笠地蔵という昔話がある。

番長プロデューサーの世直しコラムVol.15
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
 

昔々あるところに、とても貧乏な笠職人のじいさんとばあさんが住んでいました。あまりに貧乏で年も越せなさそうな大晦日の日に、「これでは飢えて死んでしまう」と、じいさんは街に笠を売りに出かけました。が、全く売れません。あきらめたじいさんは店をたたんでうちに帰りますが、帰る途中、雪が降ってきました。道ばたにはお地蔵さん。お地蔵さんに雪が積もっちゃかわいそうだとじいさんは売れ残った笠をぜんぶお地蔵さんにかけてあげて、何も持たずにうちに帰りました。ばあさんにその話をして、ばあさんも納得し、お湯でおなかをふくらませて寝てしまいました。年が明けた朝、物音がして外に出てみると笠をかけてあげたお地蔵さんたちが、お礼に、家の前に食べ物や宝物を持ってやってきていました。めでたしめでたし。と。

いつだっただろう?子供の頃この話を聞いて、とても疑問に思ったことがある。なんだこの話は?と。どこがいい話なんだ?何が言いたいんだよ?

まず、思ったことは、じいさんの笠が商品として駄目なんじゃないか?売れない物には売れない理由があるんだろう。かっこわるいとか、ぼろいとか、値段の設定が高いとか。もっと安くて良い物が世間に出回っているとか。 そこを改善しようという気がないから、笠が売れずにいつまでも貧乏で、食う物もなく、ばあさんも泣かしているんだろう。どうやって生きてきたんだろう。昔は売れたんだろうか?とか。

つまり、この話は、市場の調査を怠り、クオリティの低い笠を細々と生産しているが、全く売れず、採算が合わない笠職人がとても貧乏で、ついには食べる物もなくなっちゃったから、困り果てて笠を売りに行ったけど売れず、帰りに天候が悪化し、輸送のコストがかかりそうなので、道ばたに不法に投棄して帰った。帰り道になけなしの金で年末ジャンボ宝くじを一枚だけ買ったら、あら不思議、一等に当選して、「当たれば人生デラックス」になっちゃいましたよ。金持ちになっちゃって、死なずにすんだんです。人間、窮地に陥ってもたまに良いことがあるから捨てたもんじゃございません。

そういう話にしか思えなかったのである。 大人になってからも長い間そういう風に思っていてなんのためにこの話があるのかぜんぜん解っていませんでした。駄目な野郎の話だ。駄目な野郎でも生きていればたまたま良いことがあるかもしれないなあという、甘い話だ。

親に聞いても「苦しい時の神頼みって話だな。わっはっは」とか言うし、先生に聞いても「信じていれば救われるといういい話なんですっ!」って。「そんな都合の良いことが起こるわけないじゃん」みたいなことを言い返したら「なんですかっ!そんな風に物を考えてっ!ひねくれ者!」みたいに逆ギレ気味に怒られるし。

で、最近、何かの拍子に仕事中にこの「笠地蔵」の話になって某有名コピーライターの方にそのまんまの気持ちを伝えて聞いてみました。なんなんですか、この話は?と。そしたらこういう答えが・・・

――日本は、先進国では稀な多神教の国です。ギリシャ人もローマ人も、もともとは多神教で、太陽や風や雷などの自然に神を見いだしていたのが、キリスト教という一神教がすべて排除してしまった。日本では「神社」というカタチで仏教と共存してきたけれど、ご存じの通り、こういう国はレアケースです。なので、日本人は石とか、木とか、そういった「物」の中に命を感じられる先進国としてはレアな民族でもあって、それがキャラクター文化につながっているのだと僕は分析しています。「笠地蔵」の話は、ただの石に見える地蔵の中にも神や命を感じる、そんな日本人の感性を大事にしようねと、そういう話です。貧乏から救う云々は話の本質と全く関係ないので、腹を立てること自体、変ですね。ところで、ヒカルさんの意見だと、クオリティでもマーケティング力でも大資本に勝てない零細業者は自業自得ということになりますが、それはアメリカのグローバリズム戦略に乗せられた発想です。これまで政府は、民間業者を保護してきたのが、そういうアメリカ的弱肉強食発想に方針を転換したことで、結果的に年間何万人もの自殺者を生み出しています。 「地蔵」のおかげで、この老夫婦は自殺しないで冬を越せたのです―― あらまあ、そうだったんですね。納得。 こういうことをちゃんと説明してくれる大人がいたら僕も不良にならなかったのになあ。嘘だけど。でも、子供の時にこういう答えを聞いてみたかったんですけどね。とにかく反省したのを覚えています。「底の浅い男だ、俺は」と。

これまた最近、某有名CM演出家の人に、 「お前の論理は強者の論理だ。これからお前が解らなきゃいけないことは、弱い人でも、何も出来ない人でも、誰でも幸せになりたいと思って暮らしているということだ」と言われたことがあります。あわててここのコラムを読み返したりしました。

ショックでした。そんなことも解っていないのか?俺は。 甘いのは俺なのか?また反省してしまいました。 この話に笠地蔵の話は似ている。

また一歩大人になった30代最後の春でございました。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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