職種その他2013.08.14

美術書とは違う?Artist’s booksって何? Kaleid 2013 London

London Art Trail Vol.14
London Art Trail 笠原みゆき

“Artists who do books”*(本を媒体として制作活動をするアーティスト達)というEdward Ruschaの1976年の作品名からのサブタイトルに惹かれ、“Kaleid 2013 London”というブック・アートの展示を覗いてきました。

ロンドンブリッジ駅から徒歩で5分程の私立の美術学校、The Art Academyが会場。展示はブックアートの展示、プロモーション、販売を行なうKaleid editionsによって企画されたもの。

最初に目に入ったのがHilary Powellのインスタレーション作品“The Book of Hours”。梯子を上り下りしながら一つ一つオフィスのファイル収納用引き出しを開けていくと、中からは飛び出す絵本が!

“The Book of Hours” 2013 © Hilary Powell

“The Book of Hours” 2013 © Hilary Powell

“The Book of Hours” 2013 ©Hilary Powell

“The Book of Hours” 2013 ©Hilary Powell

Powelは昨年のオリンピックでスタジアムの設置された東ロンドン、Stratford地区の開発を長年にわたって記録してきた作家であり、この作品も開発によって置き去りにされた家具や廃棄物を使って制作されています。飛び出す絵本のエッチングもまた廃材を使ってStratford地区を描いたドローイング画。

“Large Astroturf Book” 2011 ©John Walter

“Large Astroturf Book” 2011 ©John Walter

こちらはJohn Walterの“Large Astroturf Book”。 Walterは、絵画、インスタレーション、パフォーマンスと幅広い媒体を使って表現する作家ですが、この作品は、彼の作品群の百科事典のようなもの。巨大な本のページを繰る度、色とりどりの様々なイメージと言葉が飛び出します。

 

ガラスの扉に、海岸線と波が垂直に上から下へと滝の様に移動していく映像が映し出されていました。これはどんなブック・アート?と友人と話していると、“教えてあげましょうか?”と船乗り風の背の高いオランダ人が背後から現れます。

"Coastlines" 2012 ©Marinus van Dijke

"Coastlines" 2012 ©Marinus van Dijke

"Coastlines" 2012 ©Marinus van Dijke

"Coastlines" 2012 ©Marinus van Dijke

このオランダ人、実は作家本人!(Marinus van Dijke)で、船の上でこの映像作品の撮影をしながら海岸線をトレースして描いたドローイング画本を見せてくれました。船の進行、振動に合わせて描かれた線画はまるで心電図の波形のよう。彼はどこに行くにも船での移動が基本だそうで、今回ロンドンにもオランダからテムズ川に入る船経由で来ていて、帰りもまた船で帰るのだとか。

“Repair Manual for a Femme Fatale” 2012 ©Rose Smith

“Repair Manual for a Femme Fatale” 2012 ©Rose Smith

箱に収まった美しい装丁のこの作品はRose Smithの“Repair Manual for a Femme Fatale”で、女性の目線での1940年代のフィルム・ノワール (film noir)をテーマにした作品。(一般にフィルム・ノワールとは1940年代から1950年代にかけて、主にアメリカで製作された犯罪映画を指す。) Smithは1970年代の道具の修理説明書のスタイルで、タイプライターで打った文字と手書きのイラストを組み合わせ、犯罪に手を染めてゆくフィルム・ノワールの悪女達のシーンに応じたサバイバル・マニュアルを作り上げました。左上のページは代表的なフィルム・ノワールの一つ、 “深夜の告白“(Double Indemnity1944年)のための対処マミュアル。

さて前に戻って、Powelの “The Book of Hours”、訳すと“時祷書(じとうしょ)”という意味で、これはローマ・カトリックのキリスト教徒の信仰・礼拝の手引き書として中世ヨーロッパで流行した装飾写本のこと。この装飾写本のスタイルで独自の世界観を表現した英国人アーティストとして真っ先に名が上がるのがWilliam Blake(1757-1827) 。自ら詩を書き、絵を描き、版を刷ってセルフ・パブリッシング(Self-publishing)を行なったBlakeはブック・アートの先駆者といえるでしょう。神とは何か、創造者とは何かを問いかけ、宗教団体へそして科学万能主義に対して痛烈な批判を行ったブレイクの作家としてのスタンスは、後世のアーチィスト達に影響を与え続けています。

書籍の電子化が進み、ここ英国に置いても多くの書店が近年閉店に追い込まれ姿を消しています。その一方、手作り感のある小さな出版社や自己出版は増え、アートブック・フェアもまた増加傾向にあるようです。広がるブック・アート世界、これからも注目していきたいと思います。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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