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にわとり

番長プロデューサーの世直しコラム Vol.135
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木 光

子供の頃、にわとりを飼っていた。
近くの農協が主催する農業祭みたいなイベントで頼みもしないのに、ひよこの入った箱をもらった。

小学校の低学年の頃、僕は肥満児で性格が暗くて読書しかしなかった。
人と遊ぶのも運動も苦手で友達もいなかったので、部屋で本を読むしかやることがなかったからだ。
これ以上太るといっしょに外に出たくない、と母親に毎日言われていたので、
なんだよ、そんなに嫌なら出なくていいぜ、と半ば引きこもっているような状態だった。
そういう自分も好きではなかった。

そんな時にもらったひよこの入った箱を、家の庭で開けたら、
なんとも可愛いひよこが6羽、ピヨピヨピヨピヨと飛び出して来た。
チョー可愛い、と思ったけど、ひねくれた肥満児は、その感情を押し殺して冷めた目でひよこを見ていた。
なんだこれ?どーすんだよこれ、と。

学校にいる時以外は庭でひよこを放し飼いにして、僕は本を読んでいた。
今考えると、のどかな生活である。

ひよこは異様に僕になついて、ピヨピヨ寄ってくる。
餌をあげる人だから当たり前なのだけど、
学校で嫌なことばかり言って人気のないデブにとっては
なんというかモテてるような気がして嬉しかったんだと思う。
ピヨピヨ寄ってくるひよこたちがドンドン可愛くなっていった。

ある土曜日、学校が昼までで家に帰ると、庭で一種異様な光景を見た。
ひよこの毛が散乱しているのだ。
何が起きたかわからないまま嫌なことが起きていることだけはわかった。
猫の襲撃だった。ひよこの籠がひっくり返っている。
あわてて庭を探して回ったら倉庫の床下から3羽が僕を見つけて
ピヨピヨ泣きながら飛び出して来た。おー、もう大丈夫だからな。
肥満児はワンワン泣いて、猫を見かけるたびに無差別に石を投げつけた。
ひよこは半分に減ってしまった。

そうこうしているうちに、ひよこは首が伸びて来て変な形になって来た。
トサカが生えて、どっちかというと気持ち悪くなって来て、嫌だなあと
思ったりしてたけど、変な形でも寄ってくるのが可愛かった。
友達が鶏と亀しかいなかったからだ。亀の話はまた今度。

ピヨピヨって鳴いていたのもコケコケと鳴くようになり
そのうち黄色だった体も真っ白になり、みるみる大きくなった。

あっという間に立派な鶏に成長してしまいこんどは、コケコッコーと鳴くようになった。

漫画のように、朝になったらコケコッコーと鳴くわけじゃない。
にわとりは、夜中でも昼でも鳴きたいときに鳴くのだ。
それがわかった。
その鳴き声が近くで聞いていると恐ろしくでかい。

農家のおじさんに立派なにわとり小屋を庭の片隅に建ててもらったので
鶏たちは快適そうに暮らしていた。
相変わらず友達が少なかったし痩せなかったので、
庭で読書しながらにわとりが虫を捕まえて食べるのを黙って見ているのが僕の日課だった。
母親はこいつ大丈夫か?って目で見ているのがわかっていたが無視した。

にわとり小屋が両親の寝室近くにあったのがちょっとまずかったのだが、
父親が酔っ払って夜遅くに帰ってくると、それに反応してにわとりが鳴く。
コケーーーーー。うるせえ、バコン。父親がにわとり小屋を蹴っている音が聞こえる。
その度に肥満児は傷ついていた。蹴るなよおやじ。悲しい気持ちになった。

ある月曜の朝。

朝ごはんを食べていたら、父親がニタニタしている。
なんだよ気持ち悪いなあ、と思っていたら
「今日はにわとり鳴かんなあ」と父親が言った。
すかさず母親が、半分泣きながら「そんな言い方っ」と父親を非難した。
最初なんのことやらわからなかったが、
ビクッとして裸足でにわとり小屋に走った。
予想通り、にわとり小屋ににわとりは一羽もいなかった。

親父が追いかけて来たので、「俺のにわとりどこやった?」と聞いたら、
親父は半分笑いながら「昨日食うたやんか」と言った。
天と地がひっくり返ったようなめまいがして立っていられなかった。
頭の中で、キュルキュルとビデオテープが巻き戻されて昨日の夕方に
戻った時に、サザエさんを見ながら、骨のついたモモ肉に
かぶりついた記憶が蘇った。食感まで見事に蘇ってその場で吐いた。

あいつらだったのか。俺はあいつらを食っちゃったのか。

後では母親が泣きながら「言わない約束じゃない!」って親父に詰め寄っている。
そういうことが遠くの出来事のように呆然として、ゲロ吐いたあとの気持ち悪さを
感じているだけだった。それから学校に行かずトボトボと近所をさまよった。
あまり記憶がない。ショックすぎたんだと思う。

お腹が減ったので昼過ぎに家に帰ったら、母親が心配して泣いていた。
ふん。と思った。

それから事の経緯を言い訳のように母親が話し出した。

にわとりが夜中に鳴いて寝てても起こされるから父親が怒っていた。
にわとり小屋を作ってくれた農家のおじさんに、にわとりを
取りに来てもらって、あげたつもりだったのだが、2時間くらい
したら綺麗な鶏肉になってビニール袋に入って帰ってきた。
これはまさか食べられないし、食べさせたら、ひかるがかわいそうだ。
という夫婦間の議論になった。
じゃあ何のためににわとりを育てたんだ?と父親が言い出して食べることにしたんだけど、ひかるには内緒にしようという約束だった。
昨日の夜、あまりに無邪気に美味しそうにお前が鶏肉を食べるから
とうちゃんはバラしたくなったんだろう、と。
意地悪な両親だ、と思った。

スターウォーズのエピソード3に、溶岩の流れる場所で、アナキンスカイウォーカーが
オビワンケノービにぶった切られて丸焦げになり、それでも生きてて、
蘇生手術を受けダースベイダーになるシーンがある。目には恨みの炎がボーボー。
そんな気分だった。
その日から不良への道を進むことになるのだ。グレちゃった。

というのはさておき、僕は骨つきの鶏肉が食べられない。
鶏肉自体もあまり好きではない。
こういう事件があったからトラウマになっているのは明白である。

でも、そんな話、誰も知らない。だから強く勧められても困ってしまう。
いちいち説明するわけにもいかないし、鶏肉を振舞ってくれる人に
こんな話をしたら嫌われてしまうだろう。
美味しいから食べろ食べろと勧められると、勧めてくれる人に申し訳ないのと
そんなこと言われても食べたくないんだから、もじもじしてるんだよ、
空気読めよと思う気持ちが交錯する。
クリスマスパーティーで自慢げにチキンのいっぱい入った
樽を買ってきたやつがニコニコして、さあ食え、みたいな態度をとると殺意が走る。

自分が大好きだから人も好きとは限らない一番の代表が食材だからだ。
どんな理由があるかわからない。

CMに出演してもらうタレントさんと衣装合わせでお会いするときは
撮影の時のお弁当やケータリングを用意するために、必ず何が食べられないかを
聞くことにしている。何が好きかだけを聞くと外す時があるからだ。

人に食べ物を振る舞うのはとても難しい事である。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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