グラフィック2020.02.12

Baltica! バルト海から見たもう一つのヨーロッパ

vol.92
London Art Trail
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

Art Number 23 Gallery (London)

バルト海を囲むのはどこの国と聞かれてすぐ答えられるかな?西岸北から時計回りにスウェーデン、フィンランド、ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツ、デンマークと意外に多くてびっくり!今回はそんなバルト海とその海を囲む国々をテーマとした展示、Baltica! Landscape and MemoryをArt Number 23 Gallery よりお伝えします。ギャラリーは南ロンドン地下鉄バーモンジー駅から徒歩数分。


‘He Had a Star Tattoo on his Hand’ 2019 – 2020 ©Jude Cowan Montague

矢印を頼りに旧ビスケット工場を改装した迷路のようなデザインコンプレックスビルの一角を上っていきます。まず最初に目に入るのは6メートルもの巨大なアルミ板にオイルとアクリルで描かれたパネル画。バルト海とクルシュー・ラグーンを隔て、ロシアとラトビアの国境にまたがった弓のように細長く湾曲した砂州、クルシュー砂州があります。「その昔、クルシュー砂州から星を読み、荒波を乗り越え、スコットランド東部アンガス州のモントローズに渡った船乗りがいた。船乗りはその手に星と錨の刺青をしていた。」父親から繰り返し伝え聞いたそんな祖先の旅を描いた作品は Jude Cowan Montague の ‘He Had a Star Tattoo on his Hand’ 2019 – 2020 。


‘Incomprehensible Conversation’ 2017 ©Jüri Arrak

海の不思議な生き物たちと砂から現れた男。この絵どこかでみたことがあるような?そんな貴方は海外のアニメーションに詳しい方でしょう。エストニア出身の画家のJüri Arrak はエストニアのサーレマー島に伝わる巨人、Suur Tõll (Toell the Great)の神話を描いた同名のアニメーション(1980年作)の作画を担当しています。鉛筆とフェルトペンで描かれたこの作品は ‘Incomprehensible Conversation’ 2017。


‘Tripytych’, 2020 ©Silja Manninen

ギリシャ神話に登場する海の怪物セイレーン。美しい歌声で船人たちを惑わせ、遭難や難破を引き起こしたと言います。当初は半身鳥の姿をした美しい女性だったのが、海を通して伝承が各地に伝わるに連れ、その半身は魚に変わって行きました。そんなセイレーンの衣装を彷彿させるインスタレーションは Silja Manninenの ‘Tripytych’, 2020。


‘252_Leaving Gaia’, 2018 ©Ann Grim

こちらはバルト海の鳥瞰図。でも周りの島々は?より深いブルーの中心にLEDライトが不気味に輝いています。高さ3メートルほどの絵画は将来起こりうる未来の地球像を描いたEarth Year 3047シリーズ。近い将来多くの都市は海の中に沈んでしまうのでしょうか。作品はAnn Grim の ‘252_Leaving Gaia’, 2018。


‘Aino Väinö’, 2019 – 2010 ©Riitta Hakkarainen& Jude Cowan Montague

フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』(Kalevala)。19世紀に医師エリアス・リョンロートによって民間説話からまとめられました。カレワラは民族意識を高め、フィンランドを最終的に1917年のロシア帝国からの独立に導くのに多大な影響をあたえたとされています。そのカレワラに登場するAino(アイノ)。乙女アイノは賢者Väinämöinen (ワイナミョイネン)と兄との約束により、ワイナミョイネンに求婚を迫られますが、アイノはそれを受け入れず自ら溺れ死ぬことを選びます。そんなフィンランドの伝承を元に作られたパフォーマンス作品は Riitta Hakkarainen & Jude Cowan Montagueの’Aino Väinö’, 2019 – 2010。撮影はフィンランドのタンペレ市の森で行われています。


‘1159’ 2019 ©Natalia Jezova

もしあなたが子供の頃家族や友達と遊んだ、大切な思い出の詰まった森が暗い過去を秘めていたと知ったら!?Natalia Jezova の生まれ育ったリトアニアの小さな村Vėliučionysの森は実は第二次大戦中、ユダヤ人の大虐殺が行われた現場でした。1941年の秋彼岸の中日に1159名ものユダヤ人が殺されていきました。映像作品は ‘1159’ 2019。


‘No Trace’, 2020 ©Riitta Hakkarainen

‘No Trace’, 2020 ©Riitta Hakkarainen

さて、最後にギャラリーの真ん中にある手作り感のあるロボット気になりますよね。二台のロボットが人工草の間のレールをモーターで動き、人が近づくとセンサーでコミカルにまわります。背後にはいくつもの家族の写真、手紙や石碑のようなものが映し出されています。作品はRiitta Hakkarainen の ‘No Trace’, 2020。実は彼女の曽祖母の生まれ育ったのはロシアのペトローヴィッチ(Petrovichi), ペトローヴィッチはまた、生化学者でSF作家のアイザック・アシモフの生誕地としても知られています。人口の半分がユダヤ人、半分がベラルーシ人であったその町は、第二次大戦中に壊滅的な打撃を受けました。現在では草が生い茂り、ポツンと隕石のようなアシモフの石碑が残るだけなのだとか。消えてしまった町と祖先の思い出をテーマにした作品。Baltica!のすべての作品が紹介できなくて残念でしたが、各々の作品を通して北東ヨーロッパの歴史や伝承が学べ、とても興味深く、もっと知りたいと思わせてくれました。

プロフィール
London Art Trail
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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