グラフィック2010.05.19

やりたいことがあるなら まずひとりでやってみましょう

Vol.60
デザイナー&ライター 井上のきあ(Nokia Inoue)氏
 
いわゆるPC書という世界で、正直あまりよく知りませんでした。ネットで調べると、井上さんの著書は、オリジナリティがあって、読者、ユーザーが心から「ほしい」と思えるものが満載されているのだそうです。なるほど、うっかり生きていると、こういう世界の、こういう寵児の存在に気づかずにいてしまうのだと反省しきり。その勢いに乗って取材を申し込むと、快く応じていただけました。ただし、今回は、ご本人の希望で特典映像はありません。ご了承ください。デザイン素材集やCG・Flashなどの教則本を執筆している方です。かなり売れてます。根強いファンが、たくさんいます。「ほんとかね」と近くの大型書店に足を運ぶと、最新刊がドカンと平積みになっていて、何人もの人が手にとっていました。

「その飾りどうしたの?」、「素材集だよ」、「どこの?」

みたいな感じでちょっとずつ広まってるみたいです。

売れていますね。やっぱり、売れるのはいいですよね。

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それはもう、せっかく印刷したものですから、売れないと、コストも資源も無駄になってしまうし、なにより次がないですから。投票みたいなもので、へんなものでも売れるとその方向が世間的にOKということになって、やりやすくなるものです。ですから、私も「このジャンルは栄えてほしい」と思ったら、積極的に買ったりしています。

売れる書籍をつくる秘訣は?

秘訣は――。あるんですかね、よくわからないです。流行っているものがあれば見ておくとか、取り入れられないか考えるとかそのくらいです。ただ、素材集に関してはもう何冊も出しているので、実際に使われているところを見かけたりすることもあって、なるほどこういう素材はこういうところに使うのかとか、こういうタイプの素材が便利なのか、ということがわかったりして、それを次の素材をつくるときに反映させることができるので、どんどん精度はあがってきているかと(笑)。

出せば、ドカーンと売れるという感じ?

いや、私の書籍に関しては、口コミでジワジワというパターンが多いんじゃないかと思います。まず「誰それ?」っていう感じですし。たとえば素材集などでは、実際に使った作品をWebにUPしてみたら「その飾りどうしたの?」、「素材集だよ」、「どこの?」みたいな感じでちょっとずつ広まってるみたいです。

書籍の執筆は、2冊、3冊と並行して手がけたりしますか?

私は、それはありません。常に1冊に集中しています。

1冊の執筆にかかる時間は?

平均2ヵ月ですかね。理想は1ヵ月ですが、長いものでは3ヵ月くらいかかります。

今、執筆と言いましたが、原稿書くだけじゃなく、素材もつくるし、デザインもしているわけですよね。

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最近では本によっては 組版もします、表紙もつくります。ほとんど全部、自分でやっていることもあります。最初の頃は、自分で見本をつくってこんな感じにお願いします、というようなこともやっていたのですが、そこまでやるんだったらやってしまえば、ということになって。

お名前は、ペンネーム?

もちろん、ペンネームです。当時持っていた携帯電話が、ノキア社製で、そのわりに響きが日本っぽかったのでなんか気になって、雑誌に記事を書くときに何か名前が必要だというので、その響きに合いそうな名字考えて、今の組み合わせになりました。とくに運が悪かったりすることもないので、字画はいいんじゃないでしょうか(笑)。

世間を見渡せば、

独学でプロになるというのは別にめずらしくないみたいです。

CGがやりたくて、ゲーム会社に入ったそうですね。

会社ではグラフィック系への進路を望んだんですが、プロデューサー系へ行かされた。いまだに「そういうこと、向いていると思う」と言われることがありますが、とにかく本人に興味がない(笑)。自分の手を動かしている方が楽だと感じるもので。自分では職人向きだと思ってます。

でも、結局、フリーでこういうことを成立させているんだから、セルフプロデュースはできていますよね。

だから、要するに、自分で絵を描いて、設計も組ませてくれるなら、そのままつづいたかもしれないです。どうせ3年くらい経ったら飽きるので、最終的にプロデューサーに転向したかもしれないし。でも、そういう方向になりそうになかったので、結局 辞めることになりました。

会社が与えてくれたことではなく、自分が好きなことを仕事にした。

独学で身につけたことで、ご飯を食べていますね、今は。私は習い事に興味がなく、実は勉強も好きじゃなかった(笑)。唯一絵を描くことだけは好きになれて、全部独学で学びました。でも、世間を見渡せば、独学でプロになるというのは別にめずらしくないみたいです。だから、そんなに特殊な選択をしていないような気もする。

今の仕事のスタイルは――

成り行きも、いいところです(笑)。行き当たりばったりです。

漫画家になれたらいいなーとか思っていたら、結果的に似たようなライフスタイルになりました。でも、本当に成り行きでこうなってしまっただけ。パソコンとネットのおかげで、こういうことが仕事になるとは、やってみるまでまったく予想もしませんでした。

ところで、どんなペースで仕事してるんですか?

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これも、成り行き。疲れたら寝て、疲れがとれたら起きて働く(笑)。集中できない時は、まったく集中できなくて、グダグダしているだけ。でもまあグダグダしてるときというのは疲れてるときなんじゃないかと思うので、そうやって疲れをとっているというか(笑)。

ライフスタイルは、かなりシンプルなんですかね。

と、思います。基本、お金がなければないで、楽しく生きていける自信あります。

方向性の違う仕事をやって、

違うところからお客さんを拾うのが楽しい。

で、仕事は、どんなルートで? 井上さん付きの編集者みたいな方が、いるんですか?

小説とか漫画と違って、PC書の世界ではとくにそういうのはないです。今よく一緒に仕事している編集者は、数名いますが、わりと昔からつきあいのある方ばかりです。

この身はひとつで、そんなにたくさんの仕事はできないので、今は他からのオファーは時間かかりそうな企画だなあと思ったら、お断りししてしまうことが多いです。書ける人材はほんとにたくさんいますので、編集者自身がもっと探してほしいというのもあります。わたしもいきなり1冊書いて大丈夫だったので、書いたことない方にもどんどんオファーして、本出してもらったほうがいいと思います。

では、もう、今の仕事のルートで満足している? 新しい仕事を手がけるつもりはない?

いえ、そういうことではないですね。やったことない仕事にはすごく興味あるし、やったことがなければないほどやる気になる。そもそもすでにやったことがある仕事には興味をなくしているので、自分から進んで同じことをやることはないですね。なので「いつもの井上さんらしい感じで!」って言われると、まずやらないです。

方向性の違う仕事をやって、違うところからお客さんを拾うのが楽しい。

お客さんを、拾う?

平易な言葉で言えば、「読者層を開拓する」ですね。

たとえば、今回はパソコンに詳しくない人でも楽しく遊べる内容にしようという目標でつくります。一生懸命目標を追って、実際に出版すると、そういう方が買ってくださり、名前をおぼえてくれることがある。するとその方が、わたしの他の本に興味をもってくれたり、買ってくれることがあるんです。そういうできごとのひとつひとつが、楽しいです。

素材集というジャンルは、どんなところが面白い?

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やり始めてみないとわからないことが多くて、やり始めてみるといろんなアイデアが出てくるところかな。手をつける前は、これが完成するとは1ミリも思っていません。それくらいどうなるかわからない。逆にどうなるか最初からわかっているものの場合は、工程を具体的にシミュレーションできてしまうので、その段階で疲れてしまってやる気をなくし、結局やらない。

あるテーマを設定して始めても、やってみると違うと感じて、大体、つくったものの半分は捨てることが多いです。それくらい見通しが立ってない状態でやっています。「お蔵入り」させたものは、別のテーマに取り組んだ時に、「あれが使えるかも」と取り出すこともありますが、大半はそのまま放置ですね。時間がないときにすごく助かったりすることはありますが(笑)。

新しいアプリケーションは、「ヘルプ」を、全部読んでマスター。

関連書籍に記されているようなことは、 実は全部ヘルプに入っているんです。

仕事に使っているアプリケーションは?

おもにフォトショップとイラストレーター、組版用にインデザイン、それにSAIです。

SAIは、本(『SAI Illustration Technique』ビー・エヌ・エヌ新社)も出していますね。

私、新しいアプリケーションは大体3日くらいで使えるようにします。本が書けるレベルまで。3日でどうにかならなかったら、たぶん相性が悪いので諦めます。そんな初心者が本書いていいのかって思われそうですけど、知らない状態からスタートすると、どのへんでつまづくかがわかるので、そこらへんがうまく働いてるんじゃないかと。

特にこのアプリケーションは、最初に触った段階ですごく面白いし使えると感じたし、そのわりにリーズナブルなので、CGやったことないけどやりたい方にこれほどのおすすめソフトはないだろうと思ったので、ゼロからスタートできる技法を紹介しました。

3日で、マスターするって、どうやって?

「ヘルプ」を、全部読みます。関連書籍に記されているようなことは、実は、全部ヘルプに入っているんです。自分に関係ないと思えるような項目も、流し読みでもいいので、とにかく全部読む。フォトショップも、イラストレーターもそうやって覚えました。

読んでおくと、絶対に発見があるので、理解が進むし、技法にも結びつく。「あれとあれを合わせると、あれに使えるな」という連想の連鎖で、自分なりの使い方ができてくるんです。アプリケーションのマスターにお金を使いたくないなら、ヘルプを読め! それが私からのアドバイスです。

「ヘルプ」が、そんなに役立つとは。

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アプリケーションにもよりますが、わたしが書いてる解説書なんかより、ぜんぜん詳しく書かれていますよ。ただ、ほとんどの人は、確実に、最初の1章で飽きる(笑)。開発側が書いてるので内容は正確だけど、読み物として小説みたいにおもしろいわけではない。そこを我慢して最後まで読めるかどうかが勝負ですね。読めなかったら『Illustratorデザインメソッド』(MdN)を買ってください(笑)。まあこれも読破するのがめんどうなくらい長いですけど。『Photoshopデザインメソッド』ももうすぐ出るのでよろしくおねがいします。

自分ひとりでできないことは、人の力を借りてもできない。

私はそう思います。

この仕事を、つづける秘訣は?

単純作業に耐えられるか否かは大事ですね。素材集の制作などは、後半はもう、2000枚の画像がMacとWindowsでちゃんと開けるかのチェックとか、あるバージョンで開けたものがほかのバージョンで開けるかのチェックとか、ほかのファイルに配置して異常が起きないかのチェックとか、とにかく自分が機械になったような作業が待っていますから。そのへんの作業をぜんぶ編集者がやってくれるところもあるでしょうが、素材集はデータが商品で、不良品だすわけにいかないので、わたしもぜんぶチェックします。わたしにしか発見できない問題もありますし。もちろん編集者にも同じことをやってもらいますけど。

ハウツーものをつくる際には、正確な記述はもちろんですが、用語の統一がとても大事になるので、言葉がぶれないように、自分でつくった言葉の法則を何度も検証したり。校正の段階では「てにをは」はもちろん、組版データの0.25ミリのズレくらいは発見できないといけないので、神経質でないとやってられないです。 確かに前半にはクリエイティブで、自由な発想を巡らせる作業がありますが、後半の単純作業をこなせないとつづけてはいけないでしょうね。

で、行き当たりばったり(笑)の仕事スタイルは、今後もつづく?

でしょうね。自己分析すると、私は、興味が3ヵ月以内で終わる人間なんです。ですから、3ヵ月以上先のことは、ほんとにわからない(笑)。まあそういう人間もいてもいいんじゃないかと(笑)。

では最後に、読者のクリエイター諸氏にエールを送っていただければ。

エールですか――。そうですね、やりたいことがあるなら、まずひとりでやってみましょう。ですかね。たとえどんなに仕上がりが貧相でも、とりあえずひとりでやってみる。自分ひとりでできないことは、人の力を借りてもできない。私はそう思います。人に手伝ってもらって、もっとよくなることはありますが。

やりたいなら、たとえば本だったら 自分で書いて、描いて、印刷して束ねれば本になります(笑)。特にPC書の世界は今、書き手が不足しているみたいです、実は。自分で本をつくって、売り込みに行けばいいんです。「これ、出しませんか」ってね。ポイントは、1ページ、2ページ分つくって見せて、「評価してください」ではない点。全部つくってみせなきゃ、どこまでできるかわからないわけですから。

取材日:2010年2月10日

Profile of 井上のきあ

井上のきあ氏

デザイナー&ライター。著書に『Photoshopデザインメソッド』『Illustratorデザインメソッド』『かわいい素材 花とストロベリー』『レース素材集』『花花素材集』『ふわふわ素材集』『きらきら素材集』(MdN)、『SAI Illustration Technique』『Photoshop Elements 漫画テクニック』『Photoshop漫画テクニック』『FlashMaker Motion Design』(BNN新社)、『Photoshop+Illustrator Design Technique』『10日でおぼえるPhotoshop入門教室』(翔泳社)など。

【公式HP】

http://www.slowgun.org/

【参考記事】

http://www.ut-life.net/people/n.inoue/1.php(UT-Life<東大な人>)
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