新しい機材と時代の変化

番長プロデューサーの世直しコラムVol.31
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
キヤノンのカメラにEOS5D Mark2というモデルがある。 デジタル一眼レフのスチルカメラで、ちょっとお金持ちの「写真が趣味です」というおじさんが持っていることが多い。プロが使うほど高価ではないが、そんなに安い物でもありません。宣伝文句には、「ハイエンドアマチュアがターゲット」。なんとも都合のいいカテゴリーである。 実は、デジタルカメラの写真のクオリティ、画素数は、長い間フィルムのクオリティにかなわないでいました。 それが、3年前に発売されたEOS5Dでフィルムクオリティでの撮影が可能になり、今年発売のMark2でさらに進化した。デジタル一眼レフスチルとしては、相当な実力をもったカメラです。 この5D Mark2には、驚くべきことに、動画が撮影できる機能が付いていました。しかも、HDのフルサイズで。 細かく書くとデータの圧縮やなんやかんやで難しくなっちゃうから書きませんが、早い話がフルハイビジョンのムービーが一眼レフカメラで撮影できる。そんな状況が生まれてしまったわけです。 写真が趣味のお金持ちのおじさんたちが「動画の機能なんていらねえ」と、そっぽを向いちゃうような動画撮影機能。 そこに、プロの制作スタッフたちが意外なほど食いついた。 「これって使えるんじゃないの?」と。 そして、実際にプロモーションビデオやテレビCMの世界で使われ出してしまったのです。 これまでの、フィルムを使ったムービーカメラは、複雑な構造でメンテナンスも難しく、しかも1台数千万円台の値段で、個人が購入するなんてことはあり得ない代物(しろもの)でした。当然1日のレンタル費用もボディだけで十数万円、レンズや付属品も含めると1日借りて50万円を超えることもざらです。 フィルム代も馬鹿にならない。400feetのムービーフィルムは1本数万円もするのに、撮影できるのは4分程度。 テレビのスタッフが使うHDのビデオカメラでも、1,000万円はくだらない。サングラスメーカー/オークリーの創業者が立ち上げ、すごいカメラをつくったと話題のデジタルのムービーカメラ「RED ONE」。これだって、めちゃくちゃ安くて画質もいいと言われながら、本体で200万円くらいします。 それに比べて、EOS5D Mark2はボディ価格は30万円くらい。機材レンタルで借りれば、1日15,000円程度で済んでしまう。 では、肝心の画像のクオリティや編集でのワークフローはどうなんだろう? これまた、細かいことを言い出すときりはないが、扱い方を間違わなければ、はっきり言って他のカメラで撮影された画像と比較しても遜色はない。むしろ、スチルっぽい、ピントの来てない部分のボケ方が写真っぽい面白い映像が撮影できたりします。 全編このカメラで撮影された映像が使われた、キヤノンの企業CMがあります。黄色い菜の花の中を走る真っ赤な電車の画(え)が印象的です。フマキラーの「コバエ激取れ」という商品のCMは、ファッション写真のような表現だけど殺虫剤という企画と相まって面白みを出している。森永ハイチュウのCMでも、にしきのあきらが出てくるスカパー!のCMでもこのカメラが使われたらしい。 AKB48のプロモーションビデオ「10年櫻」やユニクロのオンラインコンテンツなども、このカメラのクオリティを象徴するような映像のできを見せています。 かくいう私も、最近、自分の仕事で使ってみました。大人気の歌舞伎役者がテレビショッピングのホストをやるという、ネットDVDレンタル会社のCM。カメラマンやライトマンの賛同も必要ですが、これでやって何が悪い? という出来でした。 ワークフローの確立も急務ではありますが。 つまり、写真雑誌に投稿するのが趣味というおじさんが使うようなカメラで、テレビのCMが撮影できるということになってきたのです。 テレビCMの制作現場を取り巻く環境は著しく変化しています。 それは、100年に一度の不況で制作現場が縮小しているというような、わかりやすい図式で語れることばかりではありません。テレビの役割やCMの役割が変化していることを自覚し、受け入れなければいけないところに来ています。 今まで偉そうな顔してテレビで流れていたCMはその役割が低くなっていって、インターネットによる動画サイト、オンラインコンテンツ、携帯電話での動画の視聴といった方向に広がっていくでしょう。今までの既得権益的な予算組みでのCM制作の現場は、なくなって行くんだと思います。 「クルマ」とか「ビール」とかの仕事をいただいて、ギャーっと諸手をあげて喜ぶ時代ではありません。 そうした場合、プロデューサーは誰よりも先にその形態に順応して、新しく出てきた機材、新しく出てきた人間(学生も含む)を効果的に紹介し、起用する役割を担います。 それは近い将来ではなく、もう、今なのです。 できなければ、転職です。まじで。 学生にも、僕らと同じクオリティの殺傷能力のある武器を手にする機会がある。センスのないプロは簡単にアマチュアに取って替わられるでしょう。 Canon EOS5D Mark2の出現や、そこに象徴されることがらは決して一過性のものではなく、いろんなこれからのことを予見しているような気がするのです。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)
~株式会社リフト 第一制作部 チーフプロデューサー~

  • 1968年 佐賀県生まれ、44歳。
  • 1991年 ニッテンアルティ入社(旧 日本天然色映画株式会社)
  • 2000年にプロデューサーに昇格。
  • 2009年 社名がリフトに変更。

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが(日本にはCMプロデューサーと名乗る人が2000人もいるそうです)、自分のケツを自分で拭こうとしているプロデューサーは何人いるでしょうか?矢面に立つのは当たり前だとつっぱって仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。根性論を書いているかと思ったら、意外に現実論者でもあります。

<主なプロデュース作品>

  • AGF ブレンディボトルコーヒー(原田知世さんと子供)
  • 日清食品 焼きそばU.F.O
  • マルコメ 料亭の味
  • リーブ21 企業CM
  • コーセーサロンスタイル 『髪からはじまる物語」行定勲監督Webムービー
  • クレイジーケンバンドPV
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