映画「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」ファンタジーなのにリアルな不条理の世界を笑えるか?

東京
フリーランス記者・作家
スーパーいわちゃんねる!クリ目版
岩崎

映像作品を作る時は、脚本家や映画監督などのスタッフが設定を詳細につくり、役者がそれを引き受けて演じていく……のが普通である。

しかし、過去に世界観の設定がここまで“ぼんやり”した映画があっただろうか。「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」はそんな作品である。

 


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

 

この世界では、2つの町が川境を舞台に9〜17時のみ戦争をしている。

兵隊たちは毎日スーツで出勤し、町長の話を聞きながら準備運動を済ませた後に業務=戦闘開始。

定食をしっかり食べられるくらいの昼休憩の時間も確保されているので、超エリート公務員のような扱いらしい。

生死が隣り合わせのはずなのに、緊張感があるようでないような不思議な雰囲気である。

 


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

 

敵である向こう岸の町のことは誰もよくわからないし、戦争している理由も忘れた。

だけど敵は日に日に脅威を増している様子なので、とりあえず戦わなければならない。

 


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

 

……えっ? そんなふんわりした理由で戦争しているの? 超怖い。超怖いのに、誰も疑問を抱かないし、例えば「向こうの街と停戦協定を結べるよう交渉しよう」とか「こういう状況になった背景や歴史を知ろう」とか、そういうアクションも起きない。

 


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

登場人物たちはしなければならないことをやっていない時ほとんど棒立ちで、抑揚のない話し方で会話する。

その様子は時として彼らの思考が止まっているかのようにも見えるが、決してそうではない。「出世したい」「子どもが欲しい」などの欲は多少あるようだ。

 

彼らは機械ではなく、人間だ。主人公・露木もその1人である。

淡々と毎日をこなし、無難に生きている。外からその様子を見る我々は不気味に思うが、作品の世界の中で生きる彼らにはそれが普通だ。

……というか、そう過ごす以外の選択肢があるのだろうか?

 


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

そのことに気付くと、次に「不条理」が見えてくる。

泥棒をしたのに嘘をついて警察官になった町長の息子や、子どもができなかったので夫に捨てられた女、マニュアル通りの仕事しかしない受付係……。

さまざまな人たちがその不条理を受け入れて生きているが、逆らったり異を唱えることもない。恐らくそうしたいとも思っていないのだろう。

 

この作品で終始一貫して描かれている不条理さは現代社会に通じるものがあり、きっと登場人物の誰かの姿が自分と重なる・共感する部分があるだろう。

「ファンタジーのようでリアリスティックな世界」がそこにある。

この作品のシュールな笑いを楽しめるくらいの心の健康を、常日頃から保っておきたいと思う次第。

 


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

そんな中、露木が楽隊へ異動(左遷?)を命じられる。

露木は楽隊での仕事をこなしながら、夕方に向こう岸の女性とトランペットの音色を通じて心を通わせる日々が始まった。

「音楽に国境はない」という言葉を聞いたことがあるが、2人の関係はまさしくその言葉の通りだった。


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

このまま穏やかな日々が続けばいいのに……。

しかしある日、町に「新部隊と新兵器」が持ち込まれると噂が立つ。

これで戦争は終わるのか? もしかして露木は向こう岸の女性と結ばれるのか? 

数々のモヤモヤを抱きながら、ぜひエンディングまでご覧いただきたい。

 


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

さまざまな国際映画祭で多数の賞を受賞し、世界が認める注目の監督・池田暁氏が揃えたキャストは知る人ぞ知る実力派&個性派俳優ばかり。

「ほぼ全員棒立ち棒読みなのに、こんな豪華なキャスティングでいいの?」と思ったが、実力があるからこそ抑揚のない演技の底にある心の動きや感情の流れがくみ取れる。

一流ってすごい……。


©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

主人公・露木を演じる前原滉氏は映画初主演とのことだが、そんなことを一切感じさせない安定した芝居に拍手。

個人的にグッときたのは、町長の息子と一緒に泥棒をはたらいたのに徴兵されてしまった三戸(=中島広稀)と露木が「また明日」と言って帰路につくシーン。

短い場面だが、先輩に懐くかわいい後輩の姿にほっこりした。三戸にコンビニのおでんをご馳走してナデナデしたい(?)

 

役者の熱演だけではなく、カメラワークや音楽にも注目。

心臓バクバクの激しいカメラワークはないし、音楽も楽器が奏でる楽曲以外登場しない。

引き算だからこそ表現できている部分も多々あるのが本作の特徴だ。

スタッフ希望の人も勉強になること間違いないだろう。

 

 

キャスト

前原滉

今野浩喜 中島広稀 清水尚弥

橋本マナミ 矢部太郎 片桐はいり 嶋田久作

きたろう 竹中直人

石橋蓮司

 

監督・脚本・編集・絵:池田 暁

『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』作品情報

2020 年/日本/カラー/105 分/ビスタ

企画・製作:映像産業振興機構(VIPO)

制作協力:東映東京撮影所

©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト(VIPO、カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド)

配給:ビターズ・エンド

公式HP:映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』オフィシャルサイト

 

03.26(⾦)より、 テアトル新宿ほか全国順次ロードショー

 

プロフィール
フリーランス記者・作家
岩崎
フリーランス記者・作家。メディア関係の仕事を経て、書いて撮って編集・デザインして発信できる「平面系マルチクリエイター」を目指す平成元年生まれ。巳年・蠍座の女。本家ブログ&連絡先は「スーパーいわちゃんねる!」で検索。宮城県出身、東京都在住。主演の前原氏が宮城県出身・自分より年下と知り、年下より全く落ち着きのない年上の自分を見て精神的ダメージを受けている。

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