人生100年時代の遅れてきた新人フォトグラファー 「サブがメインになるチャンスは必ずある。」

Vol.168
フォトグラファー
T.T.Tanaka
T.T.Tanaka

人生100年とも言われ、仕事のリタイア年齢がどんどん上がり続ける昨今。そんな時代を生き抜くお手本としたいのが、大手広告代理店の博報堂の役員にまで上り詰め、その後は長く趣味としてきた写真の世界で活躍中のT.T.Tanakaさん。「遅れてきた新人フォトグラファー」として60代にデビューし、国内に留まらず海外にまで活動を広げているTanakaさんの言葉には、クリエイターが参考としたいヒントがたくさんありました!

退職後にプロのフォトグラファーに。 「ひとりマーケティング」で、活動の幅を広げる。

現在の活動について、教えてください。

子どもの頃から写真は好きでしたが、プロとして本格的に活動し始めたのは、広告代理店を退社した2018年の4月からです。フォトグラファーとしての活動を意識し始めたのも遅く、フォトコンテストに応募し始めたのは2005年ごろで、2016年に初めての写真集を出版しました。
現在は「ENCOUNTERS」のタイトルで写真集を3冊出版し、展示会を開いたり、医療機関や学校でアートイベントなどを主催したりしています。国内だけでなく、海外でも展示会やイベントを開いたりしています。

プロのフォトグラファーとして本格的にスタートしてから、わずか1年半で、とても幅広い活動をされているんですね!

ありがとうございます。私自身、メーカーでブランドマネージャーをしたり、広告代理店の博報堂で役員を務めたり、会社員としていろいろな経験をしてきてネットワークも広がったのですが、フォトグラファーの活動に関しては一切、その時に得たリソースは使っていません。ここまで活動の幅が広がったのは「ひとりマーケティング」の賜物だと自負しています。
例えば、私は医療機関でスライドショーを使ったアートショーを開く活動をしているのですが、これはもともと広告代理店時代に緩和ケアに関する仕事をして、その時から「緩和ケアの中で、写真にできる役割があるのではないか」と考えていたことがキッカケです。とはいえ、いきなり何の実績もない“自称フォトグラファー”が病院に飛び込んで「やらせてください」と言っても相手にされるわけはありません。そこでまずは写真集を作ったり、展示会を開いたりして実績を作ろうと考えました。
写真集を作ったら、それが本屋に並んでいる、売れている、という実績が大事です。そこで、感度の高い人が集まり、写真集を探しに来る書店である六本木の蔦屋書店に写真集を10冊、直接持ち込みました。すると、店頭に並べた当日のうちに10冊すべて売れたんです!その連絡を受けて、また10冊直接持ち込んだりして(笑)、地道に実績を作っていきました。

チャンスがあればどこへでも。 作るだけではなく、行動するアーティストに。

確かに、実績があると説得力がまったく違いますよね。

その実績を持って、知り合いの医師に「病院で写真のスライドショーをやりたい」と相談したところ、岡山の病院を紹介してもらいました。一度開催すると、それがクチコミで伝わり、次から次へと病院が紹介されるようになり、現在の活動につながっています。実際に開催すると、「あの写真が良かった」など、見てくれた人の声が直接聞けるので、リサーチになりますし、自信にもヒントにもなり、さらに活動が広がっていく礎になります。
これは、写真集の出版や展示会の開催という“投資”をしたからこそ。最初に岡山に行ったのも“投資”ですよね。ですが、投資をして動くことで、点と点が線となってつながっていきます。

クリエイターは、作ったらそれだけで満足しがちですが、行動することが活動の幅を広げるのですね。

フォトグラファーとしては60代の遅れてきた新人です(笑)。その状況で存在感を出すためには、待っていても何も始まらないので、チャンスがあればどこへでもまず行くこと。私はフォトグラファーとして活動すると決めた最初の時点から、作品の出口の場を意識していて、作るだけではなく見てもらうために行動するアーティストになろうと思っていました。
私は海外でも活動していますが、キッカケは「写真を通じて若い学生たちと話す場がほしい」と、海外在住の知人に話したこと。すると、トントン拍子にアメリカのフロリダの高校や大学で写真を使ったアートショーや講義をすることが決まりました。またそれがキッカケになり、グリーランド、ウクライナ、ラトビア、パキスタンと広がっています。

広告とはまったく逆の表現。 テーマやメッセージは見る人が作る。

作風について、お伺いします。日常を切り取ったような作品が多いですが、どんなことを意識して撮影されているのでしょうか?

私は長く広告の世界で働いてきましたが、広告とは真逆の表現をしています。
広告は、常にテーマがあり、メッセージがあります。それをどう表現して伝えていくか、そこにクリエイティビティが発揮されるのですが、私の写真はテーマやメッセージは見る人が作るものです。
私はいつも、日常の「あっ」と感じる、ちょっとした引っ掛かりを拾っています。それは神が作った瞬間であり、今の世界はとても素晴らしいという現状肯定です。そこから何を感じてくれるかは、見る人に委ねているので、ひとりひとり違いがあり、それで良いと思っています。

Tanakaさんの写真を見た人の反応は?

写真には、なぜその瞬間に心が動いたのか、日本語と英語で少し言葉を添えています。それは、写真に入り込みやすいように、との意図があるのですが、それが会話のキッカケとなって皆さんワイワイと写真を見ていますよ。他の展示会よりうるさいかも(笑)。
学校やイベントでスライドショーをするときは、写真を見せて「この後、何が起こったと思う?」と聞いています。すると、バラバラな答えが出てくるんですね。同じ写真を見ても、ひとりひとり感じることは違う、その多様性に気づいてくれれば良いな、と思っています。

私の写真は現状肯定。 面白くて美しい日常はたくさん落ちている。

イラストやピアノなど、他のクリエイティブを組み合わせた活動もしていますね。

イラストは博報堂時代に席が近かった女性イラストレーターにお願いしているのですが、イラストやデザインの要素が加わると、写真から受ける印象の幅が広がるので、より面白くなると思います。また、ピアノは、もともと音とコラボレーションしてみたいと考えていました。最初にフロリダの写真のスライドショーでピアノとコラボレーションしたのですが、聴覚からもフロリダをより深く感じられる表現ができました。

東京の昭島市でも同様のアートイベントを開催していますが、どのような流れで開催に至ったのでしょうか?

たまたま私の写真を昭島市の昭和の森芸術文化振興会の方が見て、写真の視点をすごく面白いと感じてくれたんですね。「この人なら、昭島市の面白い日常を拾ってくれるのでは」と言うことで、依頼がありました。昭島市は、「うちの街には何もない」と感じている人が多いようなのですが、私から見たら、面白くて美しい日常はたくさん落ちています。そんな昭島ならではの魅力を拾い上げ、写真、イラスト、音楽で表現して「昭島の魅力再発見」としてアートショーを開催しました。合わせて、小冊子も制作しました。
先ほども言いましたが、私の写真は現状肯定です。「私たちの街はこんなに素敵なんだ」「こんなに面白いんだ」と、目でも耳でも感じられるので、参加した市民の方はとても心地よく、自信になります。アートショーの前と後では、参加者の表情がまったく違っていました。 私は博報堂に勤務している時に地域活性化の仕事もしましたが、マーケターとして強みと弱みを分析し、現状のポジショニングを明らかにして、「今後はこうすべきです」と戦略を提示するようなことをさんざんやってきたんですよ(笑)。ですが、否定されてから始まる「べき論」だけでは、辛くなります。現状肯定をして、背中を押してあげることも大切で、両輪が必要です。この現状肯定は、クリエイターができることだと思います。

クリエイティブの出口は増えている。 恐れずに、街に出よう!

企業を退職後、エネルギッシュにクリエイティブな活動をされているTanakaさんを、うらやましく感じるクリエイターも多いと思います。今、思うような活動ができずに悩んでいるクリエイターにアドバイスがあれば、お願いします!

確かに、好きではないことをメインの仕事として、好きなことは週末などに限定されてサブの活動になってしまっている人は多いと思います。ですが、サブがメインになるチャンスは必ずある。絶対にやり続けたほうが良いです。
私自身も、長い間写真はサイドストリームでした。ですが、若い頃にフォトグラファーになっていたら、今のような表現はできません。メインの仕事で、ブランドマネージャーやマーケティングを経験してきたからこその表現です。メインの仕事で得た経験は、チャンスが来たときにクリエイティブをより良いものにしているはずです。
また、10年前20年前に比べて、今は出口がたくさんあります。人が集まるハブとしての場が増えているので、行動して場に出ていき、積極的に関わっていくことが大切!写真やイラスト、音楽などクリエイティブはもちろん、ディスカッションしたことを資料としてまとめるスキルでも良いので、場でできることがあれば、若い頃はもちろん、40代50代以降の人生も変わってきます。

すごく勇気づけられました。まずは、外に出て行動しないとダメですね!

クリエイティビティを発揮し続けるには、受け身ではダメです。
すべてのクリエイターがぶち当たる壁だと思いますが、私も常に既視感との戦いです。しかし、新しいアイデアや表現は、自分の引き出しの中に入っているものの組み合わせでしか生まれません。引き出しを増やすには、街に出て人とつながったり、新しいクリエイティブに触れたりして、インプットし続けることが必要です。
また、自分の表現を場に出し、人の目に触れることも大切。ボロクソに言われるかもしれませんが、今後のヒントになりますからプラスなんです。場は増えているので、チャンスはたくさんあります!恐れずに、行動してください。

取材日:2019年10月8日 ライター:植松 織江 ムービー:遠藤究

 

プロフィール
フォトグラファー
T.T.Tanaka
兵庫県芦屋市生まれ。相模湾を臨むエリアに居住。 子供の時から親の影響でフィルムカメラで写真を始めたのがきっかけ。 アメリカフロリダ州居住経験や、ミャンマーやパキスタン、インド、ロシア等世界各国へ仕事、プライベート通じての訪問多数。 幅広いコミュニケーションに関する業務を続ける一方、写真によって素敵なモーメントを切り取る世界での表現に挑戦し続けてきた。そのユニークな視点から生まれた作品にはコンクール、月刊誌での受賞したものも数多い。

ホームページ:https://encountersweb.com/

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