若い世代には、僕らを駆逐して欲しい。 メジャー監督では撮れないような 3D作品を創造して欲しい。

Vol.88
株式会社アスミック・エース プロデューサー 谷島正之(Masayuki Tanishima)氏

『アバター』(ジェームス・キャメロン監督)のヒット以降、近年、3D映画市場は急速に発展した。国内でも『ALWAYS 三丁目の夕日』(山崎貴監督)シリーズ第三弾が3Dで制作され、奥行きを活かした映像が話題となり高い評価を受けた。しかし、3Dは決して新しい手法ではなく、実は100年前にその技術は存在し、1950年代にも3D映画ブームがあった事はあまり知られていない。そんな3D映画100年の歴史、アジア初のデジタル3D映画製作記、そして3D映画技術解説という3つの切り口で、3D映画の広大な世界を明らかにした『3D世紀 驚異!立体映画の100年と映像新世紀』が発売され話題となっている。

『アバター』が公開されたのと同じ2009年、日本でも、3D映画に対応する大きな動きがあった。『呪怨』で知られる清水崇監督が手がけた日本及びアジア圏初のデジタル3D実写長編映画『戦慄迷宮3D』だ。今回、当時その『戦慄迷宮3D』のプロデュースを担当し、『3D世紀 驚異!立体映画の100年と映像新世紀』の著書の一人でもあるアスミック・エースの谷島正之プロデューサーにお話を伺う事が出来た。

「3D世紀 / 驚異!立体映像の100年と映像新世紀」

「3D世紀 / 驚異!立体映像の100年と映像新世紀」
絶賛発売中
著者:大口孝之、谷島正之、灰原光晴
定価:3,990円(本体3,800円+税)
ISBN:978-4-86246-150-6
発行・発売:株式会社 ボーンデジタル

プロデュースは「掛け算」で。

特典映像

まずは、映画業界に入られたきっかけをお聞かせ下さい。

大学の時、『学生映像連盟シネック』というものがありまして、それの代表をやっていました。僕で16代目だったかな、各大学に「8ミリサークル」みたいなのがあるじゃないですか、映研ですね。その、映研を70くらい集めて、毎年春に「映像祭」みたいなのをやっていました。当時はいわゆるバブルな時代で、学生がこれだけ映像のクオリティも含めて面白い世界を生み出しているんだから賛同し、協賛してくださいみたいな形で映画会社に出入りして行ったんです。学生映像連盟という看板を持ちながら業界に行って、そのなかで、いまうちの顧問になっている原正人(『乱』『戦場のメリークリスマス』等のプロデューサーでもある)に会いました。それで「この人と一緒に仕事したいな」と思いまして、弟子入りしたようなもんです。そこからもう23年ですね。

プロデューサーというお仕事をされていて、充実感を覚えたり、楽しいと思うのはどんな瞬間ですか?

もともと18年ぐらい宣伝をやっていて、それで2008年に製作部に移動になりました。で、先ほどお話しした原に『今の時代、プロデューサーなんて誰でも出来るから、まずは宣伝を学ばないとダメだ!』と言われました。『作ることは誰でも出来る。それを観客に届けるまでを見据えて、作って届けることを一貫して出来る奴はそう簡単にはいない』と言われたんですね。『だから宣伝を学べ』と。『へえ~そんなもんかなぁ』と宣伝部に配属されました。もうウンザリするような業務を20年近くやらされた(笑)。 宣伝って大変ですからね、観客に届けるのは。で、やっぱりそういう意味で自分のなかでは宣伝っていうことを見据えた、もう染み付いたその『宣伝』という力を使いながら映画を作っていく事が、現在のベースになっています。 プロデュースしている時の喜びは、基本的に僕は、監督が『これやりたいです』と持ってきた企画に対しては一切コミットしません。『それは監督が作りたい、自分で作り上げた企画でしょう』と。自分自身で作った企画で監督を口説きに行くのが楽しいですね。色々な監督の個性を発見し、この企画が合っているんじゃないかと自分で企画を作り、監督に『これやりませんか?』と持って行く。そうすると、映画が2倍の力になるんです。 監督が作りたいものを作るのは当たり前じゃないですか。その企画はひとりの力でしかない。プロデューサー主導の企画を持って行って、監督の作家性を存分に発揮して頂き、2人の、2倍の力でまずやる。そうすると徐々に何倍にもなっていく。とにかく僕は「掛け算」をするように心がけています。

映画は作って半分、見せて半分

『戦慄迷宮3D』で、清水崇監督にオファーを出した時は、どのように?

『ラビット・ホラー3D』の撮影現場で清水崇監督と

『ラビット・ホラー3D』の撮影現場で清水崇監督と

清水崇監督に対して『呪怨』みたいな作品を撮ってください、とオファーするプロデューサーは何十人もいます。でも僕はそのゾーンにはいかなかった。血は一滴も出さない、叫び声も上げない、テーマは、青春の終わりの少年たち、彼らが思い出したある時のある秘密とは・・・の話だ、と。そう口説きに行ったらとても面白がってくれました。清水監督にオファーに来る人たちはみな恐らく、『呪怨』みたいなのばっかりなんでしょう。で、3年間、清水監督は『呪怨/パンデミック』から映画を撮っていない。別アングルで監督の個性を活用したかったんです。そんな意図もあり、これをやりませんかと持っていって『戦慄迷宮3D』に結実しました。

それは、宣伝部での経験、「お客さんを意識しなければ、作品というか商品を提供出来ない」というのを身をもって学んだのが大きい?

そうですね。『作って半分、見せて半分』。でも監督はたいてい、『見せて半分』ということを把握してない。当然映画監督は、把握する必要はない。それはもう自分の作家性で、なるべくオリジナリティ溢れるものを全精力で作って欲しいし、そうあるべきだと。でもプロデューサーはそれじゃダメ。作って半分見せて半分だから、自分の中で半分は「観客に届けること」を企画段階で考えますよね。

『ラビット・ホラー3D』より

『ラビット・ホラー3D』より

現在3D映画というものは、昔からあるものではあるけれど、注目度で言うとここ何年というジャンル。その3Dの良さをどう伝えていこうとしているのか。お客さんもまだ学んでいない部分があると思いますが、そのあたりをプロデューサーとしてどう捉え、どう伝えていこうと思っていらっしゃいますか?

『物語』なんですね。これは、実は2Dと3Dは考え方は変わらない。まず『物語が面白いかどうか』。これが最重要課題です。『惑星パンドラに行けます?』なんて言ったら、なんか面白そうでしょ?『ギネスブック級のお化け屋敷に入れます』って言うと、それだけで企画の入り口は面白そうでしょ?で、そういうような物語とか映画のコンセプトがまずある。それに3Dをぶつけた時に、そのストーリーが拡張出来るかどうか。それは映画の世界観を3Dというスペックで拡張する。で、さらに観客の感覚。『惑星パンドラに行ける3Dです』と言ったら、それは観客も見たい意欲、その期待感が拡張されるんですよね

どうしても3D映画というと、そこだけに注目が集まってしまう。でも本当はそうじゃなくて、あくまでお客さんのリアリティを高めたりだとか世界観に浸ってもらうための音響と一緒と言うか、ツールのひとつみたいな考え方が大切。

そういうことです。あくまでも単なる装置でしかないんですよ。カメラがあって、2Dのカメラにカチャって付ける装置でしかない、3Dというのは。2009年当時から僕は言っていたのですが、3Dなんて観たい観客は一人もいない。いないんです。『3Dが観たい!とにかく3Dが観たい!』なんて言う人は。まあこの『3D世紀』の筆者3人だけだと思いますよ、多分(笑)何十億人のなかの3人だと思います。だけど『この世界観が、このストーリーが3Dになる』と言った時、観たいんですよね。観客の選択肢は2Dも3Dも変わらず、その映画が面白そうかどうか。その上で、それがいままでの2D映画とは違う3D、そこに面白味を感じるかどうかです。よく間違えるのが、3Dを機軸にストーリーを作っていこうとする映画っていうのは軒並み失敗しているんですよね。「これが3Dになったらどうなるのか?」の“これ”が重要で、まず根本は2D映画の企画発想と変わらないんです。やはり、物語というか設定が重要ですね。世界観、シチュエーションですね。

エンタメであってエンタメでない。 相反する分子がぶつかり合いながら出来ているのが3D

『戦慄迷宮3Dより』

『戦慄迷宮3Dより』

3D世紀を読んでみて意外だなと思ったのは、「3Dはホラーは向かない」というお話。「奥行きが大事」だと。でも、言われてみて確かにそうだな、と。どうしても3Dというと飛び出すイメージで、ホラーとかアクション系のほうが強い。でも、大事なのは「奥行き」だって言う。それが凄く印象的でした。

そうですね。みんな『3Dでホラー撮るんですか?ピッタリですね!』と言うんですが、そんなわけないだろ!って感じです。3Dは速度に弱いですからね。ゆっくりカメラが動けば動くほど、観客は立体視出来るんです。脳を通して立体にしますから。 例えば『ジェイソンが鉈を振り上げて投げました!』この速さには3Dは対応出来ないんです。ゆっくり投げれば投げるほどいい。ゆっくり画面に向かって鉈を投げつけるほど、飛び出してくるんですね。その他、早いカッティングに弱い。チャカチャカチャカチャカとカッティングするのは、観客が3D視出来ないんです。長ければ長いほど、長回しであるほどいい。だからこの3Dの性質は、大多数のホラー演出とは反比例しているんです。『戦慄迷宮3D』はそこが勝負でした。そこは作家の、クリエイターのセンスですね。カッティングも早くない、『呪怨』に比べたら。カメラもぶん回さない。ゆっくりゆっくり、カットを積み重ねて。廊下の奥の闇にフォーカスしながら作っていきました。

過去に自分が関わった作品、そうでない作品も含めて、3Dを使用した映画で印象に残っている作品は何ですか?

デジタル3D、2009年以降であればヴェルナー・ヘルツォーク監督の『世界最古の洞窟壁画3D/忘れられた夢の記憶』ですね。今年(2012年)公開された。世界最古の洞窟にカメラを数十分なら入れられるっていうので、その洞窟を3Dで撮ったんです。素晴らしいですよ。これは逆に2Dでは意味がない映画。3万2千年前に書かれたショーべ洞窟の壁画を撮っているんです。その壁画の凸凹に合わせて、昔の人間が絵を描いたんですね。その細部に至るまで、それが如実に分かってくる。臨場感も増しています。その時に古代の人たちが何をどんなアングルで見ていたのか、その息使いまでもが分かります。さらに鬼才ヘルツォーク、驚愕のエンディングに至るまで、ある物語が観客を引っ張ります。

3Dはジェットコースターではない。

ジェットコースターではないです、実は。だからそこが難しいところなんです。相反する分子がぶつかり合いながら出来ているのが3D。だから、よく言うんですけど、2Dには及ばないリアルな“崇高な映像”が3Dは撮れる。でも“低俗な発想”が一緒になっているものなんですよね。というのは、飛び出さないと、観客が満足感を得られないんですよね。奥行きだけだとダメ。勿論奥行きもありながらたまに飛び出してこないと3Dとして満足ではない。それってユーモアのセンス、遊び心の発想じゃないですか。飛び出して脅かすとか。本当に“低俗な発想”と“崇高な映像次元”が相塗れるのが3Dの最も面白いところです。

今後の、3D作品の展望、方向性を伺わせて下さい。

3Dはどんなジャンルでも対応出来ると思ってます。例えばアルフレッド・ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』という作品が3DのBlu-rayで11月に発売された。これは1953年の映画なんですけれどもヒッチコックが入魂の3Dを実は当時撮ったのに、3Dが廃れちゃったんでWarner Brosが2Dで公開した。だから世界で1回も3Dで上映されていないんです。誰も観たことがない。それが、Blu-rayのスペックにより蘇り、3D版が出たんですね。で、それを見ると映像設計、世界観の構築が研ぎ澄まされている。まあ2Dで見ても明白ですよ。冷え切った夫婦の関係を描いている映画。で、旦那が殺人者を遣って妻を殺す・・・という話。その冷え切った夫婦部屋、空間が臨場感を増すんです。先程も言いましたけど、地底とか宇宙とか、海とかお化け屋敷の中ではなくて、冷え切った夫婦の「密室」の緊張感、それをより臨場感を高めるための3D設計を施した。作家の強烈なセンスを感じました。 2009年から3年で、3Dはあるステージを終えたと僕は思っていて、これからは成熟期であって、もっと多種多様な映画が3Dになっていく。それでハリウッドで言うと『アバター2』『3』やスーパーマンとかいろいろありますけど、やっぱり来年期待しているのは『華麗なるギャツビー』(2013年6月14日公開)。バズ・ラーマンっていう監督が、文豪フィッツジェラルドの小説をレオナルド・ディカプリオ主演で3Dで撮ってるんです。初の文芸3D、果たしてどんな世界を見せてくれるか。あと『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(2013年1月25日公開)というアン・リー監督の作品。海に浮かぶ一艘の船にトラと少年しか乗っていない・・・というのを、恐らく臨場感豊かに詩情溢れる3Dをあの天才は作るでしょうね。

3D映画の歴史、現状などいろいろとお話を伺っていて、今回出版された3D世紀は、世界で初めて3D映画について書かれた書籍じゃないですが、ここから始まる3D映画の基礎になるような、いままでの歴史をまとめたいっていう意識があったように感じました。

まさしくそうですね。3D映画の歴史が、いま始まったばかりではなくて、実は映画創世記に始まっている、という歴史、その驚きと楽しさ、トンデモ感を。しかしそれだけではなく、今始まったばかりの、2009年から始まった「デジタル3D元年」。この3年を走ってみた自分の幼稚なエッセイ (笑)により、製作する立場からの臨場感と興奮を伝えたかった。そして、あまり専門的にならない、難しくない3Dの技術に関してのページ。それらを三人三様に評論家、プロデューサー、技術者の視点で書いたものです。だからこれ以上3Dを語ったものは世界に存在しない。今後もこれ以上はないでしょう。今までのすべて、「3Dの驚愕」をここに650ページにまとめましたが、ここから、これからが重要です。僕らの発想が及ばない3Dを撮ってくれる人は、やっぱり若いクリエイター。作法を無視した荒々しい感覚の人たち。僕らはこれで一区切り終わったんで、これからの成熟期は僕らの出番はない。自分からは新しい3Dの発想は出てこないと思っているんです。CGも同じですよね。今まで僕らが作った作法とか、流儀ってあるじゃないですか、技術に対しての。それを荒々しくぶち壊して来る若いクリエイターが出てきて、初めてそれ以上の、より発展を遂げて行く。そういう意味では、松江哲明監督が『フラッシュバックメモリーズ3D』という、来年1月19日に公開される作品は素晴らしいというか、凄かった。僕らには出来ない。彼の映像を見て、本当に新しい3Dの幕開けを感じました。ロジックを無視して独学で3Dをぶち壊してくれると、新しい技術は、3Dは、より進化・飛躍をする。そんな期待がより高まりました。

『フラッシュバックメモリーズ3D』より
(C)2012 SPACE SHOWER NETWORKS INC.

自分たちが築き上げたものを飛び越え、壊して新たな3Dの歴史を作って行って欲しい、と考えている?

僕らを駆逐して欲しいんです、若い人たちに。松江監督みたいな若いクリエイターに既存のメジャー監督では撮れないような3D作品を創造して欲しい。さらには無名の若手が3Dというスペックを使って荒々しく、新しい世界を発想していって欲しい。それがこれからの時代だと思います

いまのお話は既に、これからの人たちに対してのメッセージでもあったとも思うんですけど、改めてこの業界、特に3Dの世界に対して飛び込んでいこうと思っている若い方たちに何かアドバイスなりメッセージなりを頂けたらと思います。

コンセプトをはっきりさせる。それは監督でも撮影監督でもプロデューサーでも何でもいい。やりたいことが何か。で、そのやりたいことが2Dでいいのか、3Dにしたらより拡張できるのか。ということを見極めて企画する事が、3Dにとっては一番重要なことですね。だから3Dだからといって身構える必要はない。 あと3Dで一番重要なのは外連味。遊び心。重複しますが「飛び出すぞ~」っていう遊び心が同時にないとダメ。だから清水監督はぴったりだったんです。『呪怨』などで、白塗りのトシオ君がトコトコトコって、突然現れる。あれ、ギャグですよね。でも、ギャグなんだけど、アングルを変えると身の毛もよだつ恐ろしさ。そういうようなことを撮れる人。それを僕は、外連味([けれんみ] ※編集部注)と表現します。 まぁ、映画ってマジメ過ぎても面白くないんですよ。3Dは特にそう。飛び出しながら奥行きの世界観を表現できるか。飛び出しながら奥行きの美しさを、という両立させるんですよね。そういう意味では、縦横の構図に手前奥という縦軸が、次元がひとつ増えた事によって考える事は確かにひとつ増えた。でもそこは、クリエイターのセンスや想いも拡がるでしょう。そこで重要なのは遊び心であり、外連味ですね。

取材日/2012年12月17日 取材・文/会津泰成

Profile of谷島正之

profile of Masayuki Tanishima

株式会社アスミック・エース プロデューサー、宣伝プロデューサー

プロデューサー、宣伝プロデューサー。1967年東京生まれ。 90年に現アスミック・エース入社。

プロデューサーとして、星新一原作による携帯配信映画『きまぐれロボット』(07)、『西の魔女が死んだ』(08)、清水崇監督によるデジタル3D実写長編映画『戦慄迷宮3D』(09)、その第二弾『ラビット・ホラー3D』(11)。ヴェネチア国際映画祭・コンペティション部門正式出品の塚本晋也監督作品『鉄男 THE BULLET MAN』(09)を製作。共同プロデューサーとして『大停電の夜に』(05)、『さくらん』(07)、『ヘルタースケルター』(12)を担当。その他、宣伝プロデューサーとして『海の上のピアニスト』(99)、『カルネ』(91)、『ザ・リング』(02)、『ソウ』(04)、『のぼうの城』(12)等、洋邦問わず30本以上を担当。

 
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