いよいよ、この夏開催。世界的な注目を浴びる芸術祭――『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009』に注目せよ。

Vol.49
大地の芸術祭 越後妻有(えちごつまり)アートトリエンナーレ2009 総合ディレクター 北川フラムさん
『大地の芸術祭 越後妻有(えちごつまり)アートトリエンナーレ2009』(以下、『大地の芸術祭』)は、越後妻有地域(新潟県十日町市+津南町)の里山を舞台に3年に1度開催される世界最大の国際芸術祭。地域に内在するさまざまな価値をアートを媒介として掘り起こし、その魅力を高め、世界に発信し、地域再生の道筋を築いていくことを目指す「越後妻有アートネックレス整備事業」の成果の3年ごとの発表の場として、2000年に第1回が開催された。その後2003年、2006年と回を重ね、今年2009年7月~9月に第4回が開催される。 村を、畑を、民家をギャラリーとしてアートを展示するダイナミックな企画は、文字通り世界のアートシーンに大きな波紋を投げかけた。クリスチャン・ボルタンスキーやイリヤ&エミリア・カバコフ夫妻といった当代随一のアーティストが率先して参加し、回を追うごとに注目度を増している。 また、越後妻有におけるアートを媒介とした地域・世代・ジャンルを超えた人々の協働による新たな地域づくりのあり方は、「ふるさとイベント大賞(総務大臣表彰)」、「東京クリエイション大賞」、「地域づくり総務大臣表彰」など美術の枠組みを越えた評価も獲得。文化芸術による創造都市(クリエイティブ・シティ)が関心を呼ぶ中、越後妻有での地域づくりは、徳島、茨城、新潟市、大阪、瀬戸内など全国のさまざまな地域づくりに影響を与えていると言う。 『大地の芸術祭 2009』開催に先立ち、総合ディレクターである北川フラムさんにお話をうかがった。

<告知> 『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009』開催概要

草間彌生 「花咲ける妻有」

草間彌生
「花咲ける妻有」

イリヤ&エミリア・カバコフ 「棚田」

イリヤ&エミリア・カバコフ
「棚田」

カサグランデ&リンタラ建築事務所 「ポチョムキン」

カサグランデ&リンタラ建築事務所
「ポチョムキン」

 

会期 2009. 7/26 Sun.→ 9/13 Sun. 開催地 越後妻有地域[新潟県十日町市、津南町] 主催 大地の芸術祭実行委員会 共催 NPO法人:越後妻有里山協働機構 実行委員長:関口芳史(十日町市長) 名誉実行委員長:泉田裕彦(新潟県知事) 副実行委員長:小林三喜男(津南町長) 総合プロデューサー:福武總一郎 総合ディレクター:北川フラム アートアドバイザー:トニー・ボンド、トム・フィンケルパール、ウルリッヒ・シュナイダー、入澤美時、入澤ユカ中原佑介 他 パスポート 一般前売3000円、当日3500円 大学・シルバー前売2000円、当日2500円 小中高前売 500円、当日 800円 アート作品数 38の国と地域のアーティストによる約350作品(うち新作約200点)

大地の芸術祭2009秋版 2009.10/3 Sat →11/23 Mon 09年作品鑑賞パスポート発売中! 詳しくは、公式HP(http://www.echigo-tsumari.jp)参照。

『大地の芸術祭』は、 「最新を、最大に、最短で」との20世紀の理想の“効率”からは 対局にある手法で開催される美術祭

<取材協力者> 北川フラムさん 『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』総合ディレクター。 東京芸術大学美術学部卒業。 株式会社アートフロントギャラリー代表。女子美術大学芸術学科教授。京都精華大学客員教授。新潟市美術館館長。地中美術館総合ディレクター。

<取材協力者>
北川フラムさん
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』総合ディレクター。 東京芸術大学美術学部卒業。 株式会社アートフロントギャラリー代表。女子美術大学芸術学科教授。京都精華大学客員教授。新潟市美術館館長。地中美術館総合ディレクター。

世界でも類をみない規模と質をもった『大地の芸術祭』は、“新しい芸術祭のモデル”として、海外の多くのメディアでも紹介され、国を越えて高い評価を得ている。アートによる独特な地域づくりの手法は、「妻有方式」として海外でも大きな関心を呼び、欧米、アジアのキュレーターや美術関係者、自治体の視察、国際会議、シンポジウムで取り上げられている。

【北川さんのお話】 20世紀のアートは、「世界中のどこででも、見られる」を理想として発展しました。ニューヨークにも、パリにも、東京にも最新のアートを展示するギャラリーが数多くあるのは、そのためです。ところが、「20世紀の理想」が画一化を生み、アートの都市化につながり土地の伝統から乖離した作品を多数生み出してきた側面に、いつしか人は疲れ果てていたのですね。 『大地の芸術祭』は、「最新を、最大に、最短で」との20世紀の理想の“効率”からは対局にある手法で開催される芸術祭です。 やってみると、目だけではなく、頭だけではなく、五感で感じるアート、五感でする体験がこれほど人の心を「開く」のだとわかりました。これまで、誰も気づいていなかったアートの可能性について、多くの人が驚きとともに、気づいたのです。

日本のサポーターには、明らかに、 「失われた、田舎体験」を求めて参加し、 リピーターになった方が多くいらっしゃいます。

『大地の芸術祭』は個人のアーティストだけでなく、世界各国の文化芸術機関が参加し、ワークショップやアートプロジェクトを開催、国境を越えた協働が展開されている。第3回『大地の芸術祭』では、香港大学の学生15人が2週間にわたって制作ボランティアとして参加し、オーストラリアのアジアリンクは、アーティストとキュレーターを派遣し、長期にわたって越後妻有でレジデンシープログラムを展開、フランスのパレ・ド・トーキョーは、廃校を舞台に4組のアーティストによる展覧会を開催。イギリスのグライズデール・アーツは、「7人の侍」ならぬ「7人のアーティスト」を送り、山深い星峠集落を活性化すべく1カ月以上滞在してプロジェクトを行い、その成果をリバプール・ビエンナーレで発表。2007年春には、集落の農民がグライスデールに招待され、農業指導や料理ワークショップを行い、現在もその交流は続いている。

スー・ぺドレー「はぜ」

スー・ぺドレー「はぜ」

スー・ぺドレー「はぜ」 地元の方とサポーター「こへび隊」が協働する

スー・ぺドレー「はぜ」
地元の方とサポーター「こへび隊」が協働する

 

【北川さんのお話】 『大地の芸術祭』は、「サポーター」と呼ばれる多くの協力者、参加者の支援によって成り立っています。私たちは、サポーターをあえて組織せず、特別のルールも設けずに自由参加としています。香港大学の学生たちも、そんなサポーターに数えられます。 サポーターのみなさんは、世界に類をみない方式の芸術祭に参加し、つくりあげることを心から楽しんでいらっしゃるようです。その自由さ、尊さがこそがこのイベントの活力と思うからこそ、私たちは、決して囲い込みたくはないと思うのです。 日本のサポーターには、明らかに、「失われた、田舎体験」を求めて参加し、リピーターになった方が多くいらしゃいます。それは、日本政府の思慮の浅い、農村をうち捨てる政策に、疲れ果てた都市生活者が静かに抵抗しはじめているようにも見えます。 いずれにしろ、私たちは、そのような現象を心から喜んでいます。「アートはわかりづらい」とされる傾向は世界的なもので、そのような敷居の高さが、このような手法で、サポーター個々に、鑑賞者個々に、「素晴らしいアート体験」として伝播し、「心が開いていく」ことで乗り越えられていくのは素晴らしいことです。

私見ですが、クリスチャン・ボルタンスキーは、 ここに出品するようになってから、 明らかに作風が明るくなりました(笑)

クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン 「最後の教室」

クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン 「最後の教室」

20世紀の都市の美術のもとで、都市が病み、美術が暗く、孤立的になり、本来もっていた場所と人、人と人を明るくつなぐ力を失っていったのに対し、越後妻有では、アーティストたちは、里山の生活と自然のなかで、美術が失いかけていた連帯、協働といった喜びを見出しているようだ。 大地の芸術祭では、山と川、棚田と美しい集落の点在する広大な地域に、毎回、多くの作品が展開されてきた。作品を1箇所に集中的に展示するのではなく、200の集落をベースに作品を散在させ、現代の合理化、効率化の対極として、「徹底的な非効率化」とまで呼ばれる手法を確立している。

【北川さんのお話】 クリスチャン・ボルタンスキーは誰もが認める、世界的なアーティスト。そんな彼が、ここまで3回連続で出品していることで、アーティストの間での『大地の芸術祭』の評価はわかるはずです。 農村を舞台に、これほど大規模に、美術館やギャラリーを飛び出しておこなわれる芸術祭は、世界的に見てもまったく類を見ないものなのです。加えて、展示された作品の約1/4は、当初予定の50日間を過ぎても撤去されず、以来、常設作品として現地に残っています。地元民とサポーターが、「残したい」と考え、そこに発生する手間を引き受けてくれるから実現することで、ボルタンスキーなどはそれを心から喜んでいるのです。私見ですが、彼は、ここに出品するようになってから、明らかに作風が「明るく」なりました(笑)。

愛着こそが、効率とは対極の貴重な感情なのだと、 私自身もこの体験を通して気づいたことなのです。

人類にとってアートは、「赤ちゃんだ」と語る北川さんは、自ら生み出した『大地の芸術祭』も子供と受け止め、親の責任として今後を見守り、育てていく決意だと言う。

東京でのサポーター会議の様子

東京でのサポーター会議の様子

【北川さんのお話】 親はいずれ、子供に「しかと」されるようになるものです(笑)。そんなことは覚悟の上で、無償の愛を注ぐのが親の務めと思っています。 幸いにしてこれまでの3回の開催で、『大地の芸術祭』は行政からの予算をほとんど要しない自立的な運営が可能となりました。鑑賞者の7割がリピーターで、回ごとに3割の増加を見せている。海外での評判は強く定着し、今回は、ツアーなどでの海外からの来場者がかなり増える見込みになっています。来場すれば最低1泊2日は必要で、全作品を鑑賞しようと思えば数週間を要する大変なイベントに、これほどのファンが生まれるとは、正直、私自身の想像も超え始めています。 地元の住民のほとんどは、いまだに「私しゃ、芸術なんてわからない」と言う。でも、イベントは心から楽しんでいる。サポーターだって、事務局スタッフだって、「アートがわかって」参加している人なんて、ほとんどいない。でも、それでいいのです。それでも楽しい、アートは楽しいという体験こそが、『大地の芸術祭』が世に示した重大事なのです。 だいたい、『大地の芸術祭』なんて、ダサい名前でしょう(笑)。それでも、愛着がある。愛着こそが、効率とは対局の貴重な感情なのだと、私自身もこの体験を通じて気づいたことなのです。

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