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COLUMNコラム・ザ・ちゃんこ

時をかける作家 ー William Kentridge Whitechapel Gallery

London Art Trail Vol.56
London Art Trail 笠原みゆき

ホワイトチャペルギャラリーは地下鉄オールゲイト イースト駅の真隣。

19世紀末に英国で起こった社会運動、セツルメント運動をご存知でしょうか。産業革命後の英国では、職を求め都市に貧しい労働者そしてその家族が溢れました。その劣悪な生活環境、整わない教育環境に対し、裕福な家庭の大学生達が自ら貧しい地域に入り改善に全力を尽くしたのがセツルメント運動です。運動は東ロンドンで始まり、この運動を率いた社会運動家のバーネット夫妻は、貧しい人たちにも美術教育の機会を与えるべきだと1901年にギャラリーを開館しました。そのギャラリーが、今回紹介するホワイトチャペルギャラリーです。ギャラリーはロンドンでも最も古い公共のギャラリーの一つです。地下鉄オールゲイト イースト駅から徒歩一分。 複数の展示を常に行なっているギャラリーですが、その中の主な企画展である南アフリカの作家William Kentridgeの個展、'Thick Time'を紹介します。

'The Refusal of Time (2012、30分)' © William Kentridge

中央にはパイプオルガンの一部のような彫刻がゾウのようにどっしり腰を下ろしていて、部屋を囲むように投影される5つの映像が始まるとしなやかに動き出します。 どうやったら時間、空間、光を計れるの?という物理学史家のピーター・ギャリソンとの対話から生まれたというこのオペラ、数式や線の素描が現れ、アインシュタインの相対性理論に植民地主義、アパルトヘイトを絡めPhilip Millerの音楽と共に進んでいきます。メガフォンやラッパを吹き鳴らし、家財を抱え長い道のりを歩く人々の群れの影絵はアパルトヘイトで移住を余儀なくされた人々を象徴しているのでしょうか。膨大な時間をかけて木炭の素描をコマ撮りし、ストップモーションアニメーションをつくり出すことで知られるケントリッジですが、近年ではこの作品のようにアニメーションに加え劇団とコラボレーションしたオペラも数多く手がけています。この映像と彫刻のインスタレーションはドクメンタ2012に出展した'The Refusal of Time (2012、30分)'。

'Second-hand Reading (2013、7.01分)' ©William Kentridge

辞典に次々と現れる木炭と筆の素描のアニメーション。オックスフォード英語辞典のページをもの悲しげにさまよい歩くのはケントリッジ自身。The Refusal of Timeでもそうでしたが、ケントリッジの作品にはしばしば本人が素描や実写で登場します。ページが繰られると縛られて地に横たわる黒人が木に変わり、旗を振り踊る踊り子に変わり、ケントリッジの脇を軽やかに駆け抜けます。やがてケントリッジも一緒に駆け出して……。辞書に描いたフリップブックを映像化したこの作品は'Second-hand Reading (2013、7.01分)'。音楽はNeo Muyanga

Tapestry Library ©William Kentridge

こちらはTapestry Library。壁にはコラージュとドローイングを組み合わせた古典的な抗議デモのバナーを思わせるような手縫いのタペストリー、'The Nose (with Strawberries) 2012' がかかっています。この図書室では先ほどのSecond-hand Readingの辞書も手に取って眺めることが出来ます。

©William Kentridge

階段にもよく見るとブラックテープで描かれたKentridgeの素描が。

'0 Sentimental Machine (2015、9.35分)' ©William Kentridge

Seyyan Hanimのタンゴ、"Mazi" (1928) を背景に白黒サイレント映画スタイルで、ロシア革命を率いたトロツキーの演説の実写映像、ロシアの軍隊の行進と続きます。すると今度は蓄音機がくるくる回る部屋の中央でトロツキーに似た男性が熱心に何か演説をしていてそれをタイピストが必死に打ちだしています。最後には二人ともメガフォンを頭に持った機械人間になってしまい、拳銃を携え辺り構わず打ちまくります。乱射の合間にはロシア革命や内戦で犠牲になった人々の数でしょうか200,000、400,000という数字、軍隊の行進が現れて……。映像(メインスクリーンと扉の硝子に写し出された映像)とメガフォンのインスタレーションは'0 Sentimental Machine (2015、9.35分)'。
白人至上主義の南アフリカのアパルトヘイト政策下で、白人の子として育ったケントリッジ。とはいえ両親はユダヤ系で共にアパルトヘイトの犠牲者達の支援に奔走した弁護士でした。(ケントリッジの父親はネルソン・マンデラの件を担当していた!) Uncertainty – 不確かさ、疑念、不安が彼の作品に不可欠な要素であるとケントリッジは語っていますが、第三者の立場で両親が深く政治に関わっていたことで、ケントリッジは学校で教わること、白人社会、家庭で学ぶこととの間の大きな歪みー不確かなものを早くから感じ取っていたのは間違いありません。木炭の素描が好きなのは速く描けるし、すぐ消せるからと言いますが、木炭画は描くと消してもそこに必ず染みのようなグレーが残ります。白黒つかない社会を見続けてきたケントリッジにとってそのグレーが大切なのかもしれません。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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