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CREATIVEクリエイティブ好奇心

伝説のソフトウェア開発者インタビュー~テグレット技術開発の野手正之さん、かく語りき~

Vol.51
株式会社テグレット技術開発 代表取締役 野手正之さん
『直子の代筆』という、自動文書作成アプリケーションをご存じだろうか。礼状、詫び文などのジャンルを選べば、後はソフトが発する質問に答えるだけでハイレベルな例文が完成。ネットに公開されている作成機能は、ビジネスマンたちに密かに重用されていて、得意先とのやりとりをほとんど「代筆」で賄うという強者もいる!

『直子の代筆』がネットで利用できるようになったのは、1996年。パッケージソフトとしては1987年にリリースされるや記録的なヒットとなり、大手PCメーカー/ワープロのバンドルソフトにも採用されていたビッグタイトルが、エンジンのみとはいえ無料利用できるようになったのはちょっとした事件だった。
『直子の代筆』を開発したのも、公開したのも、張本人は株式会社テグレット技術開発(以下、テグレット)であり、オーナー社長の野手正之さん。
1996年の公開の裏には何があったのか? テグレットはどこに向かっているのか? 野手さんにうかがうお話のあちこちから、ソフトウェア開発、ソフトウェアビジネスの最前線の様子が読み取れた。
パッケージソフトで一時代を築き、伝説をつくり、この先さらに大きな一時代を築こうとしている開発者の生の声に注目!

物理学者めざして予備校の講師をしていた。
遊び心で『直子の代筆』をプログラムした。

『直子の代筆』は、仕事の合間に、趣味で、独学で、おふざけで組んだプログラムです。きっかけは、論文作成用にMS-DOSのパソコンを購入したこと。論文書類の整理をしたくて、独学でプログラムを組むようになりました。
その勢いで、組んだのが『直子の代筆』。開発コンセプトは、「使った人がびっくりするようなものをつくってやれ」(笑)。まだパソコン黎明期ですから、質問に答えるだけで文書ができる機能を提供したらユーザーはびっくりして、喜ぶと考えました。
やるならちゃんとやるべきと考え、リリースのために会社もつくった。すると、思いの外評判となり、かなりのヒット商品に育った。
真面目に予備校講師で生計を立て、真面目に物理学者をめざしていた人生でしたが、そこで思い切って舵を切りました。物理学の世界はノーベル賞でも獲らなければ社会に役立てない、気の長い世界。一旦ビジネスに専念して、お金がたまってから好きなことをしても遅くない。そんな風に、自分に言い聞かせました(笑)。

「おもしろ、おかしく」を忘れては、テグレットではない。
そこに気づいた、第2の創業。

『直子の代筆』以来、テグレットの開発の基本方針は、「おもしろ、おかしく」。それは、今もまったく変りません。
つづいてリリースした、当時としては類のない機能を満載したデータベースソフトの『知子の情報』も、大反響を得て、大ヒットしました。ヒットはするんですが、ユーザーとの間には軋轢が生まれることさえあった。なにしろ我が社の“芸風”は独特で、取扱説明書ひとつをとっても、まあ、「ふざけている」と受け止める方がいても不思議のないものでした(笑)。実際、「ちゃんとした取説が入ってなかったから、送れ」というユーザーからの連絡は定期的にきていましたから。
そしてある時、危機感をいだきました。お客様からの声は、きわめて神聖です。力があります。商品が売れ、多くの顧客からの“真面目な取説”を望む声を聞いているうち、僕も、スタッフも、「もう少し真面目にすべきかも」と思うようになっていたのです。
そこで気づきました、「真面目になったら、我々の存在意義が消える」。いかに心を入れ替えて真面目にやっても、それはそれで批判されるんだと気づいた。いや、それはさておき(笑)、つくる側がおもしろがっていなくては、テグレットならではのものは生み出せなくなると思ったのです。「我々のつくるものは、わかってくれる方だけに使っていただければいい」――それを再認識した時が、第2の創業と言えるのだと思います。

1996年、インターネットへの進出を決意。
それでも、3年立ち後れた。

大転換は、インターネットです。僕たちは1996年に方針を固め、接続技術まで自社開発する取り組みを始めましたが、それでも3年立ち後れたと感じています。
余談になりますが、3年遅れましたが、それでもパッケージソフトの会社としては見事な転身、転換をしたケースと思っています。それまでパッケージソフトの開発を生業(なりわい)にしていた他社さんは、例外なく、僕たち同様、インターネットに進出すべきか否かで悩んだはずですし、結果的にほとんどが無視する決定をくだしました。だって、1990年後半の当時は、まだパッケージをリリースするスタイルで十分にやっていけてましたから。わざわざリスクを冒して不確定な分野に手を出す必要はないと考えても、なんの不思議もなかったのです。結果的に、不確定が主流になる速度が想像をはるかに超えていたため、その判断が致命傷となった会社が多かったようですが。
1996年にインターネットへの取り組みを始めると同時に、直子の代筆』の文書作成エンジンをネットに公開し、無料使用できるようにしました。そして、ネグレットがネットで何をすべきかを毎日真剣に考える日々を送りました。

1999年、ユーザーの分身が、勝手に旅をする『美穂の旅』発表。
同時に、パッケージソフトから撤退。

そして、1999年『美穂の旅』を発表しました。それを契機に、パッケージソフトからは完全撤退しました。
『美穂の旅』は、登録ユーザーの分身が、ユーザーではなく分身の意思で世界中を旅行します。分身は旅行先での体験や旅先で撮影した写真を、ユーザーにメールで送ります。同時に分身は旅行記(アルバム)も作成し、ユーザーは好きなときにWeb上でそれを見ることができる。分身は旅の中で様々な出会いを体験し、それをきっかけとしてユーザー同士がメールのやり取りができるようになります。
ユーザーは、すべて無料で利用できます。サービスは、広告収入で成り立っています。
『美穂の旅』は、100万人の会員を擁するサービスに育ちました。オフ会は年ごとに盛況となり、このサービスを通しての出会いで結婚に至ったカップルも何十組もいます。会社としての「おもしろがり」が止まらず、『非まじめ旅行社』、『孤独の旅』なんていうふざけたWeb上企画も真剣に育てています。
それまで僕たちは、「パソコンの中で何ができるか」を考え、パッケージソフトを開発していました。ところが、インターネットという課題を前にしてものを考えるようになった瞬間、世界中の回線接続者と一気につながったのです。出てくるアイデアのスケールも、おもしろさも桁違いでした。

開発費、1億円。
失敗のリスクがあるからこそ、おもしろがらなければならない。

『美穂の旅』には、累計で1億円以上の資金をつぎ込みました。けっして大きい会社ではないので、損失となればかなり「痛い」です。だからこそ、開発そのものを楽しまなければいけない。「損をした上に苦痛だった」より、「損をしたけどおもしろかった」の方が勝る。それが、僕たちの思考です。
約10年、優秀な技術者がおもしろがって取り組んだ結果、インターネット技術にもいくつもの独自技術を蓄積できています。でも、それをそのまま、「これはこれくらい凄いです」と出すのはテグレットらしくない。だから、当社サイトのどこを見ても、一目で凄そうと思える技術なんて見えないはずです(笑)。

座右の銘は、「革命を起こすのは、素人だ」。
勘違いの底力を信じる。

<取材対象者> 野手正之さん 株式会社テグレット技術開発 代表取締役 ●『直子の代筆』、『知子の情報』、『美穂の旅』など、ユニークで他にないソフトウェアを生み出し、世に送り出している企画者であり、プログラマー。 【テグレット/コーポレートサイト】 http://www.teglet.co.jp/

<取材対象者>
野手正之さん
株式会社テグレット技術開発
代表取締役
●『直子の代筆』、『知子の情報』、『美穂の旅』など、ユニークで他にないソフトウェアを生み出し、世に送り出している企画者であり、プログラマー。
【テグレット/コーポレートサイト】
http://www.teglet.co.jp/

僕がスタッフに強く言い聞かせているのは、「絶対に、人まねはするな」。人まねしないから、失敗のリスクはかなり大きい。でも失敗は恐れず、失敗した時のためにちゃんとおもしろがる。そういう姿勢でなければ、社会現象となるようなプログラムもサービスも生み出せません。 「人まねしない」はまた、ほぼ「勘違い」と同義語です。僕は、勘違いの底力を信じる者です。座右の銘は、「革命を起こすのは、素人だ」。 たとえば、ライト兄弟は素人が革命を起こしたお手本と思います。街の自転車屋さんだったライト兄弟は、科学者があれこれ理論を考察している間隙を縫って、勘違いして突っ走って、空を飛ぶ道具をつくってみせました。 今、テグレットがめざしているのも、壮大なる勘違い。そして、勘違いから生まれた社会現象クラスの大成功です。『直子の代筆』も『美穂の旅』も、成功はしましたが中くらいです。この会社が、このスタッフが、インターネットに進出したからには社会現象を起こさずに終わるのだけはいやだ。そんなつもりで、毎日をおもしろがっています。 (2009年6月19日 テグレット技術開発/会議室にて)

実績も、人物像も、徹底的にオリジナリティに満ちた方でした。野手さんは。
趣味でつくったプログラムが、パッケージソフトとして記録的なヒットになる。そんな、パソコン黎明期の伝説の中にいる人だけど、この先の未来もしっかりと見通している。
柔らかいけど鋭い語り口で、聞いたこともないような考えをサラッと言ってのける人が目の前にいる。インタビューは、最初から最後まで、そういう刺激に満ちあふれていました。
そんな野手さんが、クリステ読者のみなさんにエールを送ってくれました。最後に、記します。

「アイデアなんて、1人で考えればいくらでもわいてくるし、巨大企業を打ち負かすアイデアというものは、必ず1人の人が考えたものです。『そんなの、できるわけないよ』と言われても、やめないでください。時間の限り考えていれば、必ずなにか出てきます。大切なのは、それが楽しいかどうかですよ。ぜひ、楽しんでください」

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