映像2022.02.24

過剰に泣かせない! 迷える人へ捧ぐ、繊細で切ない『余命10年』

東京
映像編集ディレクター
秘密のチュートリアル!
野辺五月
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『余命10年』……タイトルド直球の状況にある難病のヒロインと、支える周りのひとびと、そして始まる最期の恋を描いたストーリー。
原作は、作家自らも重い病床から作り上げた珠玉の恋愛小説。
しかも主演は小松菜奈と坂口健太郎。
こう聞くと、「泣ける話」をみたい時にはいいのでしょうが、そうでない場合は敬遠してしまうかもしれません。

私はもともと「泣ける話!」というコピーがあまり得意でなく……いわゆる「余命もの」というジャンルに対しても抵抗がありました。ヒット作も多いけれど、どうにも消費されていくイメージがあったのです。原作も本屋でヒットしていることは知っていたのですが、タイトルから「あー、病気で泣かせる系ね」と手に取ることを躊躇しておりました。

そんな中この映画を見ようと決めたきっかけは、藤井道人監督の存在と、コメントでした。そもそも藤井道人監督というと『新聞記者』や『ヤクザと家族 The Family』のような社会派という先入観があり、ラブストーリー、しかも結末と展開がどうやっても決まってしまうこの種のストーリーを撮るようには思えなかったのです。そのギャップが気になりチェックしました。
すると案の定、インタビューには監督は最初“余命もの”の作品に対して、ある種の抵抗があったとありました。ではなぜ引き受けたのかというと「作者が生前書かれたもの、闘病中の加筆された部分の生々しさがあり、書きたかったことの執着を感じ、それがすごく生きているように感じたから」だそうです。
このコメントを聞いて、この映画はただ安直に「泣ける物語」ではなさそうだと思い、興味がわきました。

【お勧めの対象と、丁寧に細部を作る尊さ】

さて、見終わった感想ですが、この映画はシンプルに、物凄く良質なラブストーリー。また「迷っている人に、時間の大切さを知らせる美しい警告」のようでもあります。
むしろ、私のように「泣けるよ」という宣伝が苦手な人に見ていただきたいと思いました。恋愛物としても素晴らしいのですが、それよりも「何となくもやっとしている」ときや、「ちゃんとしたいけれどどうしよう」と不安を抱いているとき、淡々と自分を見つめ直したいときに効きそうです。

「命を描く」ことはそれだけで重みがあり――ましてやお話の中だけならず、作者当人の状況にも重なる部分があるとなると、扱いはとても難しいと思います。
『余命10年』は、それを飾り立てたり、煽ったりすることなく、淡々と……しかも四季の自然をうまくとりこんで、時の流れと共に二人の関係・命のきらめきを、残酷なまでに美しく描写しています。
如何にも「泣ける映画」の演出はありません。
無駄な音楽も気障なセリフもありません。
RADWIMPSのエンディングはそれはそれは美しいのですが、主役はそこに、役を生きている二人であり、そのリアルに厚みを加える俳優陣、あるいは季節を演出する風景や部屋の情景なのです。
この映画の凄みは「原作の持つ力」と、それを紐解いて丁寧に映像化する緻密で美しい設計・演出です。刺激を追う絵、足し算の多い映像ではなく、引き算の美しさのようなものを感じました。
主演は勿論ですが、脇役である父:松重豊、母:原日出子、姉の黒木華……生々しさに拍車をかけていました。またバイト先の店主のリリー・フランキーや、親友の奈緒などのさらりとその場に息づいているようなアシストがひかり、ここもこれだけ豪華なメンバーにもかかわらず過剰さが一切ないのです。

 

映画全体が丁寧に織られた絹布のように繊細で、滑らかで――
良質なドキュメンタリーと静かな文学的恋愛風景を見事に両立させています。
桜の舞う春の情景、銀杏や雪の描写など、また自然だけではなく、都会の喧騒……居酒屋・会社のそれぞれの空気、そして病院の独特の空気……自宅の安らぎ……ストーリーと舞台が絶妙にリンクしています。
背景・場所・季節の選び方だけではなく、衣装もですが、主人公たちの部屋のうつりかわり、背景・小物――美術の細部にも「丁寧な仕事」を感じました。
制作側のこういったリアルな作りこみは、MVやCMなどでは予算や状況をみて、撮影と編集の間で「誰かの掛け持ちの仕事」となっているケースも少なくありません。また映画の醍醐味としてそういう類の作りこみ(美術部の仕事)が注目される場合、大抵はファンタジーや時代劇などイレギュラーな世界観になりがちです。 
今回の映画の舞台は現在。そして部屋や風景はありふれたもの。
けれども、お話の中の時間経過としての「風景・部屋の変化」が物語の厚みを出し、主人公たちの日々の切なさを際立たせていました。
スクリーンの大きな画角で、リアルな彩りと景色で綴られる物語。ぜひ細部に至るまでチェックしてほしいです。私も二人の美しい一瞬一瞬を、もう一度劇場で確認したいと思います。

映画『余命 10年』 3 月 4 日(金) 全国ロードショー


STORY

自らの余命を知り、もう恋はしないと心に決めた茉莉

生きることに迷い、自分の居場所を見失った和人

二人の人生が交わるとき、ありふれた毎日が嘘みたいに輝き出す―

 

CREDIT

【キャスト】

小松菜奈 坂口健太郎

山田裕貴 奈緒 井口理 / 黒木華

田中哲司 原日出子 リリー・フランキー / 松重豊

【スタッフ】

原作:小坂流加「余命 10 年」(文芸社文庫 NEO 刊)

監督:藤井道人

脚本:岡田惠和 渡邉真子

音楽・主題歌:RADWIMPS「うるうびと」(Muzinto Records/EMI)

【配給】

ワーナー・ブラザース映画

【コピーライト】

©2022 映画「余命 10 年」製作委員会

 

公式HP:https://wwws.warnerbros.co.jp/yomei10-movie/about.html

公式SNS:Twitter(@yomei10movie)

    :Instagram(@yomei10movie)

    :TikTok(@yomei10movie)

プロフィール
映像編集ディレクター
野辺五月
学生時代、研究の片手間、ひょんなことからシナリオライター(ゴースト)へ。 HP告知・雑誌掲載時の対応・外注管理などの制作進行?!も兼ね、ほそぼそと仕事をするうちに、潰れる現場。舞う仕事。消える責任者…… 諸々あって、気づけば、編プロ・広告会社・IT関連などを渡り歩くフリーランス(コピーライター)と化す。 2015年結婚式場の仕事をきっかけに、映像畑へ。プレミア・AE使い。基本はいつでもシナリオ構成!2022年は現場主義へ立ち返り、演出部に立ち戻る?「作るために作る」ではなく「伝えるために作る」が目標。早く趣味の飲み歩きができるようになって欲しいと祈る日々。

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