グラフィック2022.08.01

ロングセラー絵本「くまのがっこう」の作者が語るクリエイターとしての気概 “自分のなかのブレない軸”を見失わずに描けば、大丈夫

vol.201
絵本作家
Nami Adachi
あだちなみ

銀座「月光荘サロン 月のはなれ」で、自身初となる個展「果物と野菜と濃いコーヒー」( 2022年6月28日~7月17日)を開催したあだちなみさん。
あだちさんが絵を描いたロングセラー絵本「くまのがっこう」シリーズ(あいはらひろゆき/文 あだちなみ/絵 ブロンズ新社/刊)は、アニメーションやミュージカル、グッズなどに広がり、多くの人たちに愛され続けています。ひさしぶりに気負わず描けたという展覧会のテーマは、「果物と野菜」。「自分に寄せて、軽やかに描きたい」という、今の心境を伺いました。

絵本から生まれた、ジャッキーとくまのこたち

あだちさんが、絵本作家になられた経緯をおしえてください。

新入社員で株式会社タカラ(現、株式会社タカラトミー)に入りました。本当はリカちゃん人形の着せ替えがつくりたかったのですが、当時、タカラがドイツの歴史あるテディベアメーカーであるシュタイフ社の日本代理店をしていて、担当部署に配属されました。会社には、シュタイフ社の古いテディベアがたくさん置いてあって、それを間近に見たり、手に取ったりすることができました。ちょうど「ドイツ・シュタイフ博物館展」もやっていて、そこで歴史あるテディベアやフェルトドールたちを見た時は、なんて素晴らしいんだと目から鱗が落ちるような感動で、本物のすばらしさをそこで知ったんです。

タカラの次に株式会社バンダイに入ったんですが、そこで長く愛されるキャラクターを新しくつくろうということになって。長く愛されるキャラクターってなんだろう?とみんなで考えたときに、絵本のキャラクターならそうなるのではないかと。絵本は何十年とずっと長く読まれていくものですから。

当時の同僚、あいはらひろゆきさんがお話を書いて、私に「絵、描かない?」って。

 

あいはらさんから絵本を描いてみないと誘われて、どう感じましたか?

描くといっても絵本を描いたこともないし、とりあえず目の前のことをやろうという感じでした。絵本作家になるとはその時点ではまだ思っていなかったし、自分が描いたものが本として売られるという実感も、当時はそんなになかったんです。ただ、やるなら一生懸命やろうと思って、たくさんラフとかも描いて。

主人公は、なぜ、ぬいぐるみのくまになったのですか?

私がテディベアに詳しいというのもあって。くまのぬいぐるみをたくさん描いているなかで、くまたちがたくさんいる学校を舞台にするお話がいいね。となりました。あいはらさんと話しながら、「これでいこう」ってなるまで何回かやり取りして、出版社に持って行って。そこから編集者の方を交えて、またやり取りしながらつくっていきました。

完成した文章が届いて、絵を描くのですか?

最初に文章が届きます。それで私がちいさなラフをつくって。ふたりで一緒に物語や世界をつくっていく感じです。そこからお話が変わることもあるし、じゃあ絵はこうしようとかおしゃべりしながら練っていきます。

最初の頃は、お話にそうように描いていたんです。でも、あるときお店で絵本の1ページが額に入って飾られているのを見かけて、「これは絵としてどうなんだろう?」と恥ずかしくなったことがあって。それから部屋に飾りたくなるような1枚の絵としてもちゃんと仕上げようと思うようになりました。お話を説明する絵ではなく、お話にない部分を絵で読み取れるように考えているので、物語自体もより深まるようになったのではと思います。

描き込みとか、絵にかけるエネルギーがすばらしいですね。

シリーズの途中から、私だったらお話の世界をどう受け止めて、どう出すかっていうことをすごく考えるようになった気がします。絵の描き方も、最初は背景をデータで色をつけていましたが「ジャッキーのゆめ」以降の作品は全て透明水彩で1枚絵として描くように変更しました。また絵を描く前のいろんなことを調べるのに時間がすごくかかるようにもなりました。たとえば時計の針を描くとしたら、「針の長さに規則があるのかな?」と考えたり。でもそうやって調べる作業も含め、その物語の世界を考えていく中で、自分のなかで何かひとつ「あ、これいける!」っていうときがくると、全体の世界が見えてきます。

ジャッキーは最初の頃から変わらず、やんちゃだったり、ピュアだったりととても魅力的です。読者の方は自分が幼かった頃を思い出したり、お子さんと重ねたり、子どもは自分に重ねたりしますね。

あいはらさんはおとうさんなので、親目線でちっちゃい女の子のジャッキーを見ているところがあると思います。おてんばであったり、きかんぼうだったり、すぐ泣いちゃうとか。私は、反対に親ではないので今でも子ども目線のところがあります。ジャッキーは子どもではなく、ちゃんと自分の意志を持った真っ直ぐなひとりの女の子として生きている、それを大切に描いています。

そんな両方の目線で作られているのがいいバランスになっているかもしれません。

毎日、描いた1000枚以上のジャッキーのスケッチ

シリーズを描いてきて、大変だったことはありますか?

絵本の絵でビジネスが成り立っているところと、絵本作品としてつくるというなかで、私はどうしたらいいんだっていうのを、ずっとすごく悩んできました。「くまのがっこう」シリーズは描いたものが商品になったりするので、絵本としては少し特殊なんです。たくさんの人が関わっているので、絵本を描くときに純粋な作品作りとは別の緊張があります。私が描いたものをいろんな人がそれぞれの力で展開していく。私ひとりでやっているつもりはまったくなくて、そのなかのひとりっていう感じです。

くまたちが自分の手を離れて、ひとり歩きしていく感覚ですか?

そうですね。でも、「くまのがっこう」の絵本は、広く展開するためにはじめたものだから。ただ、作品として生きていないと、何でもないただのキャラクターになってしまう……。だから、そうしたなかでどう作品として成り立たせるのかをすごく考えたし、それが苦しいところでもあり、しんどいところでもありました。

悩んでいた頃にスヌーピーの原画展に行ったんです。原画は作品として、アートとして成り立っていました。絵を見ているうちに、作者のシュルツさん本人が見えてきて。スヌーピーはビジネス的に大きな展開がいっぱいあるけれども、作者本人がブレずにやっていればいいんだって。「私もブレずにやっていこう」と、すごく強い思いを持って展覧会の会場から帰ったのを覚えています。

15周年のときに雑誌のインタビューで、ジャッキーのスケッチを毎日のように描いて、200枚を超えたと読みました。

今はもう、1000枚を超えたんですよ。ずっと毎日描いていて、日課になっています。読者の人はイヤかもしれないですが、もうなんかねジャッキーは私になって動いている(笑)。

なぜ、スケッチをしようと思ったのですか?

線画を上手く描けるようになりたいというのが最初のきっかけです。線画って、むずかしいのですよ。自分の線にならないといけないから。じゃあ、描き続けたら上手くなるんじゃないかな、と思って。

私は美大で非常勤講師をやっているのですが、学生さんたちにも1日1枚絵を描くという課題を出しています。続けてやっていくと、絶対何か自分の身になることがわかっているし、やれば確実に何かしらうまくなる。そして何か少しでも気づくことがあるので、「やってみよう!」って言って(笑)。

もう、1000枚描いたけれど、ぜんぜん苦ではないんですよ。その日とか、その前の日とかにあったことや、私の日記みたいになっていますが、描いているうちに考え方も変わってくるので、それもおもしろくて。私は以前、構図的な絵を描くのがとても好きで、描いているうちにそういうことも思い出したりするんです。

ジャッキーはあだちさんに似ていますね。1000枚描いて、どんな感じですか?

えーと、上手になりました(笑)。もうね、ジャッキーはくまでもなんでもないです。途中、これなんだっけ?とか、なんで耳がここにあるんだろう?とか思いながら、何のいきものだったかもぬいぐるみってことさえ忘れているんですけど(笑)。毎日描くことをはじめた頃の絵を見返したんですけど、もうそれ下手くそだったので。やっぱり積み重ね。まずは1000枚目指そうと思っていたんですが、1000枚目もふだんと何も変わらない日常として過ぎていきました。

たまに描けないときがあるんです。最近また描けない。手と頭がつながっていないというか、手が思うように動かなくてぜんぜん気持ちいい線が描けないんです。すごいゴリゴリやって紙とかつぶれちゃう。でも、それを越えると上手く描けるようになるのも知っているので。今、これを描くしかない、と。何かあってもやる気がなくてもこれだけは絶対やろうと決めているんです。何もやっていないし、何にもできていないなあというときも、それが支えになってくれる。昨日で1,040何枚目かになりましたが、これからも日課として続けていこうと思っています。

つみ重ねてきた時間が、味方になってくれる

©BANDAI

 

 

「くまのがっこう」も、20周年ですね。

そうですね、振り返ると、30代の頃のこととかまったく覚えていないんです(笑)。締め切り、締め切りって感じで、2週間家から出ずにずっと描いていたり。自分の時間のすべてを使っていた気がします。でも全て全力でやってきました。その積み重ねた時間って確実に存在していて。20年、私はやってきたんだっていうその時間が、自分の味方になってくれているのを実感しています。ほかのロングセラーに比べたらまだまだ短いけれど、ここまでつみ重ねたことは自分のこととして生かしていきたという気持ちも生まれたかな。

この先、どうしたいなどありますか?

今、大学で若い人たちと接していると、自分自身のことを考え直したり、思いもよらぬことを自分に問うてみたり、いろいろと気づかせてもらっています。学生さんたちを見ていると、この人たちはこの先、いろんなことができる時間を持ってるんだって思うんです。キラキラして眩しくて。それで今までの時間、私はどうしてたんだっけとか、残りの時間で何ができるんだろうとか、時間について考えるようになりました。

今は、これまでずっと求められることをやってきたから、少し軽やかに自分に寄せてやってもいいかな、という気持ちになっています。もともと好きだったものを思い出してやってみよう、って。今回の展示がその最初なんです。「展示をやりませんか」と声かけてくれる方がいて、私がやってきたことや大切にしている部分を理解して見ていてくれる人がいることはすごく嬉しいことで、本当に感謝しています。

今回の展覧会は「果物と野菜と濃いコーヒー」というタイトルですが、果物や野菜というテーマは、あだちさんが決めたのですか?

自分が好きなものって何だろう?と思ったら、果物とか野菜を描こうと思ったんです。田舎で育ったからすごく身近にあったので、匂いとか食感とかそういうのをからだで感じてきました。知らないものを描くってむずかしいけど、自分のなかのそういう体感的なものがあるので自分なりの見方で描けるから、ひさしぶりに気負わず描けました。素で描いたので、見られるのが恥ずかしけれど(笑)。

これから描いていみたい絵本は?

自分の絵本を描いてみたい、という気持ちがあります。言葉じゃないところで伝わるようなものを作りたいです。子どもでも大人でも、言語が違う人たちでも、見て何か感じてもらえるような絵本。たとえ私がすごいうれしいなと思って描いたものを、見た人は悲しいって思ってもそれでよくて。見た人がそれぞれの見方で感じて受け取ればいいと思っています。

最後に絵本を描いてみたいっていう人や、自分を表現したいという人にアドバイスをいただけますか。

私はずっと「こうしなきゃ」と、結構ガチガチになっていたんです。でも、あるとき「こうあるべきってことは何もないよ」って、私に気づかせてくれた方たちに出会えて。それから、少しラクになりましたね。自分の思っていることでいいんだって。だから、大丈夫だよと言いたいです。

自分のなかにブレない軸があれば、ものづくりのどの分野にいっても大丈夫。そうした軸を見つけられるといいなと思います。それは感覚的なことでも、言葉で言えなくてもいいと思うんですよ、ちゃんと自分で感じていれば。私もね、言葉じゃ言えないんです。でも、決して揺るがないものは、自分のなかにちゃんとある。それを見つけるまでや、すでに持ってるものに気づくまでが苦しかったりするかもしれないけれど。私自身はやっぱりつみ重ねてきてわかったことなので。

取材日:2022年7月5日 ライター:天田 泉 スチール:橋本直貴 ムービー 撮影:村上 光廣 編集:遠藤究

プロフィール
絵本作家
あだちなみ
1974年岐阜県多治見市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業。株式会社タカラ(現株式会社タカラトミー)、株式会社バンダイを経て2003年に独立。絵本作家。多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師。絵本に「くまのがっこう」シリーズ(ブロンズ新社)、「フラニーとメラニー」シリーズ(講談社)、『長くつしたのピッピ』(ポプラ社)など。
http://adachinami.com

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