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COLUMNコラム・ザ・ちゃんこ

懐かしい未来? Silver Building

Vol.64
London Art Trail 笠原みゆき

シルバービルディングのギャラリーに入ったところ

シティに次ぐ規模の東ロンドンの新金融センター、カナリー・ワーフから目と鼻の先、DLRウエスト・シルバータウン駅に降りると、目に入るのは更地の真ん中に聳(そび)えるゴールデンシロップでおなじみのTate & Live Sugarsの工場。なんか樹脂くさいなと思って歩いていると今度は樹脂工場が見えて、そこを横切って高速の陸橋の下を抜けると、60年代の工場跡と思われるSilverBuildingに出ます。辺りにはチェンソーの音が響き、瓦礫が散乱、忙しそうに働くおじさんたちの姿とそこはどう見ても建築現場。住所間違ったかなぁ?とキョロキョロしているとビルの入り口の一つから、「こちらへどうぞ。」今回はシルバータウンにオープンしたばかりのシルバービルディングのギャラリーから。

Heterotopic Tourist, 2017 © Christopher Stead

だだっ広い空間に足を踏み入れると天井から下がるさざ波のように引き裂かれた巨大なキャンバス。真ん中にサンドイッチされているのは今外で見てきたばかりの工事現場のフェンスそのもの!作品はChristopher SteadのHeterotopic Tourist, 2017。タイトルの“ヘテロトピック観光客"はミシェル・フーコーの空間に関する理論、“ヘテロトピア"から。ヘテロトピアとは、 簡単に言うとユートピアやディストピアのような非在の場所ではなく、実在の場所でありながら日常から断絶した異他なる場所ということ。 せわしい金融センターの真隣にありながら長い間放置されてきたシルバービルディングはまさにヘテロトピア?

Close Reading, 2015 © Christine Sun Kim

隣の部屋には4つのスクリーンが並びます。映し出されているのはハリウッド映画やディズニーなど、どれも米国出身の作家Christine Sun Kimにとって親しみのある米映画。でも音は消され、どのスクリーンも同じ場面を映し出しているにもかかわらず下の字幕は微妙に違っていて…。よくみると字幕と思われたのはセリフではなくて言葉で場面を描写していることがわかります。聞こえの程度が違う聴覚障害のある方々にそれぞれのシーンを解説してもらったこの作品は、Close Reading, 2015。Kim本人も生まれた時から聴覚に障害を持っていて、見る人が言葉に集中できるよう、上半分に曇りがかけられているのは心にくいところ。

Embassy Embassy, 2017 © Khadija Von Zinnenburg Carroll

焼け焦げた匂いがしそうな二台の同型のタイプライターに、縁が茶色になりバラバラになった本。廃墟となったオフィスの奥には一台の机が置かれ、二チャンネルに分かれたビデオが流されています。これらの書籍やタイプライター、家具は、旧東ドイツのイラクとオーストラリアの大使館で使われていたもの。かつて二つの大使館はほぼ同一のオフィスを東ベルリンに持っていました。ドイツの統一後、大使は国に戻り、置き去りにされた大使館は抜け殻になりました。作品はKhadija Von Zinnenburg CarrollのEmbassy Embassy, 2017。

Without With, 2017 © Poklong Anading


入り口には使い捨ての防塵マスクが用意され、一瞬入るのをためらいます。中に入ると部屋の中にはキラキラと金箔が舞っていて、ああ、だから防塵マスクが必要なのねと納得。みれば風船のように膨らんだ金色の袋に扇風機が当てられ、風に乗ってひらひらと金箔が剥がれ落ちています。作品は Poklong AnadingのWithout With, 2017。金箔に見えるのは実は金色の絵の具で、使い古されたプラスティック製の買い物袋を彩色したもの。風によって次第に金の着色が剥がれ、安っぽいプラステックの袋が浮き出てきます。大志を抱き大都市に出て成功を試みたもの、結局挫折して元の姿に戻っていく多くの移民の姿を描いているのだとか。

Chaos Dancing Cosmos,1000m, 2017 © Rosana Antoli

踊るように空間を波打つ電気ケーブル。まさか本当に電気は通ってないよね?とヒヤヒヤしながら1000mのケーブルの間をくぐり抜けます。実はここ、シルバータウンは19世紀にマレー産の植物、ガタパーチャから海底電信線を敷くための被覆導線を開発し、国際通信大国となるイギリスを支えた実業家Samuel Winkworth Silverから名前が取られています。ガタパーチャのゴム状の樹脂はマレーでは古くから利用されていたものの西洋にその存在が知られたのは1842年。空気中では酸化しやすいものの水中ではほとんど変質しないという特質と絶縁性の高さから、海底電線の被覆材となったのです。作品はRosana AntoliのChaos Dancing Cosmos,1000m, 2017。展示期間中にはこのインスタレーションの空間でダンスパフォーマンスも行われることになっています。

ギャラリーの窓から見た風景。カナリー・ワーフの高層ビル、ミレニアムドームを目の前に臨む。

今回の展示のタイトルは“Silver Sehnsucht"。シルバーについては既に解説済みですが、 Sehnsuchtって? Sehnsuchtは英語に訳しにくいドイツ語として知られていて、過去そして未来への憧れ、思慕、郷愁、懐かしさなどといった意味があるそうです。歴史へのノスタルジアを背負って生まれ変わるシルバービルディング。訪れた時はギャラリーはオープンしていたものの、他の部分はまだまだ工事中。カフェバー、イヴェントスペースなどを含む34棟ものアーチィストスタジオも開く予定になっていてこれから先が楽しみです。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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