桃さんのしあわせ

ミニ・シネマ・パラダイスVol.4
ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂
「桃さんのしあわせ」

上映時間を5分過ぎていて、駆け込むようにチケットをもぎってもらい、 既に暗くなったシアターに入りました。まだ予告編、間に合って良かったとホッと一息したところで、周りを見渡してドッキリ、客席は7割埋まっていたのですが、そのほとんどが年配の方でした。 1人客はもちろん、おばさま方数名グループや、ご夫婦の方など、たぶん50~60代がメイン層・・・なかなかない光景です。

今回鑑賞した「桃さんのしあわせ」は、ある一家に60年間・4代に渡って仕えた家政婦の晩年の物語。"老い"がひとつのテーマとなっている映画のため、年配の方が多く観にこられていたのです。立地としても、Bunkamuraル・シネマという東急百貨店の中にある映画館のため、お買い物終わりのおば様方にとって足が運びやすかったためか、より顕著だったように思います。 近年、洋画でも邦画でも、"老い"、"老いをどう生きるか"みたいなテーマの映画が増えているように思います。特に日本は来るべき超高齢化社会に向けて、今後より一層増えていくのかもしれませんね・・・。

白髪のおじ様方に両脇をがっちり挟まれた席に座り、途中だった予告編はすぐに終わり、白々とした香港の景色から映画ははじまりました。

香港では現在でも、中~上級家庭には1~2名の家政婦がいるのが一般的というのも後から知って驚いたのですが、近年はフィリピンやマレーシアから出稼ぎにきている人が働く職種となっているとのこと。 映画の主人公である桃さん(ディニー・イップ)は、昔ながらの使用人として、13歳からある一家にずっと勤めていました。四代にわたり仕え、一家の時も過ぎていき、今は年下の主人である映画プロデューサーのロジャー(アンディ・ラウ)と二人暮し。 一家はロジャー以外、アメリカに移住しており、桃さんは毎日ロジャーのために心尽くしの料理を作っています。二人の関係はあくまでも主従関係であり、ロジャーは用意されたご飯をテーブルで食べ、その様子をみながら桃さんは台所で立ちながらご飯を食べます。しかしロジャーのために、食材を求め、老いた体で市場を歩き回る桃さんと、その桃さんの支えを心地良く感じているロジャーの間には、ある種の絆を感じます。

そんなある日、桃さんは脳卒中で倒れ、身体にも後遺症が残り働けない身体になります。「使用人である自分が、主人に迷惑をかけるわけにはいかない」という昔気質で真面目な桃さんは、その後、自ら希望するかたちで、老人ホームに入居します。 そんな桃さんのところへ、ロジャーは忙しい仕事の合間をぬって通います。 支える関係が逆転した二人は、主従の関係といった微妙な距離感からか、どこか遠慮をし合いながらも、 今までより近いコミュニケーションを築いていきます。家族のように身近な存在でありながらも、家族ではない存在。でもお互いに強い絆を感じている姿が描かれています。

その姿に強い説得力を持たせているのが、ある種の「本質」を感じさせる丁寧な映像です。 この「本質」を例えるとしたら、 私には甥っ子がいるのですが、被写体は同じ甥っ子でも、 私が撮る写真と、母親である姉が撮る写真で感じる違い、とでもいいましょうか。 (技術的なことは考えずに)明らかに「可愛く」撮れるのは姉のほうなのです。 これは被写体に対しての「愛情」や「理解」などが根本的に違うからだと思います。 この映画も景色や映している登場人物達に対しての「理解」の高さを感じさてくれます。 香港の町並みは非常にありのままな姿で、決して美しく繕っていません。 古びたビル、汚れた道路はそのままだし、老人ホーム内も非常に質素で雑多な作り。 でもそれらを理解し、身近に感じている人の息遣いを感じ、ただのロケ地としての風景を超えて、美しい映像となっているのです。

監督アン・ホイは香港ニューウェーブ時代(1970から1980年代にかけて)を支え、香港映画を代表する1人です。また撮影のユー・リクウァイも香港映画を代表するカメラマン。 香港という場所や文化を理解しているチームだからこそ、一種の「違い」を感じさせてくれる映像になったのだと思います。

映画の上映中、笑いどころではみんな声をたてて笑い、ラストに向かってみんな鼻をすすっている音がきこえてきます。 こんなに一体感がある上映も珍しく、良い映画は観客をより映画に引き込んで、素直にさせてくれるのだと改めて感じました。わたしもラストは人目をはばからず、ボロボロと涙しました。

「桃さんのしあわせ」 119分 監督:アン・ホイ 出演:ディニー・イップ、アンディ・ラウ、チン・ハイルー 製作年:2011年 製作国:中国=香港港で暮らす市井の人々の生活を描き続ける女性監督アン・ホイ。 昨年のヴェネチア国際映画祭で主人公“桃さん”を演じたベテラン女優、 ディニー・イップが主演女優賞を獲得。中国、香港ほかで興収15億円以上の大ヒットを記録。誰にでも訪れる“老い”の現実を優しく、温かく描いた人間ドラマ。 企画に賛同し、共同プロデューサーにも名を連ねるアンディ・ラウがノーギャラで出演、 アジアの大スターと往年の名女優、アジアを代表する女性監督の見事なコラボレーションと話題になった。

Profile of 市川 桂

美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。

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