ネットと放送の融合[3]―ケーススタディⅡ/その2―

vol.13
株式会社ニッテンアルティ 小柳ルーム チーフプロデューサー 櫻木光さん
先月に引き続き、CM制作会社/株式会社ニッテンアルティのプロデューサー/櫻木光さんの登場です。ネットCMの海外での最新の動きとして注目している「バイラルCM」についてお話してくれています。いわゆる「口コミ」効果を狙う、ネットならではの戦略とCM映像の融合ですね。欧米で爆発的に増えているのに、日本ですぐに同様の現象が起こらないのはなぜか?そんなところに視点を置いて読んでみると、深くうなずけるし、日本のネットCMの近未来さえイメージできると思います。

<取材協力者> 櫻木光さん ~株式会社ニッテンアルティ 小柳ルーム チーフプロデューサー~ 1991年入社。1968年生まれ37歳。佐賀県出身。代表作品はAGFブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)、アリコジャパン『電話でセレクト保険』、森ビル『サービスアパートメント』、月桂冠『うるおい3000円プレゼント(リスやクマの着ぐるみが踊る)』、江崎グリコ『ビスコ』。音楽方面ではクレイジーケンバンドのプロモーションビデオ。コーセーコスメポート/ネットムービー『髪から始まる物語3部作』など。

欧米で注目されている、バイラルマーケティング。 「感染的な」戦略を持つ、CM表現。

私が最近「ネットと広告」ということで注目していることのひとつに、「バイラルマーケティング」があります。主にネットで話題性のある情報を提供し、それが口コミで広がっていく。企業の商品やサービスを消費者に口コミで宣伝してもらい、利用者を広げようというマーケティング戦略です。「バイラル」は「感染的な」という意味でマーケティングの仕組みをウィルスの感染/増殖に例えています。 テレビ放送には、様々な制約があります。表現のモラル的な制約。スポンサーがらみの制約。それに加えて特にテレビCMとなると、まず当たり前のように秒数の制約があります。テレビ局の考査のチェックもありますし、コマーシャルの性質上、ちょっとでも飛び出した表現は敬遠される傾向にあります。当然、自主規制もあります。 しかし、インターネットによる映像配信に関しては、今のところ、なんの規制も存在していないません。欧米では、そこに目を付けたクリエイターが、大手企業の広告で、インターネット限定のCMを制作してストリーミングで配信するという動きが出てきました。それをバイラルCMと呼んでいます。 作品を見てみると、実際、目を覆いたくなるような表現もありますが、なかなかセンスのある面白い作品も多く、この切り口はショートムービーとともに新しい広告の可能性のひとつになるのではないかと思っています。バイラルCM専門の広告代理店ができたり、バイラルCMのランキングサイトができたりと、にわかに活動が活発になってきました。(バイラル広告のランキングサイト<http://www.viralchart.com/>、バイラル広告専門の広告代理店<http://www.theviralfactory.com/>) もちろん、規制がないから何をやってもいいと言うわけではありません。これから、ネット上での表現の規制も始まることも確実です。制作者のモラルが問われるところだと思います。広告表現である以上、見る人に嫌われちゃったら意味がありませんしね。 ただ、私たちが縛られていた30秒や15秒という秒数の呪縛。既存の民放の莫大な媒体費と比べて、ほとんどタダの状況。ネット利用により格安の予算で莫大な広告到達率も夢ではない……等が、広告主の理解を得られるようであれば、その制作物に対しての投資的な考えで予算の配分も変わってくるでしょう。クリエイターの腕の見せどころが広がると思います。

日本には、日本の「バイラル」が確立するだろう。

バイラルについてはものすごく可能性があると感じますが、どんどん広まるかというとそうでもない気もします。バイラルがエスカレートすると「2ちゃんねる」になってしまう可能性も秘めているからです。日本人のメンタリティとして、日本企業のあり方として、万人に好かれることを望むし、たった数件の苦情でテレビCMのオンエアを中止したりするのが実情。やるとしてもおとなしい表現にならざるを得ないでしょうね。意思決定機関がトップダウンでリスクを予想できるシステムでないと、判断の難しい表現もあるはずです。欧米的な過激さが日本の土壌に合うかどうかもわかりません。ただ、日本的なやり方、美しかったり、柔らかかったりということの追求はできるんじゃないかと思っています。

放送形態の多様化に、 CMはどう対応すべきなのか?

BS、BSデジタル、地上波、ケーブル、加えて地上波デジタル、ワンセグ、インターネット、ポッドキャスト。放送形態のバリエーションが、どんどん増えています。そうなってくると、地上波の限られた時間を切り売りして、しかも多くの人の目に触れるというテレビコマーシャルの空爆的な様相も力も弱まりはじめ、かなり様変わりしていくでしょう。 加えてHDレコーダーなどの普及で、視聴者はものすごい数の番組をストックし、時間のある時にまとめて見るようになっている。今後は、HDレコーダーからipodやPSPなどの携帯端末にダウンロードして通勤途中の電車で見るなんていうスタイルも定着するかもしれない。そうなった場合、真っ先に早送りするか飛ばされてしまうのはコマーシャルですね。コマーシャルを作っている側にとっては由々しき問題であります。ちなみに、ハードディスクの容量が増えるに従って、ものすごい数の番組や映像のストックがどこにあるのか検索するシステムも必要になってくるでしょう。Yahoo!みたいな検索エンジンの映像、HD用番組版ですね。そういうソフトやシステムが重宝がられる時もすぐにくると思います。

見たくないっていうなら、見たくなっちゃうものを作ろう ――という選択肢としてのバイラル。

コマーシャルフィルムの制作者として、そういう動きにどう対処するか?やり方、考え方はいろいろあるとは思いますが、そのなかのひとつにバイラル広告という手法もあると思います。「あれ知ってる?見た?すごい面白いんだぜ」というものを作る。コマーシャルを見たくないっていうんなら、見たくなっちゃうコマーシャルを作ってやろうじゃないかという考え方ですね。最近見たものではNIKEのPODCASTで配信されている「NIKE Football Ronaldinho Videocast」なんかは最高ですね。めちゃくちゃ面白くて、CGIでやったのか?実写なのか?という議論も起こっているみたいです。Mixiやいろんな掲示板で話題になっています。 「インターネットに規制がないから、何作ってもいいから、エグイことやっておくか」ではなく、本来こういうところにバイラル広告の意味があるんじゃないかと思います。メディアをフルに利用した映像の広告戦略の一環として考えれば、存在意義はとても大きいと思います。つまり、役割分担と制作手法の取捨選択です。とにかくやれる場所が増えるなかで、何が一番効果的で、受けるのか。広告代理店のストラテジックプランニングやマーケティングも含めて、ターゲットの限定と戦略を今よりも入念に見つめ直す必要が増すでしょう。そこにこれからやれることのヒントが潜んでいるような気がします。ネットには、基本的に尺の制限はありませんから、番組的になるのか、映画的になるのか、はたまたコマーシャル然としているのか、インフォマーシャルになるのか、ケースごとに選択できると思います。 この特集の趣旨からはずれるかもしれませんが、ことの本質は、ネット対テレビという直接対決の図式ではない気がするんですね。そんな簡単に言い切れないほど、いろんな媒体があるし、できてくると思いますから。ある学説によると、現代人の1日の情報量は、平安時代の人間の一生分だそうです。それがここ数年でもっと増えるわけです。その賛否はさておき、私たちにとってはチャンスが広がっているわけですから、何かにとらわれないで、柔らかい頭で、面白いことを考えていきたいものだと思っています。

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