないという立場を優先させている。 ここにこの組版者の心遣いがある。

私はどう考えるか。 例示した頁の7行め, 「です。」 という2字孤立を, 私は読みにくさと捉える。 この孤立を回避することを優先させたい。 そのためには相対的な禁則である 「一八四二」 の分離禁止を緩めてもいいのではないかと考える。 ここでは2桁/2桁までの分離は許容することにして, 左右の格子状の通りを優先する立場からルールの立て直しを試みてみよう。 2行めに 「一八」 まで入れると, 3行めは 「一九世/」 で改行, 以下, 「完なの/」 「年に発/」 で折り返し (すべて “定員” の42字), 7行めの 「です。」 は6行めまでに収まって, 段落末の2字孤立も回避できる。

分離禁止という決まりごとは絶対的でなく相対的であり, 行長にゆとりがあれば採用するが, 新聞のように行長が短い場合は,分離を許容して左右の格子状の組み姿を優先する方が読みやすい (新聞では西暦4桁はどこで改行しても許容。 1字孤立も許容ではあるが, 「首つり」 という言葉があるように忌避される)。 1行の字数が30字から40字程度の場合は, どちらも試してみて, 読みやすさを比べてみるとよい。 正解は必ずしもひとつではなく「複数」であることが組版の面白さでもある。

もうひとつ例を示してみよう。 右図は, ラウラ・レプリ, 柱本元彦訳 『書物の夢、 印刷の旅』 (青土社, 2014年12月, 本文印刷…双文社印刷, 製本…小泉製本), 四六判, 43字×17行。 この本も1字孤立が少なくない。 例示した右頁の1~3行の文字数は, それぞれ42, 43, 42である。 4行めの1字孤立は, 2行め冒頭の 「レッ」 の小書き仮名が2行め行頭に来ることを嫌って, 1行めを42字に減らして 「レ」 を2行めに追い出した結果, 3行めの43文字めの枠に 「た」 が来たので, これまた句点だけを行頭に置くわけにいかぬと 「た。」 を4行めに追い出したものと分かる。 /tt>

だが, 小書きの仮名の禁則処理をそのままにしたとしても,句点を行末にぶら下げれば,1字孤立は回避できる。 この本は左頁にマークしたように全体でぶら下げを採用しているので,右頁でぶら下げしていないのは論理が一貫しない。 私なら, ぶら下げアリで一貫させて, 1字孤立を回避する。 句読点などの禁則処理や1字孤立回避など, 組版のひとつの要諦は 《孤立を防ぐこと》 にあり, その目的にそってルールは組み直してよいし, 実際に組んでみて絶えず立て直せばいいのである。

10文字ごとに横断線を引くというシンプルな方法であるが, 読み (組み)の方向と直交する直線が, 行をわたることで組版の姿をあぶり出す。 校正者は一面では文字を読んではいけないと言われるが, 組版者もまた読みの方向にだけ目を向けるのでなく,直交する別の視線が必要なのである。 ここに, 組版の品質を上げるひとつの点検方法がある。 新たに組版を設計し仮組みする場合も, 自他の組版を校正する場合も, 同様の方法で私はチェックしている。 組版規則といっても, 絶対的なものと相対的なものがあり, たとえば行頭禁則の対象は, 句点や読点は絶対的なNGだが, 小書きの仮名や音引きは相対的な扱いであり, 行長が短ければ許容したほうが読みやすく美しい組版を拵えることができる。

組版の規則は, 千篇一律の決めごとにはできず, 絶えざる建て直しの連続である。 手間を惜しまず, ひとつひとつやってみて出来上がりで判断するのが, 回り道のように見えても結局のところは最適解にたどり着く最短の道筋なのである。

 連載「組版夜話」もくじ

プロフィール
組版者
前田年昭

1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。

1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。

  汀線社WEB https://teisensha.jimdofree.com/
  KDU組版講義 http://www.teisensha.com/KDU/
  繙蟠録 http://www.teisensha.com/han/hanhanroku.htm

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