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「ゲーム=おもちゃ」というスタンスを大切にしたい!ゲーム制作会社、スタジオトリガーを牽引する2人の思いとは?

京都
株式会社スタジオトリガー 代表取締役 三木 享 氏
京都に本社を置くゲーム制作会社「株式会社スタジオトリガー」の代表、三木享(みき たかし)さんと総務でデザイナーの一本可愛(いちもと かあい)さんへのインタビューはそれぞれのエピソードがおもしろく、笑顔の絶えない時間となりました。お二人が大切にされているのは、まさに「遊び心」。会社設立までのいきさつと、ゲームづくりに対するそれぞれの思い、会社の展望についてお伺いしました。

プランナーとして活躍するも、試行錯誤を重ねて職を転々と

御社を立ち上げるまでのそれぞれのキャリアについて教えてください。

三木さん:高校生の時にゲームにハマり、進路先として先生に勧められた京都市内にあるゲームソフト開発会社に入社しました。最初はデザイナーとして、ドット絵を作成する仕事をやっていたのですが、途中からプランナーとしてゲームの企画立案、プロジェクト進行などの仕事を担当しました。しかし、入社から6年目を迎えたある日、「君に与える仕事はない」と言われ、やむなく退社。その後、知り合いの会社で同じくプランナーとして働くことになったのですが、仕事を日々こなす中で色々な事に疲れてしまって、会社へ行くのにしんどさを感じるようになりました。

一本さん:三木が入社した後に、私もその会社に入社しました。この会社ではいろんな事を学ばせていただいたんですが、徐々に業績が順調でなくなっていったようで、その空気を敏感に感じ取った三木は我々を置いてその会社から抜けました(笑)。

三木さん:そう(笑)。先に抜けて新天地を目指そうと思ったんです。職業自体を変えようと思い、広告関係の企業に応募したのですが、すでに30歳を超えていたこともあり難航し、結局、大手ゲームメーカーのソフトを開発しているゲーム制作会社に就職。しかし、そこでもうまくいかず退職することに。その後、広告会社に就職できたのですが、広告を作るのではなく広告を貼る仕事が多く、5ヶ月で退社しました。

その時、一本さんはどうされていましたか?

一本さん:変わらず、業績を心配しつつも、目前の納期に追われてその会社にいました。その時、その会社は給与の遅延があったりして、かなり心配な状態でした。三木が出ていった後も私を含め会社に残った数名は三木と連絡を取り合っていました。ただ、その後に三木と会社を共にするとは夢にも思っていませんでした。

三木さんのその後について教えてください。

三木さん:広告会社を退社後、隣人に誘われ、家の屋根にラバーを塗る仕事をやることになったんです(笑)。しかし、ここで転機が訪れます。屋根で作業していたある日、僕の携帯電話が鳴りました。それは東京のゲーム会社からの電話。以前、私がプランナーとして関わっていた会社が解散することになったので、ゲーム制作の仕事を引き継いで欲しいとのことでした。しかも、東京で。そこで一本や数名のメンバーに声をかけ、その話を持ちかけました。

それで、東京に行かれたんですか?

三木さん:はい。……。日帰りで(笑)。話を聞きに行っただけで、東京に行くのはやめました(笑)。僕も含め、当時のメンバー全員が京都で仕事をやることに魅力を感じていたので、わざわざ東京に行って仕事をするという気持ちになれませんでした。京都にいてもゲーム制作の仕事はできると思ったんです。それで東京の仕事は断り、僕を入れて7名で個人事業として制作チームを立ち上げました。

仕事が決まり、急きょ、部屋を探し、機材をかき集めた

創業当時のオフィス風景

つまり、立ち上げ当初の仕事はゼロだったということですか?

一本さん:そうなんです(笑)。三木以外のメンバーは前の会社の失業保険が残っていたので、なんとか食いつなぎながら、WebのBBSや掲示板に「お仕事欲しい」と書き込んだりしていました。当時の打ち合わせ場所はいつもファミリーレストランで、ドリンクバーでジュースを飲みながら、「これからどうする?」みたいな話をよくしていました。そのような状況でしたから、当然ながらメンバーから抜ける人も出てきたりして。そんなある日、知らない会社から電話があり、突然仕事の受注をいただいたのです。掲示板を見て連絡したとのことでした。

三木さん:正直、僕たちも「へ?」となって。掲示板に書き込んだくらいで個人にも仕事がくるんだと(笑)。

一本さん:これまでの実績を見込んでということだったそうです。

どういう依頼だったんですか?

一本さん:プレイステーションの人気格闘ゲームのキャラクター制作とプログラムの一部の制作でした。しかし、仕事をいただいたものの、当時は作業をする場所がなく、機材もありませんでした。そこで、急いで右京区の民家を借りて、機材は前の会社からもらい受け、なんとか仕事を受けることができました。この仕事を受けたことで多少の資金が生まれて、営業をかけられるようになり、仕事が徐々に決まっていきました。

三木さん:その後、取引相手が増えてきたタイミングで法人化しました。2004(平成16)年のことです。

受注されていた主な仕事内容について詳しく教えてください。

一本さん:ゲーム内のキャラクターをモデリングし、アクションを付けるところまでの制作を行っていました。その他、体力ゲージやメニュー画面などのUI(ユーザーインターフェイス)の制作も行っていました。今はやってないのですが、当時は遊技機のアニメーション作成も多数受注していました。

会社としての一番の転機は、創立メンバーの脱退

現在のオフィス風景

その後も波乱万丈は続いたと想像されますが、いかがでしょうか?

三木さん: 2013年に本当の意味での転機を迎えます。当時、創立メンバーが私と一本を含め4人いて、この4人の関係はずっと変わらないと信じていたのですが、1人が「辞めたい」と言い出しました。仕事が増えたことで会社に人が増え、もともとサークル的なノリだった社風が少しずつ変わってきたことへストレスを感じていたのかな、と思うのですが今でも真の理由は分かりません。創立メンバーは僕にとってとても大切な存在だったので何度も引き止めて話をして、改善して歩み寄れる部分を模索したり、説得したのですがダメでした。そのことがきっかけで、会社としてのビジョンを持たないと人が離れていくということに気がついたんです。

一本さん:そのことがきっかけで、社員一人ひとりに何をしたいかをヒアリングして、意見を吸い上げ、関係性の密度を上げることを大切にしました。それに応じて、三木とは別に、社員の意見をまとめる役割が必要となり、私がデザイナーの業務から離れて、その業務に就くことになりました。その創立メンバーは今もどこかで頑張っていると思うんですが、彼には感謝してます。そして、今やっと、やりたい仕事を与えられる環境が整ったと思っています。

オリジナルのゲームをひっさげ、「TOKYO GAME SHOW 2018」へと

2018年9月、TOKYO GAME SHOW に初出展した

ゲーム制作の受注以外に新たに進めている事業があれば教えてください。

一本さん:やはり受注だけでなくオリジナルゲームを制作したいという思いがあり、9月の「TOKYO GAME SHOW 2018」への出展に向けて新作の制作を進めています。これからも、スマホゲームに留まらず、我々ができる範囲のことは進めて行こうと考えています。

「TOKYO GAME SHOW 2018」にて発表されるコンテンツについて教えてください。

一本さん:今回は初出展ということもあり、一般認知度を高めることを目的としているので、多くの人に遊んでいただけるスマホ対応のカジュアルゲームを発表します。「いやしましゅまろ®~みんなでお菓子パーティー~」というLINEスタンプとTwitterで人気のキャラクター「いやしましゅまろ®」とコラボしたコイン落としゲームです。例えば、コレクションしたキャラクターと一緒に写真を撮影できたり、キャラクターの表情を変えられたり、遊んだ履歴を簡単にSNSに発信できます。

競合他社にはない御社の強みについて教えてください。

三木さん:「ゲームが好き」という根底の思いがあるので、ジャンルを問わずになんでも制作できることです。

一本さん:社内のことで言えば、三木の存在も1つの強みだと思います。最後の責任は三木が取ってくれますし、それまでは社員を信頼して自由に任せてくれます。とても自由度が高くて、まさに仕事がしやすい環境と言えるのではないでしょうか。しかも、三木は決断がとても早いので、クライアントの信頼も得ています。

三木さん:僕は人を待たせることにストレスを感じる性格なんです。なので、どんどん希望に応えたいと焦って、体調を崩したりする(笑)。

三木さんが経営において大切にしていることは何でしょうか?

三木さん:人との絆です。人とのつながりをどうやって保つか。それは大切にしています。

一本さん:確かに社員一人ひとりに関わる時間は長いと思います。なので、いつも「大きい会社にしたくない」とおっしゃられます(笑)。

三木さん:売り上げを伸ばしても利益が上がらないと意味がないので、ちょうどいい人数のところで止めたいと思っています。人を増やすることで資金がショートするリスクがあるので。

一本さん:ゲーム業界においては、10年生き残れるのは10社のうち約3社と言われているので慎重になるところです。

三木さん:そのような業界で、よくウチもってきたな(笑)。

一本さん:そうですね。なんとか持ってきましたね(笑)。

上下関係の垣根がないことが強みの1つ

お二人の会話のやりとりを聞くだけで楽しい会社だと想像できます。

一本さん:そうですね。当社は上下関係がほとんどありません。特に、三木は「社長」と呼ばれるのを嫌うので、みんな名前で読んでいるのも当社の特徴だと思います。

三木さん:僕はただ人をまとめる仕事をしているだけであって、上とか下はないと思っています。海外では会社のあり方は「ピラミッド」ではなく「波紋状」と言うように、まさに当社も「波紋状」であることを大切にしています。

一本さん:新人でも三木に言いたいことを言える環境であるのは確かです。私も新人の子に怒られたりします。「一本さん、明日までに間に合わないと、どうにもなりませんよ!」って。「すみません。明日までになんとかするから。」って謝ることもしばしばです。

三木さん:新しい人が入ってくると、いつその垣根を飛び越えてくるかというのは楽しみにしています。

一本さん:当初あった「サークル感」がそこにだけ残り、組織として1つの方向に向かって進めることが当社の強みになっていると感じます。今後も、そのような形で人を増やしていくことができればベストだと思っています。

ゲーム制作で大切にされていることは何でしょうか?

三木さん:昔は自分が作ったゲームが店頭に並んだので、お客さんがそのゲームを手に取ってくれた時の感動はひとしおでした。基本的には今も変わらずに、その感動を味わい続けたいという気持ちでゲーム制作に取り組んでいます。今はSNSでタイムリーにダイレクトな反応があるので、それはそれで面白い時代だと思っています。

一本さん:SNSで反応があることでゲームを制作するやりがいもありますし、良いものを出すことへの緊張感も高まります。

今後のビジョンについて教えてください。

三木さん:媒体が変わっても、テクノロジーが変わっても、「おもちゃ」として面白いものを追求していきたいと思います。僕はゲーム自体が、体験して楽しむという「おもちゃ」であって欲しいと思っています。なので、当社はクリエイターではなくて、「おもちゃ屋さん」というスタンスを持ち続けたいと思っています。

一本さん:三木はいつも「ユーザーが遊べるものを作らなければいけない」という言葉をよく口にします。我々としては「おもちゃ」を作る職人という意識を持ってこれからも取り組んでいきたいと思います。

まずは体験してみることが大切

最後に、若きクリエイターの皆さんに一言お願いします。

一本さん:どんなことでもいいので、まずは体験することを大切にしてください。ゲームだけじゃなくて、映画でも、恋愛でも、人付き合いでも。もちろん、家に引きこもることも経験だと思うので、悪いことではないのですが、ただそれに終始せず、尻込みしないで色々と体験していただけたらと思います。その姿勢を忘れないで、楽しいことを探し続けていたらそれが何かしらのクリエイティブなことにつながります。挫折も含めて、体験する一つひとつに意味があると思って日々を過ごしていただければと思います。

三木さん:ゲーム制作においてプログラムを書いて、キャラクターを動かすのはとても楽しいんですが、ただそれを中途半端に数作るのではなく、まずはゲームを1本完成させることを大切にして欲しいと思います。それこそ、将来的に役立つ学びにつながるはずです。がんばってください。

取材日:2018年8月30日 ライター:7omoya

株式会社スタジオトリガー

  • 代表者名:代表取締役 三木 享
  • 設立年月:2002年10月
  • 事業内容:家庭用ビデオゲーム機、スマートフォン、携帯電話など電子機器や電子玩具でのプログラム、グラフィックデザイン(2D、3D)、企画など
  • 所在地:京都府京都市中京区菊屋町513 谷・堺町ビル3F
  • Tel:075-252-7768
  • URL:http://www.studio-trigger.co.jp
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