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ハードウェア思考からソフトウェア思考へ。「ゲームニクス」が切り開くおもてなし日本の未来

Vol.151
亜細亜大学 都市創造学部 教授 サイトウ・アキヒロ氏
ゲームクリエイターとして第一線で活躍してきたサイトウ・アキヒロ氏が2007年に提唱した「ゲームニクス」。「ゲームニクス」とは、老若男女問わずマニュアルを読まなくても夢中になれるゲーム作りのノウハウを体系化した理論で、他のサービスに応用すればどんな機能も簡単に使いこなせるようになるといいます。現在、少しずつ企業に受け入れられ、サービスの現場に活かされてきたと語るサイトウ氏。そこでゲームニクス理論が生まれた理由、これまでにどのような取り組みをされてきたのかお訊きました。

おもてなしの国日本のゲーム作りのノウハウを他分野へ応用

「ゲーム二クス」について教えてください。

ゲームはマニュアルがなくてもプレイすることができ、誰でも熱中して遊ぶことができます。このノウハウを体系化したのが「ゲームニクス」です。私はゲームニクスを身の回りにあるあらゆるものに応用すれば、世の中がもっと便利になると提案をしています。

「ゲームニクス」を提唱しようと思ったきっかけについて教えてください。

私のクリエイターとしてのキャリアはアニメーターから始まりました。大学在学中にコマーシャルディレクションの世界に入り、そのときに故・岩田聡氏(元任天堂代表取締役社長)と出会いました。彼はプログラマーで、私は絵が描ける。「一緒にゲームを作りませんか?」という話になり、ゲーム業界に入りました。ちょうど任天堂のファミリーコンピュータが出てゲーム業界が盛り上がろうとしていた時期です。

当初、私は任天堂とクリエイションの⽅向違いでおおきな違和感や不満がありました。しかし任天堂の言う通りにしたらゲームが面白くなったのです。それはなぜなのかと考えていくうちに、ゲームはインタラクティブ(双方向)であると気付いたのです。 私がこれに気付けたのは、ゲーム業界に入る前にリニア(一直線)のメディアであるアニメーションやコマーシャルディレクションに携わっていたからです。ゲームはそれらと同列で比較されますが、 本質的なエンターテインメントが違います。リニアなメディアは受け取り側がそれにどう共鳴するかがエンターテインメントの本質になり、お客さんは受け取るだけです。映画であれば映画館に入ったら映像のテンポに合わせて観ることしかできません。しかしゲームは送り手側が用意した環境の中で受け手側がどう遊ぶかがエンターテインメントの本質になります。映像は送り手側が主役ですが、ゲームはお客様が主役なのです。

任天堂は京都の会社ですから、「おもてなし」の地盤がしっかりしています。私は東京人だし映像畑の人間でしたから、「演出は派手なほうがいい」と思っていました。ですが任天堂では「環境の提供の仕方」にこそ手間暇をかけているのです。必要なのは演出の派手さや画像のクオリティではなく、ユーザーにいかに気持ちがいい環境を提供できるか。ここに主眼があるのです。 ゲームは生活必需品ではありません。だからこそ、お客様が自分からプレイしたくなるような、やめられなくなるような仕掛けがないとそもそも製品として成り立たないのです。ゲームは作家が自分の世界を表現する作品ではなく、いかにお客様に⼼地いい環境を提供するかを突き詰めたサービス・製品なのです。

日本のゲームが市場に出回る前に主流であった“洋ゲー"は、つまらないゲームの代名詞でした。状況の説明もなくダンジョン(地下牢)に放り込まれ、開始早々ボス級の敵に遭遇する。だからプレイヤーは何をすべきか、敵をどう対処すべきか、考えることを要求されたのです。いっぽう、日本のゲームはマニュアルを読まなくてもゲームの進行に合わせて段階的にやり方がわかる作り方をしています。RPGで例えると『ドラゴンクエスト』であれば、ゲーム開始後すぐに王様から目的を聞かされ、町で人物から情報を引き出す術を覚え、外に出て魔物の倒し方とレベルの上げ方を学びます。マニュアルを読まなくても段階的にやり方がわかる。日本のゲームはそういう作り方をしています。そもそも子供はとても飽きっぽいもの。しかしゲームなら夢中になってプレイします。ゲーム業界は子供が飽きずにプレイするノウハウを30年もの間、蓄積してきたのです。そこで私は、このノウハウを体系化しようと思ったのです。

日本は世界トップレベルのソフトウェア技術を持った国であるとゲームが証明

ゲームニクスをなぜ他のサービスに応用しようと思ったのでしょうか。

今、日本のハードウェア産業は落ち込んでいます。なぜかというと、ハードウェアの性能に差がつけられなくなり、使いやすさの方が重視されるようになってきたからです。戦後の日本は高度経済成長の中でハードウェアのスペックで戦ってきました。海外の製品と勝負するためにはスペックをより高く、品質をより高くせざるを得ませんでした。しかし機能は充実しても使い方を段階的に学習させるおもてなしが欠けていました。TVのリモコンがいい例でしょう。スペックが上がるにつれてリモコンのボタンの数は増えましたが、多くの人はその機能を使いません。であればそこにお金をかけず、一番安くて使いやすい製品が選ばれるわけです。こうして、技術が進みこれ以上性能に差がつけられなくなったとき、高スペックが売りであった日本の産業は落ち込んでいったのです。
そこで私は、ソフトウェアで勝負すべきだと考えました。日本は世界トップレベルのソフトウェア技術を持った国であるとゲームが証明しています。だから日本人の特性を活かして勝負すれば、クリエイティブ産業はまだまだ伸びしろがあるのと思ったのです。

たとえば、RPGのゲームなら、人・町・武器・防具・魔法・魔物・戦略など、ゲームをプレイするうちに1,500程度の単語を覚えます。これを英単語に置き換えたら無敵ですよね。ゲーム作りのノウハウを、教育にも流用することが可能なのです。 また、駅の券売機を思い出してみてください。券売機のパネルだけではどの金額の切符を買えば目的地に行けるのかわかりません。この時点でおもてなし度が欠けています。ここにゲームニクスを取り入れたなら、使いやすさが劇的に変化するでしょう。ゲームニクスを応用すれば、機能を落とさず、誰でもデジタル機器を使いこなすことも可能になるのです。

ゲームニクスを提唱し始めた頃のまわりの反応はいかがだったでしょうか。

当時はまだ高スペック家電が流行っていたので相手にされませんでした。その後、ハードウェア事業が下火になり、その頃iPhoneがヒットしました。多くの人はソフトウェアを使うためにiPhoneを買いますよね。つまりiPhoneによって、ソフトウェアが注目されるようになったのです。

そんな折、アメリカで「ゲーミフィケーション」が提唱され、日本人の中にも気づく人が現れるようになりました。そして、少しづついろんな企業と組んで仕事ができるようになってきました。

ゲームニクス論を唱えて10年近く経ちますが、手ごたえはいかがでしょうか。

やっと認識されはじめてきたという印象です。10年ほど経ち、決算権を持つ人がゲーム世代になったのも大きいでしょう。それまでは「ゲームで!?」という反応でした。今はゲームニクスが理解していただきやすい環境になったと感じています。

今、最もゲームニクスが必要な現場はどこでしょうか。

日常生活で使うハイテク家電を簡単に使いたいと思いますし、学習にも応用したいですし、あらゆる場面に必要だと感じます。リハビリの現場もそうですね。リハビリは簡単な作業の繰り返しでとても辛いものです。ですが同じ作業の繰り返しでもRPGのレベル上げは面白いと思いますよね。それで、どうしたらリハビリを面白くできるのかと考えたのです。

下半身麻痺した患者さんがリハビリを行うさい、以前は療法士さんが患者さんにやってほしい行動を口で伝え、手でサポートしていました。そこで私は、正面にモニターを置き、自分の姿が映し出される仕組みを考えました。画面にはV字型のラインが出て、これから外れたら身体が傾いていると直感的にわかるようにしたのです。V字から外れずに歩くとスコアがあがり、気持ちのいい演出効果がご褒美として表示されます。患者さんは、知らず知らずのうちに身体を曲げずに歩くようになります。リハビリの現場では「患者さんに何をしてほしいのか」が明快です。ゲームニクスでそれを伝えて、改善することは可能なのです。

本当に必要なのは「自分たちのサービスの本質は何か」をとことん突き詰めること

クリエイターがゲームニクスの思考を養うにはどのようなことが必要でしょうか。

まずは自分が「不便だな」と思うことを見つけることです。それをゲーム的な目線で見直したらどうなるか。例えば、照明のスイッチが並んでいた時に、どの照明に対応しているか一見しただけではわかりません。スイッチの下に「廊下」や「トイレ」と書き込めるスペースがあっても、ほとんどの人が使わないでしょう。それを書き込むためには分解して壁から外し、さらにスイッチ部のカバーを外さなければならず、その労力を考えたら多少不便でもいいかなと思ってしまうからです。

そうやって考えてみると「不便だな」「わかりにくいな」というものは身の回りにたくさんあります。それをどうやったら改善できるか、そう考えるのがゲームニクスです。また、実際にゲームで遊んだら「なんで自分は夢中になっているんだろう」と考えれば、ゲームニクスの思考は身につきます。

すべてのサービスにおいて必要なのは「本当に必要なのは何か」を突き詰めることです。たとえば、開発費が10億で、できることが10個の場合、ハードウェア思考だとその10個を詰め込もうとします。ですが本当にすべきことは、「自分たちのサービスの本質は何か」をとことん突き詰め、本当に必要な5個の機能に絞り込んで、他の機能は捨て去り、必用な機能が気持ちよく使えるようにするために10億の予算を使うのです。これは全てのサービスに言えることだと思います。

ゲームニクスを取り入れた現場において、デザイナーやイラストレーターといったビジュアル表現を行うクリエイターや映像クリエイターはどのようなことを意識すべきでしょうか。

たとえばWEBデザインであれば、一枚の絵として完成されていることが重要なのではなく、動くことを前提にデザインをしていくことが重要です。これは多くのデザインにも言えることです。「レイアウトとして美しい」というのは、お客様ではなくてあなたの自己満足なのです。

映像にしても、これからはTVもインタラクティブになり、触れてどう楽しむかという映像づくりに移っていくと思います。そうなったとき、ゲームニクス的なノウハウを知っているディレクターとそうではない人では大きく差が出ると思います。

最近、海外のゲームに日本の市場が浸食されつつあります。小さい頃から日本のゲームに触れてきた人がクリエイターになってきたからです。今後は、ゲーム以外の分野にも応用されることでしょう。そう考えると、日本の製品がゲームニクスでリードを取れるのはあと数十年かもしれません。 ですが、世界にそういう考え方が広まることは悪いことではありません。ゲームニクスの思考は日本から発信したものだという矜持を持てばいいのです。

受け手側でいる間は楽ですが、クリエイターは今後、さらなるおもてなしを求められていくのですね。

そうですね。たた届けるだけではない、受け取ったらどう返すか、そういうサイクルに入っています。 私は『ビジネスを変える「ゲームニクス」』(日経BP社)にて、「人を夢中にさせるには7つの仕掛けしかない」と提唱しています。自分たちのサービスはどれに当てはまるか、それが理解できればゲームクリエイターだけでなく、あらゆる分野で応用が利きます。世の中にはこの仕掛けがまだまだ足りません。クリエイターが率先してやっていかなければならないのです。

クリエイションの中に「おもてなし」という考え方が入っていれば世界で勝負できる

現在進めているというAIのプロジェクトについても教えてください。

ゲームのクリエイションは年を取るととてもキツイ仕事です。そこでゲームクリエイターがゲームから離れて働けるメディアとして、ゲームニクスの応⽤を進め、すでに多数の実績としての結果も出てきていますので、今は引き継ぎの段階にきていると感じています。そこで、私自身は2年前からAIのプロジェクトをはじめました。

簡単に説明しますと、私の考えたAIは質問を投げると結果が返ってくる仕組みで、ニューロンは1つだけです。そのため非常に軽く、答えが導き出されるまでのログが全部残り、分析がしやすいのです。今スタンダードなAIは分岐から答えを導き出すので、容量が大きく、どのような計算がされたのかわかりません。しかもこのアーキテクチャ自体は1960~70年代から変わっていないのです。

実はこのAIもゲームクリエイターの発想からきています。容量が限らてれいる中でいかに軽く計算するか。ゲームでは当たり前の試行錯誤が活きています。 私はITの分野においても日本に頑張ってほしいと思っています。日本はゲームで世界を獲りましたが、しかしITというジャンルでは海外企業にやられっぱなしです。日本初のIT機関サービスで世界に勝負したい。そうと思って始めたのがこのAIプロジェクトなのです。

日本はソフトウェアに民族的な価値を持っている国です。ゲームクリエイターの発想から派生した私のAIの技術も、ひいては日本人的なビジネスを世界に知ってもらうきっかけになればいいと思っています。

お話をうかがっていると、サイトウ・アキヒロさんがこれからの日本のためにやっていること、それ自体が「おもてなし」ではないかと感じました。

そうかもしれません。日本発のさまざまなクリエイションの中に「おもてなし」という考え方が入っていれば世界で勝負できると思います。それがインタラクティブ(双方向)なメディアであればなおさらです。どんなサービスであろうとゲームニクスを取り入れてプロダクトを作れば、日本の製品・サービスはどんな時代でも世界に受け入れられることでしょう。その流れのなかで、「日本人らしい」クリエイティブをもっと追及していけると思います。

取材日:2018年2月15日 ライター:みかめ ゆきよみ

サイトウ・アキヒロ氏 亜細亜大学 都市創造学部 教授

多摩美術大学在学中よりCMディレクターやアニメ・プロデューサーとして活動しながら、ファミコンの初期から任天堂を中心にゲーム・クリエーターとしても活動を開始。以後、最近まで多数のゲーム制作を指揮する。現在は、ゲームにおける「人を夢中にさせるノウハウ」の他分野での活用を提唱し、これを「ゲームニクス」と命名して実践している。その実践例は、カーナビや教具、スマートフォン用アプリなど多岐に渡る。著書に『ゲームニクスとは何か―日本発、世界基準のものづくり法則』、 『ビジネスを変える「ゲームニクス」』などがある。

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