テレビの明日を切り拓く、データ放送~専門会社の現在から、未来像をイメージする~

Vol.76
株式会社トマデジ 事業本部長補佐 クリエイティブグループ クリエイティブディレクター 大熊章子さん、渡辺文崇さん、笠原哲也さん
2011年7月、BSおよび地上波アナログ放送が終了した(岩手、宮城、福島の3県の地上波アナログ放送を除く)。これに代わるデジタル放送を受信するためのテレビを購入した方は、リモコンに見慣れない「d」と書かれたボタンが付いていたり、テレビの後ろにパソコンと同じEthernetの差込口があることに気づかれただろう。どちらもデジタル放送の大きな特長のひとつ、「データ放送」を利用するための入口だ。データ放送のサービスはEthernetにLANケーブルを接続しなくても利用可能だが、TVをインターネットに接続することで利用できるサービスの幅が広がる。

株式会社トマデジはデータ放送向けのデジタルコンテンツを制作・送出する会社。主要株主であるTBSとPanasonicを始め、NHK、民放各局、ケーブルテレビなどのデータ放送に関する業務、プロジェクトに広くかかわっている。
BSでデジタル放送が始まってから11年、データ放送の技術やサービスも進化の途中だ。今後の展開や可能性を、同社のクリエイティブディレクターの皆さんに伺った。

多様化するテレビの視聴スタイル

ついに地上波デジタル放送の時代となりました。デジタル放送が始まってからのテレビ界の変化をどのようにご覧になっていますか?

【渡辺さんのお話】
2000年にまずBSでデジタル放送が始まりましたが、当社の設立はその1年前の1999年です。データ放送が新しいサービスということもあって、実際にどういうサービスが提供できるのか本当に手探り状態でした。そんなところから始まって現在まで至っていますが、その間テレビをめぐる状況も大きく変わっています。
たとえば、テレビを視聴するにしても、単純に時間軸に沿って番組を見るスタイルから、レコーダー技術の進化もあって、だんだん時間に縛られない見方が増えてきています。あとはテレビのサイズがどんどん大きくなって、もしくは逆にポータブルになって、テレビを見る環境がガラッと変わってきているなと実感しています。

【笠原さんのお話】
今まで映像と言えばテレビに決まっていましたが、YouTubeのような新しいメディアが出てきて、視聴形態が多様化する傾向もあります。

テレビがそれまで唯一の映像メディアで、そこに強大な広告媒体の価値があるというビジネスモデルは、視聴者が新しいメディアにも分散していくと変わらざるをえないのでしょうね。

【渡辺さんのお話】
放送局側も当然、その傾向は意識しながら、たとえばVOD(Video On Demand)のような分野でビジネスを確立していこうという流れはあります。ただ、番組の制作にはたくさんの方が関わり、いろいろな方が出演していますので、さまざまな権利が関係しており、そのままオンデマンドでサービスに提供するには新しい権利の取り組みが必要となります。
いずれにしろ、放送局は、既存の放送広告モデルの収益だけではコンテンツの力を活用しきれないのではないかという認識を当然持っています。何かしなければならないが、いろいろな制約をどう解決すればよいのか、ということをテレビ局もいろいろと検討しています。

テレビ関係者も次世代HTMLの策定に参加する理由は・・・

貴社では、技術的なトライアルも重要なミッションとなっているようですね。

【渡辺さんのお話】
はい。当社の業務内容はデータ放送のコンテンツ制作やその送出がメインなのですが、それとは別に次世代テレビの開発にまつわる業務にも取り組んでいます。

次世代テレビとは、胸の踊るようなテーマですね。

【渡辺さんのお話】
今、デジタル放送で使われているデータ放送は、W3C(World Wide Web Consortium、WWWの標準化推進団体)が勧告した「HTML4.01」をベースにした言語で書かれているコンテンツです。
現在、W3Cでは次のHTMLの規格である「HTML 5」を検討している最中ですが、当社もW3Cにメンバーとして参加させていただき、活動しています。「HTML 5」についてはいろいろなデバイスで使えるプラットフォームとして策定していこうという世界的な流れがあり、次世代テレビが「HTML 5」をプラットフォームとして採用するとしたら、どういうサービスを提供できるのかということを含めて検討されています。現在はW3Cの中のWeb and TVというIG(Interest Group)で仕様を策定するためのユースケースや要求事項を洗い出しており、当社の役員が共同議長のひとりです。そこで世界の放送局や、ブラウザのベンダー、アップルやグーグルといった会社と一緒に話をしながら、次のテレビはどういう規格に基づいて、どういう形であるべきなのかという議論を進めています。

「放送と通信の融合」ということがずいぶん言われていますが、それを象徴するようなお話だと思います。次の規格を作ろうということが専門家の間で行われているんですね。

【大熊さんのお話】
Web and TVに関する話題は、これから時とともにさらに注目を集めていくでしょう。

【渡辺さんのお話】
ヨーロッパではインターネットがテレビに入ってくるということについて、EBU(欧州放送連合)が「ネットワークにつながったテレビを使ったサービスはこうあるべき」という19原則を発表し、それが種々の刺激を各業界に与えています。

“クリエイティブディレクター”として

非常に素朴な質問です。皆さんの肩書きは「クリエイティブディレクター」ですが、お話を聞いていると、映像にかかわったり、データ放送のコンテンツを作ったり、あるいはネットのアーキテクチャーにも携わっている可能性もありそうです。既存の「クリエイティブディレクター」像と、若干違うような印象を持ちます。

【笠原さんのお話】
なんでもやっている感じがしますが…(笑)

【渡辺さんのお話】
「テレビならテレビだけ」、「ウェブならウェブだけ」ではなく、そのサービスにかくわるあらゆるものに対する、ある程度の知識を持って全体をコントロールしていく。そんな説明になるでしょうか。私たちの仕事は、プロジェクトごとに必要とされる知識やスキルが少しずつ違ってきます。また、データ放送のコンテンツをつくる場面では、コンセプトや設計をクライアントに説明しながら作業を進めていくという業務もあります。世間で言われているクリエイティブディレクターとはちょっと違うかもしれませんが、プロジェクト全体をコントロールするという根本はそう変わらないと思います。

【笠原さんのお話】
一言で言うと、あらゆることにクリエイティビティを発揮する仕事と言えるでしょう。データ放送の枠を超えて、企画の立案から完パケ納品まで、トータルで仕事を進めています。

ご自分でプログラミングしたり、スクリプトを作ったり、データ放送のコンテンツ自体を作っているという一面もあるのですか?

【渡辺さんのお話】
そうですね。スクリプトなどは基本的にはコンテンツを専門につくっているスタッフが担当しますが、プロジェクトがいくつも同時進行していると、「これは自分でやっちゃわないと間に合わないな」という案件も出てきますね(笑)

【大熊さんのお話】
「デザイナーとしてここまでしかやらない、」「プログラマーだからこれしかやらない」というのではなく、お互いの範疇を拡げて境界を越えてやっていいというくらいのスタンスで動いていますね。

【渡辺さんのお話】
データ放送は、番組と一緒に放送される、または通信で提供されるものなので、当然、オンエアスケジュールを守らなければなりません。それを考えるとスピードが重要で、時間がない中でもいいものをつくって、改善して…という業務をどう回していくのかが肝要になります。
たとえばTBSだとJNNとして系列局がたくさんあって、親局の際には系列局にも同じようにデータ放送のコンテンツを配信する必要があります。事前にコンテンツを渡して準備してもらうわけですが、直前に慌てて差し替えを行ったりすることは、やはり避けられません。差し替えにひとつでも間違いがあれば、放送事故になってしまう。そんなプレッシャーの中で仕事を進めることになります。

新しいサービスをテレビで提供するための取り組み

次世代テレビに関する開発の話題はありますか?

【渡辺さんのお話】
データ放送の機能を使って、たとえば映像とデータ放送を合わせつつ、リモコンではなくおもちゃを使ったゲームのようなものを企画し、試作し、実証実験するような活動は地道に展開しています。
先ほどお話した「HTML 5」をいろいろなデバイスに搭載することで、たとえばリモコンの代わりに携帯電話ですべて操作できるようにするにはといった、技術的なチャレンジにも取り組んでいます。

実際に放送された面白い取り組みはありますか。

【渡辺さんのお話】
BSデジタル放送では、映像とデータ放送を合わせて5分間のワンゲームを流したことがあります。視聴者がゲームに参加してゲームをしてランキングが出るものです。
また、地上波デジタル放送だと、TBSの「オールスター感謝祭」があります。スタジオに200人の出演者がいて、クイズに自分は201人目として参加して順位を競ったり、あるいは全国で何位だったのかが分かる。そういった新しいスタイルの放送には、いくつもかかわっています。

【大熊さんのお話】
「オールスター感謝祭」では、データ放送の使い方に視聴者が慣れるにつれて参加者が増え続けて、今では1回のOAで10数万人の方が参加しています。

【渡辺さんのお話】
TBSの選挙特番でTwitterのツイートを画面上に流したのですが、その仕組みが実はデータ放送です。

【笠原さんのお話】
その演出についてのユーザーの評判はなかなか良かったです。ツイートが入ってくるとお祭りに参加しているような感じになるのかもしれませんね。

それはすごいですね。お茶の間でのテレビ鑑賞スタイルは着々と変わってきているようです。企画を立てる番組制作者が、貴社のような会社がどんな技術を持っていて、どんなことができるかをどれだけ理解しているかで、自分が勝負をする企画の中身が変わってくるのですね。

【渡辺さんのお話】
そうですね。実は、まだテレビ局内でも制作現場には「データ放送? 聞いたことあるけど何ができるの?」という方も多いのが実情です。

テレビというメディアは非常に慎重であることが求められますが、逆にネットでは何でも流れてしまっています。これを融合させるというのは壮大な実験ですね。

【笠原さんのお話】
ハードルが高い分、やりがいがあると思います。

【渡辺さんのお話】
それを決める流れに参加できることは、なかなか経験できることではないので面白いですね。データ放送は日本ではすでに10年以上の歴史がありますが、実は世界的に見ると、それは相当すごいことなんです。今、日本中で売られているすべてのテレビはデータ放送を見られる端末ですが、これは放送を通じて全国民に同じ情報を提供できるということを意味します。 たとえば、パソコンだと「Flashのプラグインがないと見られません」というようなことがたびたび起こりますが、日本のテレビではそういう状況がありません。統一されたブラウザが搭載されたテレビを全国民が見ているということに、世界が驚いています。ネット系のサービスは世界中でいろいろありますが、テレビに関しては日本はとても進んでいます。

もし貴社で仕事がしたいなと思ったらどんなことが必要ですか?

【渡辺さんのお話】
クリエイティブやデザインをしてみたい方は、やりたいことをやるのではなくて、お客さんが実現したいことを実現するという思考が必要です。あとは放送を使ったサービスであるので、放送局の、視聴者の、メーカーの、そして番組制作者の視点で見るとどうなるのか、ということを気遣いながら仕事を進めることを面白く感じることができればいいですね。

【大熊さんのお話】
あとは体力ですね(笑)

【渡辺さんのお話】
当社には「デジタル放送によって社会をもっとよくしていこう」という根本的なミッションがあります。ですので、楽しいことだけやっていればいいわけではなくて、たとえば災害が起こった時に「テレビにできることって何だろう」と、広い視点で物事を見られる人がいいですね。

【インタビュー対象者】 株式会社トマデジ 事業本部長補佐 兼 クリエイティブグループ クリエイティブディレクター 大熊 章子さん

【インタビュー対象者】
株式会社トマデジ
事業本部長補佐
兼 クリエイティブグループ
クリエイティブディレクター
大熊 章子さん

【インタビュー対象者】 株式会社トマデジ 事業本部クリエイティブグループ クリエイティブディレクター 渡辺 文崇さん

【インタビュー対象者】
株式会社トマデジ
事業本部クリエイティブグループ
クリエイティブディレクター
渡辺 文崇さん

【インタビュー対象者】 株式会社トマデジ 事業本部クリエイティブグループ クリエイティブディレクター 笠原 哲也さん

【インタビュー対象者】
株式会社トマデジ
事業本部クリエイティブグループ
クリエイティブディレクター
笠原 哲也さん

取材/2011年7月13日

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