アニメーションは 現実を超えたものを描ける

Vol.24
アニメーション監督 新海誠(Makoto Shinkai)氏
 
新海誠さんに会ってきました。『ほしのこえ』は、キュートなSFラブロマンスでした。しかも、それは新海さんが一人で作ったものだということに、みんな驚いた。僕も度肝を抜かれました。次作『雲のむこう、約束の場所』では、初の長編のできばえに、大満足。そして、いよいよ待望の最新作リリースです――『秒速5センチメートル』(3月3日から渋谷/シネマライズで公開中!)。期待を裏切らない内容ですよ。新海誠にしか描けない映像世界ができあがっています。 お会いしてみての感想は――どんな質問にも率直に、よく選んだ言葉で、誠実に答えてくださる方でした。「空を描くのが好き」というだけあって、ワークデスクの前面が大きな空を見通せる、大きな窓だったことが印象的でした。この方も制作が佳境に入ればカリカリしたり、頭を抱えたりする。それは絶対にあるはず。だが、どうやってもその具体的な表情の崩れ具合が想像できなかった。そんな、徹頭徹尾爽やかなジェントルマンでありました。

体感時間の違う3つの話――思春期から青年への 淡い日々を描いた『秒速5センチメートル』。

『秒速5センチメートル』は、主人公の周辺に起こる出来事を3話構成で描いています。3話構成というアイデアは、企画の当初から?

最初から3話と決めていたわけではありませんが、短編が集まったオムニバス形式にしたいとは考えていました。立ち上がった段階では劇場公開が決まっていたわけでもないので、短ければ3分、長くても15分くらいのお話をできるだけたくさん作ってみようと思いました。10本ほど短いプロットを発案し、固め始めたころに劇場公開の可能性が出てきて、ならば見終わった後に印象が散漫にならないようにと考えを進めた結果、3話構成に落ち着いたのです。

オムニバスを標榜したのには、特別な動機がある?

前作『雲のむこう、約束の場所』は、それまで経験したこともない長い作品でした。それで、ちょっと疲れた(笑)ということもありましたが、それ以上に、短いものでいろんなやり方にチャンレンジみたかったんです。

いろんなやり方、とは?

短編を1本だけ無料で公開してしまうとか、iTunesのミュージックストアのようなところで売るとか、劇場公開やDVD販売にこだわらなければ、アニメーション作品の“出口”にはいろいろな可能性がある。今回の企画の当初には、そんなことも考えていました。

最終話である第3話は、思い切ったつくりになっていますね。たぶん賛否両論出るのでしょうが、僕は、あのミュージッククリップのような仕上げには、かなりカタルシスを感じました。

あれは映画と呼べるのかと、映画のフォーマット論になったら、自信はないです(笑)。いろいろ言われるかもしれないという危惧は、もちろんありました。でも、僕は「終わった後に、観た人の中に何かが残ってほしい」と考えて作品を作っていて、それが達成できているならフォーマットに縛られる必要はないだろうと判断しました。

そうですね、十分に残りますよ。だから、いいと思う。

この作品は、3話が順に、主人公の小学校時代、高校時代、社会人時代の設定。そしてその順番に、上映時間が長・中・短となっています。長さに変化をつけて何がしたかったかというと、体感時間の違いです。実際に僕もそうでしたが、1日の長さ、1年の長さは幼いころのほうが長い。成長してみて振り返ると、幼いころの自分が感じていた時間の長さが今のそれとまったく違うことがわかります。その感覚を表現する方法として、3つの話の尺に変化をつけようと考えました。第3話がああいう形になった理由は、そんなところにもあります。

第3話の踏み切り、第2話のロケット発射、どちらもとても素晴らしいクライマックスシーンだと思います。したり顔で言っちゃいますが、この2つのシーンは新海さんにとって、「この作品では、これだけは絶対にやりたい!」だった。そう感じました。

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踏み切りのシーンは、おっしゃるとおり、ほぼ企画の最初に固まっていたアイデアです。主人公のパーソナリティも決まっていない段階から、踏み切りという場所で、ああいうシチュエーションを描きたいと考えてました。それが、第3話の雛型になったのは確かです。第2話は、ロケットを飛ばしたかったんです(笑)。さらに言えば、第1話は「電車が遅れる」。各話とも、それぞれ、そういうワンアイデアから生まれています。極論すれば、この作品は、その3つのシーンを見せたかったのだ。そう言うこともできます。

非SFで、高校生の恋愛エピソードにロケットを飛ばす――種子島でならできる!大発見ですよね。「なぜ今まで誰もやらなかったのか!」と、思わず叫びそうになっちゃいました。

僕の知る限りでも、ロケットのために種子島を舞台にした映画はまだないようです。思春期の、超越的なことに憧れているころに、ああいうシチュエーションに出会えたら、きっとたまらないだろうなあと思って出たアイデアです。

種子島のロケハンもしたんですよね。

しました。トータルで約1ヵ月間滞在しました。H-Ⅱロケットの打ち上げも見ました。劇中で、打ち上げの寸前に無音になるのは、打ち上げ見学の体験から出た演出です。実際に音は消えないんですが、離れた場所で見ているから発射の轟音は遅れて聞こえてきます。それで、僕は、一瞬音が消えたように感じたんですね。

この時代でなかったら、たぶんアニメーションは作って いなかった。でも、小説や漫画を作ったりしていたはずです。

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実は、「ゲーム会社出身」という経歴から、新海さんは会社でCGアニメーターをやっていた方だと決め付けていました。違うみたいですね。

大学は文学部で、会社にはグラフィックデザイナーとして採用されました。製品のパッケージデザインや広告、プロモーション映像やゲーム本編のオープニング映像など、かなり幅広い仕事をやっていました。

デザインの勉強はどこで?

していません(笑)。すべて入社後に学びました。入社は1995年で、ちょうどWindows95リリースの年です。パソコンの環境が一気に変わった時期ですね。DTPが本格的になり、パソコンで映像を作ることも可能になった。そこで興味を持って、自宅でパソコンをいじり、CGソフトをいじるようになったのが、今の仕事につながったわけです。

パソコンもDTPも、大学時代にまったく馴染みがなかったんですか!

実は、パソコンとの出会いはけっこう早くて、小学生の時です。親がシャープのMZシリーズを買ったのですが、すぐに使わなくなって、実質的に僕のものになった。専門雑誌を購読し、いろんなプログラムを入力し、中学1年生くらいまではかなり熱中してました。でも、それ以降は興味がほかにいってしまい、大学生時代にもパソコンは持っていましたが、論文を書く時にワープロソフトを使うくらいのものでしたね。

小学生でプログラムまでしていて、なぜ情報工学系に進まず文学部だったのでしょう。

高等数学が苦手でした。というか、高校の数学が苦手でした。もしかしたら、高校の数学の先生が嫌いだっただけなのかもしれない(笑)。とにかく高校では理系に苦手意識が芽生え、国語や英語が好きだったし得意だった。必然的に文系のコースに乗ってしまったんですね。

で、会社に入って、パソコンと再会したわけですね。

そうですね。衝撃的でした。大学でコンピュータと距離のある時間を過ごしているうちに、こんなに大きな進化をとげていた!特にグラフィック系アプリケーションの充実したMacintoshには驚かされました。こんなことができるようになっているとは――そして、パソコンに夢中になってしまいました。入社前の半年間にアルバイトとして会社で働き、貯まったお金をどんどんパソコンにつぎ込みました。いうなれば、小学生時代に「こんな風になればいいな。こんなことができればいいな」と夢想して、でも「たぶん無理だよな」と諦めていたことが、完璧にできる世界がそこにあったんです。夢中になっても当然でしょう。

もし、パソコンの発展がそんな状況の時代でなかったら、アニメやってましたか?

アニメーションは作っていなかったでしょうね。たぶん、断言できます。ただ、何か作りたいとは思っている子供だったので、見よう見まねで小説を書いたり、漫画を描いてはいたと思う。それで生活できるかどうかは、まったく自信ないですけど。

『ほしのこえ』と『風のむこう、約束の場所』をご覧になった 方が“セカイ系”という感想を持つのは、もっともだと思います。

セカイ系という分類ご存知ですか?新海さんは、セカイ系の旗手と目されているんですが。

自分の半径数メートルのことが、宇宙の未来を左右するような出来事になってしまう――そんな、意味ですよね。もちろん知ってます。そこに揶揄が込められていることもわかっています。『ほしのこえ』 と『雲のむこう、約束の場所』をご覧になった方がそういう感想を持つのは、もっともだと思います。ただ、僕はセカイ系でいこうと決めて作っているわけではありません。僕たちが今生きている社会の実感がセカイ系だから、できあがるものもそうなるんだと思う。思春期を描こうとすれば、登場人物の思考の中で社会がすっぽり抜け落ちていることはありえます。たまたまそうなった作風が、セカイ系と呼ばれているだけのこと。そう解釈しています。

今後作るものがセカイ系から逸脱していく可能性は?

大いにあります。家族を持ち、子供を育てるようになれば、扱うテーマはそっちへ動いていくかもしれない。

シーンを作るにあたって、観る人を驚かせてやろうとか考えます?

制作中は、1カット、1カット、ハッさせてやろうという気持ちで作っていますね。

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空を描くのは好きですか?

もっとも楽しい作業です。空はまず、楽です(笑)。やはり、建物や植物は大変ですよ。空は、自由に筆を動かして、気持ち良く描けてしまう。

空の構図やタッチが独特だと言われません?

以前、気象予報士の方に「雲の形がありえない」と言われたことはあります(笑)。冗談はさておき、ファンの方から「空が好きです」というメッセージをいただくことは多いです。「今日の夕焼けは、新海さんの描く絵みたいに綺麗でした」というメールをいただいたこともあります。嬉しかったな。アニメーションは現実を超えたものを描ける。もちろんそれも醍醐味のひとつです。でも、現実の空が美しいんだと気づくきっかけになる絵を描けることは、それにもまして素敵なことだと思います。

最後に、若手クリエイターに向けてエールを贈ってください。

作ってみたいものがあるんだったら、ぜひ勇気を出して作り始めてください。まだ誰にも語られていない物語や誰にも描かれていない絵がみなさんの中に眠っていて、それを世に出したいと思うなら、あまり難しいことを考えずに、まず作ってみてください。僕もあまり深く考えず、とにかく作ってみたことがすべての始まりでした。うまくいったりいかなかったり、いろいろあるでしょう。でも、どうやればできるのだろうと悶々とするよりは、何でもいいからやってみるのが、実は一番気持ち良かったりするんじゃないかと思います。

Profile of 新海誠

profile

1973年長野県生まれ。 大学で国文学を専攻。5年間のゲーム開発会社勤務を経て、専業映像作家として活躍中。 2000年に「彼女と彼女の猫」、2002年にフルデジタル作品「ほしのこえ」を発表、人気に火がつく。「ほしのこえ」で新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」、第6回文化庁メディア芸術祭「特別賞」など多数の賞を受賞。 2004年には「雲のむこう、約束の場所」が渋谷・シネマライズほか全国の劇場で公開され、ロングランを記録。第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」ほか、国内外の映画祭でも受賞。海外でも高い評価を受ける。DVDも好調なセールスを記録し、北米、台湾、韓国ほか、30ヵ国以上での発売も決定。 【作品】 1997 『遠い世界』 2000 『彼女と彼女の猫』 2001 『ほしのこえ』 2004 『雲のむこう、約束の場所』 2007 『秒速5センチメートル』

●作品情報● 『秒速5センチメートル』ミニシアターランキング1位を獲得。 渋谷シネマライズでの公開のほか、全国単館系劇場にて順次公開予定! 公式サイトにて随時最新情報更新!!

 
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