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CREATIVEクリエイティブ好奇心

海原修平さんの選択~上海で活動する~

vol.16
フォトグラファー 海原修平さん
海原修平さん、50歳、フォトグラファー。2003年から活動拠点を東京から上海に移して活動している。経済の力学から考えれば、あれほどの発展をしている中国の最大の国際都市なのだから、そこで活躍する日本人写真家がいてもなんの不思議もない。 ただ、実際にそういう人の存在を耳にすると、やっぱりかなり好奇心を刺激される。「よく決心しましたね」と聞いてみたいけど、実は、何がどう大変なのかもよくわからない。上海って、いいところ?中国で仕事をすると、どんな難問があるの?――聞きたいことのオンパレードです。 チャンスがあればアメリカやヨーロッパで仕事をしてみたいと考えるのとまったく同様に、中国に可能性を感じているクリエイターは多いと思う。もちろんそんなことに興味のない方にとっても、あの中国で、あの上海で、実際に仕事をこなしている方の生の声は十分に楽しめるドキュメンタリーです。 自慢じゃないけど海外取材の予算はないので、メール取材でお答えいただきました。海原さん、貴重な情報ありがとうございます。
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<取材協力者> 海原修平さん~1956年岡山県生まれ。1977年九州造形短期大学写真学科卒業後スタジオ勤務の後写真家助手を経て83年にフリーランスとして独立。94年からアジアでの撮影が増え96年から上海に通い始める。97年に新宿オリンパスギャラリーにて写真展「老上海」を開催。2003年に上海事務所を設立し、現地や日本の広告写真及び日本の雑誌撮影を中心に活動を開始。作家活動としては、上海の夜をテーマにした作品を撮影している。現在は、スチル、ムービー撮影に関する日本の窓口として高い評価を受けている上海のクリエイター集団「751文化研究所」に所属

拠点を海外に移すということは、日本でのクライアントを失う こと。2年くらいは食えないだろうと覚悟した上での決定です。

上海に移ることになったきっかけは?

海原氏の事務所の窓から見た風景。手前にはまだ古い建物が残っている

海原氏の事務所の窓から見た風景。手前にはまだ古い建物が残っている

上海に初めて来たのは、95年の1月。ある雑誌の創刊号の特集取材が目的でした。97年の香港返還後は、上海がビジネスの中心地になるだろうという予測のもとに現地の日系企業を10 社ほど取材しました。仕事の最終日に5時間ほどフリーになった時に出会ったのが、旧城内といわれている、上海で一番中国らしい地域。この地区を数年かけて全部取り壊し再開発する計画があると聞き、「この地区全部を記録しようと」思いたちました。その年の5月に、ロケハンのために再訪問。その後、2000年までの間に20数回上海に通い、写真展や雑誌に上海を発表しました。その後も親しい友人(中国人)がいたため時々遊びに来ていましたが、そろそろ人生の後半をどのように生きていくかを考えてもいて、2003年、こちらに拠点を移すことを決意しました。

簡単に決心できましたか?

いくら東京と上海が近いとはいえ、軸足を決めなければ両方ダメになるのは目に見えています。ですから、当時の日本の業界の状況やこれからの自分の生き方などをシミュレーションしながら1年ほどは悩みました。決心できたのは、拠点を置くまえから何度か現地で仕事をして好感触を得たからだったと思います。

シミュレーションとは?

人生の後半をどう過ごすかということに関してですね。まぁ、私の場合は独身ですからその辺は自由で良かったです(笑)。ポイントは、上海と日本のどちらが楽しく過ごせるかということ。そして、圧倒的に上海に魅力を感じるという結論にいたったのです。もちろん、拠点を海外に移すということは、今までの日本でのクライアントを失うことを意味する。2年くらいは食えないだろうという覚悟は、固めた上での決心です

こちらでは、不動産物件探しなどで、コネの有無が大きく影響します。 家賃の値決めなんて、それ次第で雲泥の差になってきます。

上海にはどんなイメージがありましたか?実際に住んでみてそのイメージは?

海原氏が上海に通い始めた1996年の浦東

海原氏が上海に通い始めた1996年の浦東

私の場合、拠点を作る7年前から上海に通っていたし、中国人の親しい友人もいたので住む前のイメージと実際に住んでみての感触にそんなに大きなブレはありませんでした。上海のTV塔ができたのが、たしか94年だったと思いますが、95年の上海は東京タワーができた数年後の日本を見るようでした。「なつかしい」というのが第一印象だった。上海は租界があった街なので、いろいろな国の文化が入り交じっているのがいいですね。とても気に入っています。 余談になりますが、日本も高度成長期にはとても活気があったのを覚えています。たまに日本に帰ると、電車の中や街を歩いている人の表情がとても暗いので心配になります。

どうして上海でしたか?

中国に活動の場を求める海外のクリエイターにとって、北京と上海のどちらを選ぶかというのはとても大きな問題だと思います。私の場合、最初から北京にはまったく興味はありませんでした。もちろん行ったことはありますが、整然とした都市より雑然とした街の方が好きな私には上海の方が明らかに魅力的です。私の場合、その上に、上海を撮り続けていたということが大きい。もし私の仕事が映画関係だったら、間違いなく北京を選んだと思います

移るにあたっての障害は?

障害と思うようなことはほぼありませんでした。拠点作りでもっともの苦労したのは、事務所の確保ですね。上海には貸しスタジオがないに等しいので、カメラマンは自前のスタジオを持つことが必須。条件に合う物件を探したのですが、天井の高いマンションが少なくてとても苦労しました。こちらでは、不動産物件探しなどで、コネの有無が大きく影響します。家賃の値決めなんて、それ次第で雲泥の差になってきます。話には聞いていましたが、信頼できる現地の人とコネクションがないと、何もできない社会なのだと痛感しました。

上海で仕事をすることの大変さ

まず一番は言語ですね。英語はあまり通じません。私の場合、日本と上海で音楽活動していた友人が引退してマネージャーになってくれたので、とても助かりました。彼女は日本のシステムもこちらのシステムも両方理解しているので、本当に心強いパートナーです。心得としては、極端にいうとすべてが日本の逆だと思っていていいです。たとえば、こちらでは、はっきりものを言わないと何も伝わらない。仕事の前に支払い条件まできちんと決める。大きな仕事は、契約書を交わすことが必須。仕事の前に前金として半額もらうこともあります。また、入金が遅いことがよくあります。理由はよくわかりませんが、こちらの会社の経理は支払いを遅らせると、「優秀な経理だ」と評価されるらしいのです(笑)。 日系のクライアントや代理店でも、実際の現場では中国人スタッフと仕事をすることになります。日本人スタッフと中国人スタッフの最大の相違点は、中国の人たちは段取りを組まないということ。仕事のやり方がまったく違います。スケジュールなんて、ころころ変わる。行き当たりばったりというやつで、日本のシステムに拘泥しているとストレスを溜めるばかりになります。私は、毎日が海外ロケだと思って臨機応変に対処している。今のところ、それが唯一の対処法です。

実際に体験したトラブル

あるタレントの広告写真で予定されていた撮影日の前日に、突然「今から撮影してくれ」 と電話が入りスタジオに向かったことがあります。これは、キャスティング事務所のスケジュール管理のミスでした(笑)。

上海で暮らしていくためのコツは?

こちらでは、本音を出しやすいので私にとっては楽なのかも知れません。日本と違って物事すべてストレートですから、ストレートに返せる人は楽でしょうね。

言葉に関して

中国語に関しては、今でも正直あまりしゃべれません。言葉に関しては、マネージャー頼りと言っていいですね。上海は上海語ですが、当然北京語も通じます。しかし、上海人同士はやはり上海語で話をしています。これが、どれくらい違うかというと北京の大学で標準語を勉強した人が上海に来ると何を言っているのかわからないらしいですから、まったく違う言語と思った方がいいようです。 現在、私の事務所は「751文化研究所」というファクトリーに籍を置いています。ここは、日本人、中国人、韓国人など6社が560平米のオフィスを共有している事務所です。この中では英語、日本語、韓国語、中国語が飛び交っています。英語を話せる中国人もいることはいますが、この国ではほとんど通用しないと思った方がいいかも知れません。ただ、海外から来ている人たちの共通言語は英語だと思います。 ちなみに、こちらでの交渉ごとは私たち外国人が出ていくより中国人同士で交渉した方がうまく事が運びます

3泊4日の遊びを兼ねて視察する程度では不十分。 最低でも2週間は現地を見続けることをお勧めします。

商習慣について

外国人が会社を作る場合は、数10万米ドル(地域や職種によっても違う)が必要なため、多くの外国人は少ない資本金で会社を作る方法として中国人の名義を借りて会社を起こしています。しかし、本当に信用できる相手を選ばないと問題も多いようです。当たり前ですが、この国の事情を何も知らないで起業するのは危険ですね。 よく、日本人は騙されやすいと言われますが、本当にそうです(笑)。この国(他の国も同じ)では、性善説はまったく通用しないと思った方がいい。また、仕事をする上で契約書を交わすのが基本。日本のように慣例で仕事はできないと思った方がいいと思います。 ※資本金については、現在は少し安くなっているかも知れません。この国の制度はころころ変わるので(笑)、実情を把握するのが大変です。

ファッションの撮影風景

ファッションの撮影風景

将来のビジョンについて

「中国に骨を埋める覚悟ですか」と、この前もTV番組で聞かれました。これは正直わかりません。しかし、できる限り住んでみようと思っています。私の場合、仕事のための上海ではなく作品制作のための上海という意識が強いからです。95年に初めて上海に来た時からの移り変わりだけで見ても、この街は大変な変化をとげています。私の予想では、近い将来アジア最大の都市になるだろうと思っています。

アドバイス

2年くらい前から、上海に会社を設立したいという方にお会いする機会が増えてきました。日本の良いものをそのまま持ってくれば仕事ができると思っている方や、すぐに利益を出そう、または出せると思っている方が多いのに驚きます。メディアから仕入れた情報を鵜呑みにしている方が多いようにも感じます。すべてを間違いと否定するつもりはありませんが、頭での理解と実際の体験は違うということだけは念頭に置いた方がいいと思う。クリエイターが中国で仕事をするための下調べとしては、3泊4日の遊びを兼ねて1日に数時間会社を視察する程度では不十分だと思います。最低でも2週間は朝から晩まで現地を見続けることをお勧めします。この国における、この業界は、まだまだ発展途上の初期段階です。発展途上ならではの魅力もあるし、同時に困難も待ち受けている。それをすべて楽しめるような人になら、上海はとても面白い場所だと言えます。

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