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COLUMNコラム・ザ・ちゃんこ

セント・クレメントの鐘が鳴るよ! Winter Shuffle Festival

London Art Trail Vol.18
London Art Trail 笠原みゆき

暗闇の門の前に立つ警備員を通りこして行く先は元精神病院。広い敷地内を足下はほとんど見えない、人の顔がわずかに判断できるかどうかくらいの最低限のイルミネーションをたよりに病院の建物に向かうと、屋外展示作品が見えてきます。1849年にWorkhouse(貧困者収容施設)として建てられ、その後2005年に閉鎖されるまで精神病院として使用されていた施設を利用した冬のアートフェスティバルWinter Shuffleに行ってきました。

Winter Shuffle、メイン展示会場の入り口

会場は東ロンドン、マイルエンド駅からすぐの旧St Clement’s病院。幾つかの建物に分かれて催しが行なわれている中、人ともみの木で溢れる仮設屋外バー&レストランの手前にある建物に入ってみます。

Object Desire ©Paul Insect

Object Desire ©Paul Insect

まず目に入るのが、ホール中央奥、リサーチ&コミュニティ・クリニックと書かれた扉の前に太陽のように浮かんでいる作品、Paul Insectの"Object Desire"。千本はあるかと思われる注射器で出来た光のインスタレーションはその素材とは裏腹に黄金色のタンポポの花のような柔らかい印象。

Time Machine ©Sarah Sparkes

Time Machine ©Sarah Sparkes

その隣にひっそりと置かれているのがSarah Sparkesの"Time Machine"。伝統的なオークの木で出来た置き時計の中を覗くとそこは無限の銀河の世界!時を刻む針の向こうに宙の星がどこまでもどこまでも続きます。

Speed of life III ©Katharine Fry

Speed of life III ©Katharine Fry

青墨色の壁の部屋に入ると、漆黒のベルベットの布にクモの糸のように光るナイロン糸をピンで留めて表現した平面作品がかかっています。作品は、Katharine Fryの"Speed of life III"。人や動物の心臓の鼓動を時計の経過のように表現したシーリーズで、写真はその中の一つの、人の心拍数を描いたもの。一分間当たり平均60の人の脈拍を描いていくと月の満ち欠けのようになるそう。

Bungalow ©Tessa Garland

Bungalow ©Tessa Garland

“ここは外来病棟です。 外来病棟では住宅手当や福祉手当の問題は取り扱っておりません。” と書かれた古い掲示板の先の部屋に進むと、実際に閉鎖された後の病院で撮影された短編映画が上演されていました。Tessa Garlandの"Bungalow"という作品で、 夜の施設内を夢遊病患者のように歩きまわる女性を通して、その建物の過去が次第に明らかにされていきます。

Talk to me ©Uliana Apatina

Talk to me ©Uliana Apatina

迷路のように入り組んだ建物の中をアート作品やパフォーマーに出くわしながら二階の奥のひとけのない部屋に進むと、全てが凍り付いてしまったかのような銀色の世界が現れます。次の部屋もその次の部屋も銀色!作品はUliana Apatinaの"Talk to me"。5つの部屋を使い、家庭用の薄いアルミ箔で天井から床まで全てのものを覆い尽くしたインスタレーションで、隔離された冷たい世界が広がっています。また、時折インスタレーションの一部として電灯が消されると、まるで洞窟の中に放り込まれたかのような闇の世界に転じ、アルミ箔のわずかな反射が夜光虫のように弱々しい光を放つのが更に気味悪く、孤独さが増します。 外に出ると反対側の部屋から喧噪が聞こえてきて、中ではクリスマスシーズンにあわせた人形劇やストーリーテリングのパフォーマンスなどが行なわれていてすごい人だかり。一気に現実の世界にもどされます。今回の展示タイトルはLumen。ルーメンとは、日本語で“光束”と訳される光源が放つ光の明るさを示す単位である一方で、 生物学においては動脈や腸などの管の内側の空間のことを指すといった二重の意味をもちます。

Winter Shuffle 屋外展示の一部

Winter Shuffle 屋外展示の一部

10日間にわたり、アート映画上演、美術展、演劇、サイエンスレクチャー、ファミリーワークショップ、もみの木市などの様々な催しが繰り広げられるWinter Shuffleは、 East London Community Land Trust(以下、ELCLT)によって運営されています。このコミュニティ・ランド・トラスト(以下、CLT)というのは、土地を個人ではなく民間非営利組織が民主的に保有するという、コミュニティによる民主的な土地所有形態のひとつであり、一般的には対象となる土地を市場での売買による地価変動リスクから切り離し、低所得者向けに住宅供給すること、コミュニティの価値観に基づいた土地利用、再開発を行なうことを目的とします。

ELCLTは、地価の高騰する東ロンドンのオリンピック・スタジアムから目と鼻の先のマイルエンドで、8年にわたるキャンペーンの末、2012年に地元コミュニティがつかみ取った、ここ英国に置いても初めての都市型CLTモデルだそうです。 ロンドンの鐘づくしの唄として親しまれるマザーグースの1篇 “オレンジとレモン”にも歌われているセント・クレメント教会と同名の地を手に入れたELCLT。大手民間開発業者の介入なしに低所得地元住民の手の届く住宅供給をすることが大きな目的の一つであるため、今後どのようにこの課題を乗り越えていくのか見守っていきたいと思います。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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