若年層に確実に“刺さる”広告の新潮流。「ア二メCM」仕掛け人・武藤隆史氏に聞く、“アニメ×広告”が生み出す相乗効果

Vol.186
電通ジャパニメーションスタジオ代表/コンセプトディレクター
Takashi Mutou
武藤 隆史

日本の大手アニメスタジオと共に、企業のサービスや商品をPRする広告コンテンツ(アニメCM)の制作を行っている「電通ジャパニメーションスタジオ」。

2018年誕生の同スタジオは、若年層に“刺さる”広告を生み出す場として、広告業界、アニメ業界の双方から大きな注目を集めています。

この電通ジャパニメーションスタジオの仕掛け人が、“コンセプトディレクター”武藤隆史(むとう たかし)さん。武藤氏がどういったキャリアを経てきたのか、電通ジャパニメーションスタジオ設立の裏にはどのような狙いや思いがあったのか。たっぷり伺いました。

 

自ら声をあげて掴んだ“中国赴任”が、キャリアの大きな転機に

まずは広告業界に興味を持ったきっかけを教えてください。

もともと私は高校時代からテレビや雑誌が好きでした。大学に入ったときには、先輩と学生向けのフリーペーパーを作り、5万部ほど発行しました。

フリーペーパーを作るときには「広告を入れてもらえませんか?」と学生街の飲食店などに営業してまわります。その中で広告ビジネスの可能性を強く感じたことが、今思えば広告に興味をもったきっかけです。

ただ大学では戦略経営学を専攻していたので就職活動では、外資系経営コンサルティングファームの入社試験を受けたりもしました。その一方、広告にも興味を持ち始めていたので、試しに電通を受けたところ、運良くどちらも通って。じゃあどうするか、迷っていたときに、コンサルティングファームの代表者と会食する機会がありました。その方は「大企業のコンサルをするには、いきなり新卒で入るよりも、事業会社で経験を積んだ方がいい」とポロリとおっしゃったのですね。

だったらまずは経験を積もうと、電通に入ることを決めたのです。

電通には2006年に入社されています。最初はどういったことを担当したのですか?

某大手消費財メーカーを担当する営業としてキャリアをスタートしました。あるとき、その大手消費財メーカーが中国進出に力を入れることになり、電通からも同社の事情に通じた戦略(ストラテジック)プランナーを同行させる計画が持ち上がりました。

これが私の転機になります。実は私は大学の卒論テーマにも選ぶほど中国市場に興味を持っていて、社内でも常々「中国で働きたい」とアピールしていたのですね。

しかも上司に「いつか戦略プランナーになりたい」と伝えていました。それを上層部が耳にして、「それなら武藤を戦略プランナーとして修行させた後、上海電通(中国)に行かせよう」という話になったのです。

上海電通には2012年から4年間赴任しました。その間、大手消費財メーカーをはじめ、いろいろな企業のマーケティング戦略を考える仕事をしながら、自分の成長につながる経験をたくさんさせてもらいました。その後2016年に東京に帰任し、今(2021年時点)も戦略プランナーとして活動しています。

「戦略プランナー」は、広告制作のどの部分を担う仕事なのでしょう?

広告制作の手前の部分を担う仕事になります。サッカーのポジションに例えればミッドフィルダーで、その中でも司令塔と言われる役割です。ストライカーがシュートを打つためのキラーパスを出す立場ですね。

具体的には、企業が抱えるマーケティングの課題を解決するための戦略や広告のコンセプトを考え、広告企画を行うクリエーティブディレクター、PRの実行を行うPRプランナー、マスやデジタルのメディアプランニングを行うメディアプランナー等の人達に、「この戦略/方針でキャンペーンを作ってください」と依頼する役目です。

ちなみに私は「コンセプトディレクター」という造語を掲げ、これが私の仕事だと周りに伝えています。戦略プランナーの仕事は、戦略を練ることも大事ですが、何より「コンセプトを作ること」が大事だと思います。良いコンセプトができあがると、社内外のいろいろなチームが動きやすくなり、ものごとがスムーズに動き出しますから。

しかもこのやり方を突き詰めると、いろいろな分野に応用がきくようになります。実際に私は“コンセプト重視”のやり方で、さまざまな分野の仕事に対応してきました。

広告制作はもちろん、空間演出や、新規プロジェクト開発、今回のアニメ制作などです。

 

アニメスタジオと創るコンテンツで、企業のブランド力向上を狙う

ここから武藤さんが立ち上げた「電通ジャパニメーションスタジオ」についてお聞きします。あらためて教えていただけますか?

今、企業や団体はマーケティングをする上で大きな問題を抱えています。インターネットの普及で情報が爆発的に増えているため、ただ闇雲に広告を打っても消費者に届かないという。

特に10代、20代の若年層には届きにくくなっています。ではどうやって情報を届けるのかというと、やはり若年層の興味・関心事に寄り添うことが大事になると思います。

それらはたくさんあります。そのなかでアニメーションを主軸に据え、企業や団体のマーケティングの課題を解決するお手伝いをしようと立ち上げたのが、「電通ジャパニメーションスタジオ(以下DJS)」です。

日本の有力アニメスタジオと提携しながら、私のようなコンセプトディレクターをはじめ、電通のクリエーティブディレクター、CMプランナーなど広告の専門的な知見を持つメンバーが参加し、日本および海外の企業や団体に対して、広告コンテンツ(アニメCM)を提供しています。

ちなみにDJSは部署横断型で、電通内に“バーチャル組織”のような形で存在しています。参加メンバーは本業がある中で、副業的に携わっているため、一年間に何10本も作品を作るほどのキャパシティはありません。

我々が求める作品のクオリティとクライアントが抱える課題。これらがきちんとマッチングするプロジェクトを選びながら、少しずつ活動を続けています。

具体的にどういった作品を作っているのでしょう?

企業のブランド価値を高める、90秒から3分ほどの短尺アニメCM、「ブランデッド・ショートアニメ」を作っています。国内外で制作中の素材も含めてアニメ動画の制作は10数本の実績になりました。

 「レインボーファインダー」https://www.sej.co.jp/cmp/tokisoba
これは、セブン-イレブンさんと一緒に作っている「レインボーファインダー」というシリーズ。同社に対する若年層の好意度を高めるためのもので、現在まで(2021年4月時点)に3作品作っています。

この作品には情報拡散するための仕掛けをいろいろ盛り込みました。例えば、キャラクターデザインの原案は、若者に支持されている漫画家さんにお願いしています。

また登場人物の声も、有名な女優さんや声優さんなど、若年層に人気がある方を起用。さらに劇中音楽を新進気鋭のアーティストに書き下ろしてもらうなど、若者が好きな要素をたっぷりと入れています。

これは若い人たちが情報を広げたくなる工夫です。脚本もコンペ方式でいろいろなクリエイターに作ってもらい、その中から若年層に確実に“刺さり”、企業のブランド価値を高めるものを選び抜きました。最終的に多くのアニメ作品を手掛けた方にお願いしました。

他にはどういった作品が?

住友ゴム工業(ダンロップ)さんと作った「ROAD TO YOU」というシリーズ作品があります。雪国を舞台にいろいろな愛情の形を描いています。

 

この作品は、主にインターネット広告を組み合わせながら、ツイッターやYouTubeを中心に拡散していきました。

ただしテレビでは一切放送していません。若年層は、皆が知っているものに魅力を感じず、面白いものを自分で探し出したがる傾向にあるからです。

そのためDJSのアニメCMは、すぐに皆に知れ渡ってしまうテレビでは流さす、SNSなどデジタルの世界を中心に拡散するようにしているのです。

 

設立のきっかけは、中国で感じた日本アニメへの“熱”

そもそもDJSはどういう経緯で立ち上がったのでしょう?

それは上海電通に赴任したときに、現地で日本アニメに対する“熱量”を感じたことがきっかけです。例えば、現地スタッフの多くが日本語を話せました。

聞くと日本語を学んだきっかけは、「日本のアニメが好きで勉強を始めた」という人がほぼ100%でした。さらに中国では、『SLAM DUNK(スラムダンク)』や『キャプテン翼』などのスポーツアニメも放送されています。そのアニメの種目が、後のスポーツ人口の増減や盛り上がりに影響すると言われています。それほど日本アニメの影響力は大きいのです。

一方で、電通は以前から「製作委員会」の形でアニメ制作に深く関わってきました。だったら「海外拠点でもアニメの仕事を作れるのではないか」と強く思ったのです。

日本に戻ってきたときに、電通のアニメコンテンツ制作に関わる部署の先輩に、「海外拠点でもアニメの仕事を作れるようなプロジェクトを立ち上げたい」と相談したところ、快諾いただき、DJSの設立につながったのです。

現在DJSが提携しているアニメスタジオは、一流どころばかりです。提携したいと相談したときには、すんなり「OK」がもらえたのでしょうか?

確かに実力派のアニメスタジオさんほど忙しく、数年先までスケジュールが埋まっていることもしばしば。特にシリーズもののアニメを制作するときには、数年かかりっきりになることも。

ただ長い仕事と長い仕事の間には、実は数ヶ月ほどの隙間ができることが多いのです。ちょうど我々が作っている数分ほどのアニメでは、制作期間は2、3カ月程度。

つまり、アニメスタジオさんの「短い隙間を埋めたい」とうニーズと、我々の「短いアニメを作りたい」ニーズがぴたりと合うわけですね。このようにお互いのメリットが一致するため、アニメスタジオさんとの提携は、それほど難しいことではありませんでした。

短いことが結果につながったわけですね。

ちなみに「短尺」であることは、他にも良い効果を生んでいます。例えば、2時間の劇場版アニメが「すごく面白い」と感じても、それを他人に見てもらうのはハードルが高いですよね。

でも我々が手掛ける90秒や3分ほどのショートアニメであれば、すぐ見てもらえます。この見るまでのハードルが低いところに大きな可能性を感じています。

例えば日本アニメに興味がなかった外国人にも短時間で見てもらえて、楽しんでもらえて、共感してもらえる可能性が高い。それこそジャパニメーションが世界に広がるきっかけのひとつにもなるかもしれません。

活動を始めて2年以上経ちます。「成功事例」と言える作品は生まれていますか?

例えば先ほどお伝えしたダンロップさんとの作品は成功事例のひとつだと思います。若年層の好意度が上がり、3年連続で作品を作らせていただきました。セブン-イレブンさんとの事例やその他の案件も、どれも狙ったマーケティング効果を達成することができています。

ちなみに我々は、いろいろ研究調査もしていまして、直接的に購買意欲をあおる広告も機能する一方で、何か感動できる作品的な広告も、好意度が高まり、結果的に購入意向も大きく上がることがわかっています。そしてまだ確かなデータは無いのですが、その記憶は短期に留まらず中長期で残りやすいと考えます。

例えば、私が高校時代によく見ていたジャックスカードの「パンとカメラ」というテレビCMがあります。あまり広告的ではなく、山下達郎さんの歌が流れるショートムービーのような作りになっていました。このCMはいまだに覚えていて、企業に対しても好意を抱き続けています。

今は、バナー広告をたくさん打ち、対象者の物欲をかき立てるような広告が「正義」だとされています。でも実はかつて存在した、消費者の好意を獲得できる広告の方が、最終的な成果につながりやすいのではないかと考えています。

また実際にそういう時代に揺り戻されるような雰囲気を、いろいろな現場で感じるようになってきました。私たちが手掛ける「ブランデッド短尺アニメ」は、そうした時代の動きにも合致するものだと確信しています。

 

若手が世に出る最初のステップを提供する場に

話は変わりまして武藤さんは昨年(2020年)7月に、一般社団法人オタクコイン協会の理事に就任しました。どういった狙いがあるのでしょう?

オタクコイン協会は、ブロックチェーンの可能性を信じ、日本のアニメや漫画、ゲームなどを楽しむ人たちの間で使われるコミュニティ通貨「オタクコイン」を構想している団体です。

私たちが興味を持っているのは、オタクコインの取り組みが進むことで、将来もしかしたらアニメの作り方が進化するかもしれないということです。

であればDJSとしてもそこに関わり、お手伝いする必要がある。そういう思いから積極的に参加しています。

今後の展望をお聞かせください。

はじめはグローバル展開に力を入れたいですね。すでに中国ではアニメCM作りが実現しています。今後は欧米にも活動の場を広げていきたいですね。

電通ではジャパニメーションと親和性の高い国を調査しています。やはりフランスやヨーロッパの国々で人気が高い。まずはそういった国でアニメCMの仕事を作れると考えています。あと「ブランデッド短尺アニメ」が、若手クリエイターのチャレンジの場になれば嬉しいですね。いくら才能のある若手がいたとしても、シリーズものを若手だけに任せることはまずありません。

でも単発の「ブランデッド短尺アニメ」だったら、実験的に若手クリエイターだけで手掛けることもありえるのではないでしょうか。

今は大手のアニメスタジオさんに作ってもらうことが多いのですが、今後は若手が集まる小規模なアニメスタジオと組む案件も増やしていき、彼ら彼女らの名前が世に出る最初のステップを提供できればと考えています。

最後に、広告業界やアニメ業界の若手クリエイターにアドバイスをお願いします。

「その道で一流になれる」と確信できるのであれば、迷わずその道を突き進むのがいいと思います。ただ、「その道が向いていないかもしれない」と感じるときには、環境をいろいろと変えていくことで、一流に近づけるかもしれません。

人間の成長は、ある一定の部分まではぐんぐんと伸びますが、8割ぐらいまで達したところで止まってしまうことが多いものです。

そうしたときに少し環境を変えることで、また成長が始まるでしょう。そのヒントとなるのが、放送作家・秋元康さんの経験です。秋元さんは最初、放送作家で一流になろうと決めたのですが、自分の前にすごい先輩がいて、なかなか追い抜けなかったそうです。

その様な状況下で勇気を出して作詞という別のことを始めたところ、いつの間にか放送作家の中でも先人を追い抜くことができていた、と著書『企画脳』(PHP文庫)の中で書いています。

私も営業をしたり、ビジネスプロデューサーをしたり、戦略プランナーをしたり、コンセプトディレクターをしたり、クリエーティブディレクターをしたり、ときには、日本から中国へと仕事の場所を変えたりもしました。

環境を変えることで、新しい刺激が入り、いい相乗効果が生まれていったように感じます。

もし何かに行き詰まっている若手の人がいれば、ぜひ自分の環境を変えることで、新たな成長につながる道を切り拓いていってください。

取材日:2021年3月23日 ライター:庄司 健一 スチール:小泉 真治 ムービー撮影:村上 光廣 編集:遠藤 究

 

日本の有力アニメスタジオと連携し、国内外で企業・団体のブランディングに資する ソリューションの提供と言語・文化・国境を超えた日本アニメの発展に貢献している 電通ジャパニメーションスタジオ(Dentsu Japanimation Studio)代表の 武藤 隆史氏をお迎えし、今後さらなる発展が期待される “アニメ”を活用した企業のブランディングやマーケティングについて、レクチャーいただきます。
開催日時:2021年5月20日(木)13:00~14:00 ※お申し込みは終了しました
参加費:無料

プロフィール
電通ジャパニメーションスタジオ代表/コンセプトディレクター
武藤 隆史
2006年4月、電通に入社。06年〜10年までビジネスプロデューサーとして大手消費財メーカーを担当。12年から戦略プランナーとして上海電通(中国)に赴任。16年、東京に帰任。18年「電通ジャパニメーションスタジオ」を設立し、代表になる。20年7月、一般社団法人オタクコイン協会の理事にも就任。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP