映像2017.03.22

サプライズにもほどがある

とりとめないわ 第19話
とりとめないわ 門田陽

前を走るロシア製の四駆のテールランプの灯りが遠ざかると、暗闇は深さを増し不安の色も濃くなった。車外はマイナス30度。何かの間違いでここに一人で取り残されたなら、短時間のうちに死を覚悟するだろう。寒いにもほどがある。

2月の終わりに1週間、仕事(ロケ)でモンゴルに行ってきました。モンゴルと一言で片付けるにはモンゴルは広すぎます。日本の約4倍、東京ドームざっと3,232万個分の国土です。わかりにくい例えになってしまいましたが、ともかく大きい。首都ウランバートルから車で26時間。日本から3日がかりで到着したのは今回の目的地ツァータン村です。トナカイを遊牧して生活している世界でも稀有なツァータン族の住む場所です。夜の気温はマイナス30度。濡れタオルは一瞬で凶器に変わります。推理小説のトリックに使えそうです。この極寒の地にトナカイと共に一生を過ごす民族。人生は運命とはいえ、さすがにここは住めば都とは言いにくいと感じました。

現地にはわずか3日しかいませんでしたが、トナカイについては随分詳しくなりました。まず見た目がカッコイイ。何といっても角がカッコイイのです(※写真)。人間にも角があったらどうだったでしょうか。ま、寝にくいですね。僕は帽子がかぶりにくいのでやっぱりなくてよかったです。今まで半世紀生きてきて初めて知ったのですが、トナカイって雄にも雌にも角があるのです。そこが鹿との大きな違い。角は一年一度はえかわるのですが、その時期は雄と雌で違うそうです。クリスマス時期に角があるのは雌だけなのでサンタクロースのトナカイは実は雌なのかもしれません。※これには諸説あってサンタクロースのトナカイは去勢された雄という話もあります。

さて、このツァータン村にはインフラが何もありません。薪につけた火が夜は光になり、また料理にも使うので電気兼ガスの役目。さらにその火で雪を溶かせば水になります。すべてが自然の力です。無力な人間。立ち尽くす僕。夜のトイレは恐ろしすぎました。僕たちはモンゴル軍の宿舎を借りて3日間寝袋で過ごしたのですが、一番つらかったのはトイレです。一畳くらいのスペースのセンターに深い穴が空いています。その穴をめがけて事を行うのですが、穴の両脇が凍っているのでツルツル滑るのです。この恐怖は久々のトラウマになりました。万が一滑って穴に落ちたらエライ場所での凍死です。まさにフン死。葬式はさぞ盛り上がるかと思いますがそんな死に様だけは勘弁です。

しかし何よりも今回のロケで最も恐ろしかったのは、ツァータン村から再び26時間かけて戻ったウランバートルでの出来事でした。実はその日は同行のクライアントさんの誕生日。そのことを前もって知った日本から一緒のコーディネーターのSさんが気を利かせてレストランにサプライズでケーキの準備をお願いしていたのです。過酷なロケも無事に終わり、打ち上げを兼ねた夕食会。予定ではクライアントさんのご挨拶で開幕、地元モンゴルスタッフによる乾杯の音頭、しばし歓談を挟んでいいタイミングでサプライズのバースデーパーティになるはずでした。

ところがです。クライアントさんのご挨拶のあと、モンゴルのスタッフ(10数名)が勢揃いして「本日はクライアントさんの誕生日です。それをみんなでお祝いしましょう!」といきなりステージ上にスクリーンが現れ、そこにはこのロケ中のクライアントさんの色んな写真がまるで結婚式のビデオのように編集されて流され、さらには盛大なプレゼントが渡され、モンゴルスタッフ全員による地元のお祝いの歌が歌われ、クライアントさんは感動いっぱい胸いっぱい。一方Sさんは呆然。顔面蒼白デスラーの如し。ある意味、超サプライズ!その昔観た映画「祝辞」で自分と同じネタのスピーチを先にされて絶句する財津一郎状態。いやー、世の中、非っ常にキビシッーーーーー(財津一郎口調)。

ところで。今回のコラムはハードボイルド風に書き出してみたものの、という話はまたの機会に。

Profile of 門田 陽(かどた あきら)

門田陽

電通第5CRプランニング局
クリエーティヴ・ディレクター/コピーライター
1963年福岡市生まれ。
福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。
TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。
趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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