職種その他2015.08.12

城に座敷わらしが出たぞ! Laura Ford at Strawberry Hill

London Art Trail Vol.38
London Art Trail 笠原みゆき
Strawberry Hill

Strawberry Hill

西ロンドン郊外テムズ川のほとりに聳(そび)える白亜のゴシック城、Strawberry Hill(ストロベリー•ヒル)。人気(ひとけ)のない城に昼間から童子(わらし)や擬人化した動物が現れるという。真夏の肝試しにと早速訪れてみると?

"Weeping Girl II & III (2009)" (もう一点は反対側の庭の角に設置) ©Laura Ford

"Weeping Girl II & III (2009)" (もう一点は反対側の庭の角に設置) ©Laura Ford

ストロベリー•ヒルというからには、苺があるはずと中庭を覗いてみるとしかり!英近衛兵(このえへい)のように列をなし、たわわに実った可愛らしい木苺、一つ味見でもと手を伸ばそうとした矢先、背後に気配を感じて振り返ると!庭の片隅で髪の長い女の子が泣いているではありませんか。実はこちらLaura Ford(ローラ・フォード)の ブロンズ製彫刻作品、"Weeping Girl II & III (2009)"。そう、ピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが、この城、第31回で紹介したあのゴッシックマニアの伯爵、ホレス・ウォルポール(1717-1797)の邸宅。2008年から2年間にかけて大修復が行なわれ、フォードの個展はこの城初の現代美術展。

入場時間が告げられ、美しいエッチング画の挿絵の付いたガイドブックが渡されます。冊子は、当時のウォルポールが来場者に渡していたのと同じ。現在でも入場人数の制限はあるものの、当時は日に4人限定ということですからかなり特別なものだったのは確か。

“Filled cat I , 2014" ©Laura Ford 背景の壁の窓枠は実は壁画で近年の家主によって上塗りされていて隠れていたものの2008年からの修復の際に復元された。

“Filled cat I , 2014" ©Laura Ford 背景の壁の窓枠は実は壁画で近年の家主によって上塗りされていて隠れていたものの2008年からの修復の際に復元された。

時間になると案内の方がやってきて、中へ促されます。 天井の高い薄暗い吹き抜けの玄関ホールで、階段の下にすくっと立っているのは外套を羽織り帽子を被った黒猫!“Filled cat I , 2014"。

“Waldegrave Poodles, 2015" ©Laura Ford

“Waldegrave Poodles, 2015" ©Laura Ford

奥の広いダイニングへ。中央にかしこまって座る着飾った3匹のプードルは“Waldegrave Poodles, 2015"。

©Strawberry Hill Trust

©Strawberry Hill Trust

3匹のモデルはこちらで、ウォルポールの姪にあたるWaldergrave家の女性達。ちなみに童顔で大きな目を持つ彼女達、ウォルポールにそっくり。

“Headthinker VIII, 2012" ©Laura Ford

“Headthinker VIII, 2012" ©Laura Ford

階段を上っていくと、あー疲れたと書物の上に大きな頭を落とすロバ、“Headthinker VIII, 2012"が 。ここはウォルポールの書斎。どの部屋も光が美しく差し込むようにと暗めに設計され、イタリア、ドイツの職人に特注したステンドグラスがはめ込まれていますが、この部屋も例外ではありません。 万華鏡のような光の中、ウォルポールもこの炻器(せっき)製の頭をもったロバのように時々眠りこけていた?

“Bedtime Boy II & III, 2012" ©Laura Ford もう一点は隣の部屋に設置)

“Bedtime Boy II & III, 2012" ©Laura Ford もう一点は隣の部屋に設置)

幾つかの寝室を通り越して上階のウォルポールの寝室へ。縦縞のパジャマの上に真っ赤なタータンのガウンを羽織った象、“Bedtime Boy II & III, 2012" がテムズ川を見下ろせる窓を眺めています。ウォルポールはここで夜中に突然目覚め、『オトラント城奇譚』を書き上げたのでしょう。この階の部屋の多くは一般公開されておらず、下の階へ戻ります。

“Armour Boys, 2006" ©Laura Ford

“Armour Boys, 2006" ©Laura Ford

天井にはアーサー王物語に出てくる円卓を彷彿させる曼荼羅(まんだら)上に描かれた騎士達の盾。床には甲冑(かっちゅう)を付けた騎士が横たえる戦場、。見れば5人の騎士の身長は130cm前後!戦場の最前線でいつも犠牲になるのは子供達で壁の両脇にぎっしりと並ぶ分厚い書物の知識も助けてはくれないの?

“Kangaroo, 2014" ©Laura Ford

“Kangaroo, 2014" ©Laura Ford

ドーム状の部屋で飛び回るカンガルー。よく見るとカンガルーはブラジル産コーヒー豆の運送用の麻布袋でできていて。 “Kangaroo, 2014"。この部屋はとっておきのお宝を並べた、ウォルポールのお気に入りだけが入れた部屋だったとか。

そう、見てきてわかる通り現在ではウォルポールの収集したお宝、中世の奇品珍品はもう城には残されていません。現在少なからず展示されている書物、家具、絵画などの多くは他の美術館や、大学、個人収集家から借り入れているもの。とはいえ、 アクの強いこの館、 アート作品を展示するにはこのくらいの方がいいとは思いますが。

ウォルポールは熱心な女性アーティストの支援家で、死後は特に目をかけた、英国初の女性彫刻家と言われるいとこの娘の彫刻家、Ann Damerにストロベリー•ヒルの館全てを譲りました。 Damerもメンテナンスの大変さに数年で音を上げ、その後はウォルポールの大姪に渡り、1842年には大規模な売り出しが行なわれ殆どの収集品はアメリカを中心に世界中に渡ってしまったのです。(現在、ストロベリー•ヒル•トラストによってかつての収集品を取り戻す運動が行なわれています。収集品のデータベースはこちら)

“Days of Judgement (Cat I – VIII), 2012(2015に鋳造)" ©Laura Ford

“Days of Judgement (Cat I – VIII), 2012(2015に鋳造)" ©Laura Ford

外に出ると繊細な光になれた目に強烈な夏の日差しが飛び込みます。更に首をうなだれ苦悩しながら忙しく行き来する猫人間たちの姿が。“Days of Judgement (Cat I – VIII), 2012(2015に鋳造)"。 政治家だったとはいえ、浮世離れしたウォルポール、晩年はフランス革命でこの猫達のようにオタオタする英政府の様子を城の中からじっと伺っていたのかもなどと考えながら城を後にしました。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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