職種その他2013.01.16

A Focus For Memory in Lincoln

London Art Trail Vol.7
London Art Trail 笠原みゆき
Steep Hil 通り/名前どおりの急な坂道に地元の個性的な店が並ぶ

Steep Hil 通り/名前どおりの急な坂道に地元の個性的な店が並ぶ

今回はロンドンから列車で北東に3時間程のイングランド東部の都市、リンカンより。人口9万人程の小さな都市ですが、その歴史は古く鉄器時代の紀元前1世紀までさかのぼります。その後イングランドがローマ帝国の支配下に入ると、リンカンにはローマ軍の要塞が築かれたため、今でも街のあちこちにこの時代の遺跡が見られるのも特徴です。昨年The Academy of Urbanism(都市計画を研究する学会)よりThe Great Street Awardを受賞したSteep Hill通りもローマ人によって造られたもの。11世紀に入ってフランスのノルマンディーからやってきたウィリアム1世にイングランドが征服されると、ウィリアム1世の令により軍事上の拠点としてリンカン城が築かれ、更にリンカン大聖堂が構築されました。1072年から始まった大聖堂の工事は、火事、地震を経て1311年にようやく中央の塔が完成し現在のような形になったそうですが、建てられた当時はクフ王のピラミッドを抜き世界で最も高い建築物であったとか。

高台に聳え立つリンカン大聖堂は街のどこからでも目に入る

高台に聳え立つリンカン大聖堂は街のどこからでも目に入る

そんな古都リンカンにあるThe CollectionとUsher Galleryを覗いてみました。隣接する博物館と美術館ですが、相互が一体となって企画をおこない、どちらもコンテンポラリーアートも扱っていていました。共に入場料は無料。

さっそくUsher Galleryの2階のコンテンポラリー部門に行くとA Focus For Memoryという企画展で、Tim Daviesの映像インスタレーションとMichael Sanders、Paul Grahamの写真作品が展示されていました。

Running at Cardiff(From The Cadet Series) 2010 ©Tim Davies

Running at Cardiff(From The Cadet Series) 2010 ©Tim Davies

Tim DaviesのCadetは、慰霊碑の前で厳かに黙祷を捧げる見習士官(Standing at Aberystwyth)、慰霊碑の周りを端然とパレードする見習士官達(Parde at Cardiff)、何かにせき立てられるかのように慰霊碑の周りをぐるぐると独り走りまわり続ける見習士官が見つめる慰霊碑(Running at Cardiff)の3つの映像からなっていて、3つの映像がまるで1つの記憶の様に繋がっていきます。 3番目の映像の撮影には、カメラとマイクロフォンが走っている見習士官自身の胸に取り付けられ行なわれたようで、その荒い断片的な映像と見習士官の息使い、心拍音が会場全体を支配していました。

 
Sandbag Marker: A Memorial to Ruined Archaeology 2008 ©Michael Sanders

Sandbag Marker: A Memorial to Ruined Archaeology 2008 ©Michael Sanders

Michael SandersのSandbag Marker: A Memorial to Ruined Archaeologyは湾岸戦争によって破壊された古代都市バビロンの地で、兵士達が土地の土をつめた袋を積み上げて作った塔を、世界遺産を破壊した記念碑に見立てて撮影した作品。

 
Roundabout, Andersonstown, Belfast,1984 ©Paul Graham

Roundabout, Andersonstown, Belfast,1984 ©Paul Graham

Paul Grahamの2作品は連作、Trouble Landの一部で、一見何の変鉄もない平和な風景のスナップ写真のようですが、それらは多くの死者を出した80年代北アイルランドで頻繁に起きた暴動の痕跡を記録した写真でした。カメラを構えるとパトロール兵士がやってきて、‘撮影をしてはいけない’と警告を受けたというRoundabout, Andersonstown, Belfast,1984は、よく見ると写真の中央左にしっかりとその走り去る兵士が写っています。

 

また、この展示のために3人の専門家による持ち帰りできる小論文のコピーも用意されていて、展示内容を理解するにあたって非常に役立ちました。そのうちの一人のDr Mark Pendletonは彼の論文Ruined Memories, Imagined Futuresの中で長崎の平和公園を訪れたときの記憶を語っています。

“8月に私が長崎を訪れた時、殆どの観光客はその途中にある遺跡には目もくれず、彫刻家北村西望によって制作された、高さ10mのヘラクレスのような像の前に記念撮影のために駆けよっていた。ほんの僅かな人達が、その遺跡の前に立てられたこぢんまりとした案内板を読む為にわざわざ立ち止まっていた。そしてその遺跡が実は、1945年の8月に長崎に落とされた原爆によって焼き払われた、地元の刑務所の遺構だという事が分かった。(中略) 案内板の前に立った時、初めのうち私は、記憶、時間、場所との関係を深く考えることができなかった。 ’平和‘と記念写真を要求する10mの像の影で完全に見劣りしているにもかかわらず、僅かな人々とはいえ、この目立たない遺跡が我々に厳かに頭を垂れさせ思いを巡らせることをさせる程の、何か深い意味を表現することが出来るというのはいったいどういうことなのかと 。”



その昔ローマ人、ヴァイキングの侵略を受けながら要塞都市として発展した古都リンカンにて、戦争や闘争の起こった場所を記憶する意味とは何か、記念碑、慰霊碑は何の為にあるのかといった難しい問題を、静かにじっくりと考えさせられる展示でした。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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