グラフィック2007.07.19

本質のところから一緒に 考えるような仕事に携わりたい そんな思いでの独立

Vol.30
コピーライター・クリエイティブディレクター 斉藤賢司(Kenji Saito)氏

今年もまた、大手広告会社から実力あるクリエイターが独立しました。その名は、斉藤賢司さん。お名前だけでは「?」の人も多いでしょうが、手がけた作品を見れば、どれもこれも「!」のはず。大きなキャンペーンをいくつも成功させた、博報堂の看板クリエイターのひとりです。独立して設立した会社は、「ホンシツ株式会社」。インパクトある名前ですね。やろうとしていること、なんとなくわかるような、わかった気になるともっと深い意味があって「やられた」と言わされるような・・・。少なくとも一度聞いたら忘れられないし、「どんな意味が?」と話を聞きたくなってしまう。さすが、すでにこちらの気持ちは、しっかり捕まえられているのか・・・。なんてこと考えている暇があったら、直接聞いてみようという感じのインタビューでありました。

 
東ハト キャラメルコーン

東ハト キャラメルコーン

「本質のところから」手がけられる仕事がしたい。 独立の目的を、そのまま社名にしてみました。

まず、ホンシツ株式会社というユニークな社名について。

博報堂でしてきたのは、いわば、企業コミュニケーションやブランディングのゴールの段階でCMやグラフィック広告をつくる仕事でした。そのもっと手前、たとえば商品開発をクライアントさんと一緒にしたり、企業理念や企業スローガンを考えたりということ。ゴールのもっと手前の、本質のところから一緒に考えるような仕事にたずさわりたい。クライアントさんのパートナーになりたい。ここ数年、ずっと考えていたそんな思いを込めた社名です。

それは、コンサルタントということ?

内容的には、そう呼ばれている仕事の領域に踏み込むこともあるでしょうね。ただ、僕の強みはあくまで表現のアウトプットです。ノウハウのあるゴールの部分について考え、そこを基点に逆算する形で、大本の解決にアドバイスする。そんなことを仕事にしていけたらいい。それを、クリエイティブコンサルティングと呼んでもいいかもしれない。同様に、この会社の位置付けを、コミュニケーションラボと称してみようかなとも思う。まあ、どちらも、まずはちゃんとした実績を残した上でのことですが。

サッポロ 黒ラベル

サッポロ 黒ラベル

独立の動機が、社名になっている。

もちろん、組織の看板を離れ、自分の看板だけで仕事をして認めてもらえたらやりがいあるなという気持ちもありますが、それだけでは決心できなったでしょうね。むしろ、出るからには、「出なければチャレンジできないこと」が必要だった。それが、「本質のところから」ということになります。

「本質のところから」――簡単にできることではないですね。

独立するにあたって相談に乗ってもらった方々も、異口同音に「気持ちはわかるけど、簡単じゃないと思う」とおっしゃっいました。でも、博報堂には偉大な先輩方がいらっしゃり、実際に、独力で「本質のところから」仕事を手がけられている。『伊右衛門』を商品開発から手がけている永井一史さん、ペプシや新潮文庫で新機軸を打ち出した大貫卓也さん、最近は幼稚園のブランディングなども手がけている佐藤可士和さんなどがそうです。ただ、この方々はすべてアートディレクター。コピーライターの諸先輩も新しいトライをしていらっしゃいますが、まだ、未開拓の部分も多い。自分なりのやり方ができるんじゃないか、やってみたい。そう思って独立しました。

では、かなり確信を持っての独立ですね。

100%の確信を持って独立できたらよかったのですが、正直、そうではありません。博報堂に14年勤務し、年齢も30代後半。独立できる保証を得るのを待っていたら、時期を逸する、間に合わないという気持ちが湧いてきて、確証はないけど決断しました。だから、「飛び出した」という表現が合ってると思います。

なるほど、かなりのリスクを抱えての独立だ。

リスクの話をするなら、リスクの定義が必要だし、リスクを定義するためには成功の定義もいりますね。それは、たぶん人によって違う。収入かもしれない、社会に認められることかもしれない。僕の場合、それは「もっと本質的であること」になります。だから、仕事や収入が減るのは、僕の場合リスクではない。現状最大のリスクは、「やりたいことはわかっているけど、どうやったらできるかが完全に見えていない」です。

新潮社 コミックバンチ

新潮社 コミックバンチ

大学生まで、ジャーナリスト志望。今も、 ライバルは、ジャーナリズムや社会科学系の評論。

調べてみたら、斉藤さんはもともとジャーナリスト志望だとわかりました。

よく調べてますね(笑)。その通りです。高校生から20歳くらいまで、ジャーナリストを志望してました。大学時代は、アルバイトでテレビ局の報道カメラマンのアシスタントをしてましたよ。

志望が変わったきっかけは?

そのテレビ局のアルバイトで、報道の現場を体験したのが大きかったですね。ある時、大きな殺人事件があり、その遺族取材に派遣された。遺族からコメントを取るために家の前の張り込みを続けたのですが、「こういうことは、自分には無理かもしれない」と思わされた。

それで、広告を目指した。

報道から離れて直接広告に向かったわけではありません。報道を諦めたら、次に見えてきたのはコミュニケーションへの興味でした。コミュニケーションで価値を生むような仕事がしたいと、漠然と思った。ならば元々好きだった演劇や映画もあるかなと考えていった時、広告がもっとも間口が広い世界に見えたのです。

トヨタ VOXY

トヨタ VOXY

そんな斉藤さんが博報堂という会社に入って、これは、あるインタビューに答えていますが「僕にとって広告のライバルは、文学や芸術ではなくジャーナリズムや社会科学系の評論なんです」というユニークな広告クリエイターになった。ほんと面白いですね。

博報堂には、偉大なクリエイティブのカルチャーがあって、それが僕を育ててくれたのだと思っています。「表現は根本的な問題にコミットできる」という文化に、大きな影響を受けていると自認しています。

実は、広告制作者は経営者と直接お話をする機会が少ない。 東ハトさんの案件は、今につながる貴重なものでした。

「本質のところから」というビジョンに影響を与えた仕事は、ありますか?

東ハトさんの、『暴君ハバネロ』という激辛スナックのお仕事ですね。ネーミングはできあがっていましたが、キャラクター開発とパッケージデザインから手がけてほしいという依頼でした。今、お菓子は、コンビニで「棚落ち」するとまったく売れませんから、昔に比べて広告費を使いません。「売れたら広告費を使う」という、ちょっとした逆転パターンの中にあるのですが、そこで『暴君ハバネロ』のヒットに関わることができたのが大きな体験になりました。

東ハト 暴君ハバネロ

東ハト 暴君ハバネロ

なるほど、まさに「本質のところから」の成功体験だったわけですね。

東ハトさんでは、もうひとつ、ブランドブック「お菓子を仕事にできる幸福」も制作させていただきました。それは社員啓蒙用にインナーにも使うもので、社長と直接打ち合わせをさせていただいてつくりました。広告制作者というのは、実は、企業のトップとお話することはほとんどないもので、宣伝担当者と打ち合わせて練り上げたものが、最後の最後でひっくり返ることが茶飯事の世界。そんな僕にとって、経営者の考えを聞かせていただけたことも、「ひっくり返る」心配なく企画を組み立てたことも、あまりに新鮮でした。

東ハト ブランドブック 「お菓子を仕事にできる幸福」

東ハト ブランドブック 「お菓子を仕事にできる幸福」

なるほど、それもよく理解できるお話です。先ほど斉藤さん自身がおっしゃってましたが、「やりたいことは、わかっている」という意味が、よくわかりました。後は、そういう案件をいかにたくさん見出す、あるいは育てるのかなんでしょうね。

あまりあせらず、先輩や仲間の協力を得ながらマイペースでやっていこうと思います。

最後に、若手クリエイターたちに、斉藤さんからのメッセージを。

今、こういう世界で仕事をしている者のひとりとして、クリエイティブや表現の力でやれることがどんどん拡大していることを実感しています。もし、こういう世界で仕事をしたいと思う方がいるなら、今、そしてこれからは、5年前より10年前より20年前より制作者への期待が大きくなると言いたい。志を持つ人がこの世界にどんどん入ってきてほしい。そうなれば素晴らしいなと思っています。

取材日:2007年7月19日

Profile of 斉藤賢司

profile

1969年 埼玉県生まれ 1993年 株式会社博報堂入社 制作局コピーライター配属 2005年 クリエイティブディレクターに 2007年 株式会社博報堂退社/ホンシツ株式会社設立

主な仕事歴

  • 東京ミッドタウン(2007)
  • キリン円熟 円熟黒(2006~)
  • 東ハト暴君ハバネロ(2003~)
  • トヨタヴォクシー「I am a father.」(2001~2006)
  • サッポロ黒ラベル「Love Beer?」(2000~2005)
  • ソニー・コンピュータエンタテインメントPSP(2004~2006)
  • ソニー・エリクソンPremini FOMA STICK(2004~2006)
  • 東ハトブランドブック「お菓子を仕事にできる幸福」(2003)
  • 世界柔道2003(2003)
  • 日光江戸村 ニャンまげキャンペーン(1999) など
主な受賞歴
  • カンヌ国際広告祭プロモライオン
  • NYフェスティバルグランプリ
  • TCC賞
  • ACC賞
  • 日経広告賞
  • 朝日広告賞部門賞
  • フジサンケイ広告大賞グランプリ
  • 新聞広告電通賞  など
 
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