現場の“困りごと”を解決する21世紀型のものづくり

東京
株式会社レゾネスト 代表取締役
Hirotoshi Maegawa
前川 博俊
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自分で遊びをつくって遊ぶ「ふしぎ道具」。

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「ふしぎ道具」の開発のため、前川氏は起業を決意した。

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農業従事者用の心拍モニタ 腕輪心拍計と中継器(+クラウドがあります)

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農業従事者用の心拍モニタ 手前GPS、右前無線機、右上心拍計、左上制御機と電池

32年間勤めたソニー株式会社(以下ソニー)から独立し、AIやIoT、アナリティクスを駆使してソリューションを提供する会社を立ち上げた前川博俊さん。実は大学生時代から日本で最初期のコンピュータ開発に携わり、ソニー時代には、光ディスクの開発やAIを使った半導体デバイスの自動設計、インターネット黎明期の仕組み作りに携わってきたテクノロジー進歩の生き字引のような人なんです。57歳で起業した経緯や、21世紀のものづくりに対する考えをお聞きしました。

32年間勤めたソニーを離れ、「IT創造カンパニー」を創設

長年お勤めになったソニーを退職し、起業されていますが、前職ではどんなお仕事をされていたのでしょうか?

1982年の入社後すぐに追記型光ディスクの開発に携わり、85年頃からは、半導体デバイスをAIによって自動設計する開発に携わりました。90年代半ばにWebブラウザが普及しはじめてからはインターネットの仕掛けを作ったり、PlayStation3のアーキテクチャーを作ったりしていました。最終的には開発部の部長としてマネジメント職です。

「役職定年退職」が起業のきっかけだったようですが?

「役職定年」は、ある年齢になると部長や課長といった役職がなくなり、一般社員に戻る制度なんですが、私の場合は56歳のときでした。これまで部署全体を統括していろんな業務を見てきたのが、配属された部署のひとつの業務しかできなくなる。引き出しはたくさんあるのに、ひとつの引き出ししか使えないわけです。それだったら外に出たほうが、絶対に社会の役に立つと思いましたね。

独立の際、ファーストステップはどうされましたか?

まず人脈を広げる必要があると考えて、キャリアの再設計塾を受講しました。そこで自分の過去を棚卸ししていくうちに、幼い頃にうさぎ小屋を作っていたことを思い出したり、自分がどんなことに価値を置いているかがわかってくる。また、いろんな会社出身の人と接することで、今までの会社の価値観がおそろしく狭かったことに気づかされましたね。

そうした気づきを経て、どんな事業を興そうと考えたんですか?

再設計塾で発想が変わり、ひとつのことに凝り固まらないようになると、相手の言わんとしていることがよくわかるわけです。最初は単に次世代技術を開発して提供していけばいいと考えていたんですけど、会社の課題や悩み事を傾聴して、ソリューションを提供する事業へと変わっていきました。

具体的にはどんな課題が相談されるのでしょうか?

昨年は太陽光発電を手掛ける会社に相談されましたね。太陽光発電が価格競争になってきて、現場を改善しないとコスト的に見合わないという課題があったんです。パネル業者はたくさんパネルを敷きたがりますし、土木工事業者はとにかく造成地をきれいに整地したがる。コストを抑えるには、地面にそのままパネルを置けばいいわけですが、そうするとパネルがそれぞれ違う向きになってしまう。そこで、その土地の気象条件のデータをとって機械学習によるプログラムを作り、それぞれのパネルがもっとも効率的に発電する向きに設置し、さらに発電所の造成面を自動設計するようにしました。これを人手でやろうとすると天文学的な組み合わせになって不可能なんですが、AIでやると簡単に解けるんです。

案件ごとにAIやIoTなどの専門職を集めて作るチーム制

AIやIoT、アナリティクスを駆使したソリューションの提供を打ち出されていますが、そうした技術はやはりソニー時代に培ったものなんでしょうか?

実は、私はAIの研究を40年くらいやっているんです。だからどういう部品や材料を揃えればいいかだいたいわかるんです。

40年ですか! AIの進歩を黎明期から見てこられたわけですね。

私の母校である大阪大学の研究室では、真空管のコンピュータを作っていました。世の中にコンピュータというものがまだなかった時代で、日本で一番か二番目にできたコンピュータです。当時は今のようにAIが流行っていませんでしたが、AIは1950年代から研究されていて、第二次が80年代半ば、そして今が第三次AIの時代なんです。私は1980年頃に参画して、AI研究の浮き沈みも見てきましたが、だいたいどこかで限界に達して停滞するものなんです。それが今はコンピュータの計算能力が上がって、メモリーが増大したことで、AI研究が大幅に進歩しています。昔からAIを見てきたので、今の状況は楽しいですね(笑)。

では、IoTについては、どのような考えをお持ちですか?

ソニー時代にワールド・ワイド・ウェブ(WWW)に20年ほど携わってきましたが、それって画面の中だけの出来事なんですよね。IoTはそれが外に出てくることだと思っています。プロジェクション・マッピングといったIoTによる空間演出がありますが、それがもっと一般的になってくると思います。センサーがすごく安くなり、電波で電力を供給する技術も出てきて、小型化して給電が楽になったことが追い風になっています。IoTコンテンツの「フシギ道具」という自社プロダクトがあるのですが、もともとこれが作りたくて起業しました。「遊びを創る空間コンテンツ」というものなんですが、これに限らず、空間をコンテンツとしてあつかえるクリエイターさんと仕事をしたいと思っています。クリエイターさんが創造的で楽しい空間を創ってくれるといいですよね。

Garage Sumida(ガレージスミダ)※を仕事場にされていますが、ここなら必要に応じて職人さんに作ってもらうこともできますね。

はい。必要に応じて動いていける会社にしたいと思っているんです。私の事業は、相談内容によって開ける引き出しがけっこう変わってきます。AIにしても、ディープラーニングや画像認識などいろいろあって、映画に例えると、その都度、役者が違うわけです。役者が全員、自社にいたらいいですけど、それは無理なので、私一人で会社を運営して、その都度、役者を呼んでくるようにしています。つまり協力会社の方に頼むわけですが、映画制作と同じように脚本家、監督、映像作家、役者といった専門の人たちが集まるプロジェクト制に近いと思います。

※ 株式会社浜野製作所が運営するものづくりの総合支援施設。

たしかに今の時代に適した会社のあり方かもしれませんね。

新しいことを始めようとしている会社なので、会社の規模感を追求するよりも、多様な人が集まってチームを作ったほうが上手くいくと考えています。納税や契約のために会社にしていますけど、新しいことのためには、本質的には会社はいらないという考え方です。もちろん、会社がある程度の規模になってきたら、ちゃんと組織にしなければいけないと思っていますが、今は世の中がどんどん変わっている過渡期の時代なので、新しい課題を発見し、その都度、人を集めてきたほうがいいと思っています。

60代の今も技術を日々勉強して、社会の役に立ちたい

レゾネストのものづくりの流れを教えてください。

中小企業の社長から「何か新しいことをやりたい」「現場の課題をなんとかしたい」と相談されることが多いのですが、最初は漠然としたものなんです。それは絶対に無理だろうと思えるようなことでも私はちゃんと聞くようにしています。なぜなら先方には何かしらインスピレーションがあって解決の糸口に気づいているんですよね。だけど、それを理屈で説明できなかったりします。私がやるべきことは、まずそれを紐解き、ビジュアライズして見せてあげることです。それからソリューションの大まかなグランドデザインを作って、それに応じて、機械学習、IoT、UIといった専門の人を集めて依頼して作っていきます。

毎回、0から1を作る仕事は大変なことだと思います。そこにある苦労と仕事の醍醐味を教えてください。

考えることはものすごくしんどいですよ(笑)。ほとんど寝ないで、ああでもないこうでもないとずっと考えていると、直感的に頭の中にイメージができてくる。それを今度は本当に実現可能かどうか検討しながら設計していくわけです。たしかに大変ではあるんですけど、やっぱり新しいものを作る喜びのほうが勝ってるんでしょうね。

大企業の管理職の頃に比べると、かなり違う仕事の進め方になったと思うのですが、考え方が変わったことはありますか?

困りごとに敏感になりましたね(笑)。大企業の場合は、困りごとは会社から与えられるものなので、自分で困りごとを探さなくてもいいんですよね。

これからの会社の展望をお聞かせください。

60代にもなると、セカンドキャリアが見える歳頃なので、がっつり働けるとしたらおそらく10年くらいで、マックスでも20年だと思うんです。その10年間で何をやるかとなると、会社を大きくするというより、世の中の役に立って、いろんな人たちを育てて次代につなげていきたいですね。

技術も日進月歩の時代ですが、仕事を通して最新技術を追い続ける喜びもあるのでは?

それはありますね。私は科学技術の学会に4つ入っているのですが、学会でホットな話題になってから5年後くらいに世の中で作り始めることが多いんです。学会からメールでいろんなニュースが届くので、それはいつも読んでいますね。

「人生100年時代」と言われますが、60代もまだまだ勉強なんですね。

日々、勉強してますよ。今、重機の測量の仕組みを作っているのですが、いろんな機材を乗せると1千万円くらいになってしまうんです。それだと普及しないので、安く作るためにカメラで認識して測量する仕組みを作っています。そのために高校の数学をやり直しているんですよ。一回やってるから勉強すればすぐに思い出すんですけど(笑)。あとは無線の仕様について勉強してますね。

会社設立から4年半が経ちますが、あらためて感想をお聞かせください。

60歳を超えてから再雇用を選ぶ人もいますけど、僕は外に出たほうが絶対に役に立つと思っています。会社が居心地いいという人も一定数いるので、みんなに勧めるわけではありませんが、私に関して言うと、新しいことを始められて、いろんな人と触れ合えて、いろんな仕事に挑戦できるので、今は楽しいですよね(笑)。

取材日:2019年10月9日 ライター:大寺 明

株式会社レゾネスト

  • 代表者名:前川 博俊
  • 設立年月:2015年5月
  • 資本金:300万円
  • 事業内容:実生活空間におけるユーザ体験とユーザ・インタフェースの開発、もののネットワークに係わる技術、装置、システムの開発、人工知能、データ分析、事業モデル開発、メディア戦略立案 その他、関連するコンサルティング業務
  • 所在地:〒131-0041東京都墨田区八広4-36-21ガレージスミダ
  • URL:https://resonest.com/
  • お問い合わせ先:上記サイト、コンタクトより

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