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Interview Series 1 あの人に会いたい


菅野よう子――作曲家

アニメファンの間には、かなり名の轟いている方です。なので、誤解のないよう主語を明確にしておきますが、筆者(清水)は、個人的に『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズと『∀(ターンA)ガンダム』を高く評価しています。フォークロアなのに官能的なものから、ソリッドでクールなものまで、ほんとにかっこいい主題歌、挿入歌の仕上がりを絶賛しています。もちろんたくさんのファンが、いろんな評価、いろんな楽しみ方をしているはず。そちらに興味のある方は、ネット上に多数あるファンサイトを覗いてみてください。
ってなわけで、文字通り喜び勇んで出かけたインタビューであります。一説によると、最初から最後まで、不憫なくらいメロメロだったらしいです。本人はプロとして、鋭く質問し、厳しく迫り、仕事を完遂したつもりなのですが……。生まれて2度目の「サインください」をやった手前、強くは反論できないのもまた事実であります。


『管野よう子』個人名義でのアルバムリリースには興味がなさそうですね。

アーティスト個人名義のアルバムと、いわゆる仕事でつくるサウンドトラックと、自分の中では区別がありません。仕事の作曲の合間を縫って個人的にやりたいことって、ないですね。普段の仕事で、十分に個人的な創作ができているので(笑)。

サウンドトラックがメインで個人名義のアルバムがないとなれば、“黒子”とか“裏方”とかいう表現にもなると思います。そういう自覚はある?

“黒子”という言葉が「自己表現をしない」を意味するなら、それはないです。ただ、「私がつくったのでございます」と言いたい欲望も、ありません。すごく恥ずかしがりなんですよ。できれば隠れていたいという気持ちがある。隠れているほうが、フィットするんです。私には。

隠れていたいという気持ちは、『てつ100%』でバンド活動している時から?

コンテストに出るけどピアノがいないので応援してくれと頼まれて、仕方なく弾いたらバンドが優勝しちゃって。自動的にレコードを出すことになって、デビューしちゃった。写真を撮られて、コンサートをやって……。もちろん楽しかった思いもありますが、やりたくないことをやることになってしまったという気持ちは、正直ありました。

そのバンド活動が終わって、今の仕事につながっていく。

作曲家としてのキャリアなんかないので、デモテープを求められますよね。でもないし、つくる気もない。自己主張が苦手だから。それでも「やってみないか」と言ってくださる方がいて、「え〜、こんなもんしかできませんが」とやっているうちに、ここまできてしまいました(笑)。作曲家の友人に言わせると、「信じられない」そうです。「僕が、これまでに何10本のデモテープつくってると思う!不採用でもデモを送りつづけて、それでやっと仕事の依頼につながる。それが普通だ」――なんだそうです。私はとても幸運なケースなんだと思います。

結局、プレイヤーよりもコンポーザーのほうが性に合ってたということがわかった。

そうですね。明らかに、プレイするよりつくっているのが好きです。


曲づくりは、いつごろから?

覚えている範囲では、2歳半とか3歳の頃にはつくってました。

ほんとに?

子供って、いい加減な歌、歌うじゃないですか。そういう意味です。なんでもかんでも歌にしてたのを覚えてます。近所の男の子のことを「○○くんは、かっこいい〜」なんてね。

う〜ん、ファンキーな子だったんですね。

今思うと、言葉や態度で表現できない部分を歌で表現していたんですね。普通にまっすぐに言えない気持ちを歌ったり、ピアノで弾いたりして、感情表現を補っていた。

今につながる音楽的バックグラウンドは、そこですか。

音楽にして、弾いたり歌ったりすることが、言葉を口にするより楽だった。「好きだけど、ここはちょっと嫌だ」というようなことも、言葉では言えないけど、曲にするなら全部を凝縮して1分くらいでポンと表現できちゃう。それは、今も変わりません。

そんな菅野さんの青春時代は、当然、音楽活動にどっぷり?

まったく。少なくとも13〜20歳は、全然つくってないですね。興味は文学へのほうが強くて、新聞社に入りたいと思ってました。

それで、早稲田の文学部なんですね。

そうです。三島由紀夫や大江健三郎に憧れて、三島の文章を全部ノートに書き写したりしていました。




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