ローマ法王の休日

ミニ・シネマ・パラダイスVol.2
ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂
夏の某日。暑い日はエアコンの効いた涼しい映画館が恋しくなります。
「ローマ法王の休日」を観る前に、私が仕入れていた情報は、 ナンニ・モレッティという監督は【イタリアのウディ・アレン】と呼ばれている人であるという事、ローマ法王がどうやら法王になりたくなくて逃げ出す、という事。 映画のチラシもコミカルな雰囲気なので、きっとコメディ性があって、笑えて、分かりやすいライトな感じなのかな、と思っておりました。きっと「ポップコーンムービー」なのだろうと。(ポップコーンをポリポリ食べながら気軽に楽しめる娯楽映画という意味。) そんな印象だからこそ、映画館(前回同様、有楽町のTOHOシネマズシャンテ)に入ったとき、目の前に若いカップルが座っても、「多分楽しめると思うよ」とおせっかいながら心の中でつぶやきました。 ポップコーンムービーがカップルの巣窟なら、通常、ミニシアター系にカップルはほとんどいませんので。 ナンニ・モレッティ監督にまんまと騙されることになるのですが・・・。 映画のオープニングは、サン・ピエトロ広場で、前法王ヨハネ・パウロ2世の実際の葬儀の映像を織り交ぜた、美しく壮大な場面からはじまります。 葬儀の後、世界各国から枢機卿(ローマ法王の候補者たち)が集まり、次の法王を決める選挙”コンクラーヴェ”を開始します。年老いた枢機卿達が一心に願うのは「神様、どうか私を選ばないでください」という意外なお願い。「ローマ法王」に選ばれることは、ハズレくじを引くようなもの、ということなのです。 学生の時、学級委員長というお役目は学級内での選挙で選ばれることが多かったと思います。進んで学級委員長になりたがる人はごく少数で、投票が進んでいくうちに、自分がなるのか・・・と思うと、ちょっと気が重いお役目だったような気がします。確かに役職がつくのは特別だけれども、なんだか責任は重いし(何か学級内でおこったら先生に報告しなきゃとか)、仕事は多いし(イレギュラーなことは全部やらされたりとか)。みんなの投票で選ばれた名誉はあるが、ハズレくじを引いた気持ちになります。 ローマ法王の休日の法王には、これと全く同じ心理が働いています。法王は200人弱はいる、枢機卿の中から、全員投票で決まります。そのため、皆心の中で「神よ、どうかわたしを選ばないで」と祈るのです。候補者の本命は何名かいましたが、最終的に法王に選ばれたのは、それまで名前も挙がっていなかったメルビルという謙虚で真面目で目立たない一人の枢機卿でした。新法王となった彼は、大勢の観衆があつまるバチカンの広場のバルコニーで、本作の原題でもあり、選ばれた法王が必ずはじめに観衆に投げかける、 「Habemus Papam(アベムス・パパム/ラテン語:我らは法王を得た)」という挨拶をするはずでした。そのバルコニーの手前で、法王は文字通り”絶叫”し、「私には無理だー!!!」とその場を一人逃げ出してしまいます。80歳近いおじいさんが一生懸命走って逃げる姿は中々珍しいものです。その後、「私には出来ない」と悩む新法王は、一人ローマの街で休日を過ごすことに。 新法王は一体誰なのか、と混乱し憶測する世界中のマスコミ・信者達、 新法王を何とか説得しようとしながらも、なんだかのん気なその他の枢機卿達、 新法王のカウンセリングを試みる心理学者(これは監督のモレッティが演じています)、 新法王が街で出会う一般の人々など、様々な人たちの数日間が描かれています。 新法王は数日間の”心の休日”を過ごしますが、気持ちの整理がつかぬままタイムリミットを向かえます。そして再びあのバルコニーへと足を運ぶことになり、世界中の信者達に向かって、悩んだ末の言葉を口にするのです。 ここまでの内容を説明だけすると、コミカルで人間味のあふれるクスッと笑えそうな映画と感じるかもしれません。 しかし、この映画は比較的登場してくる人物は多いのですが、それぞれの感情や気持ちは深く描かれず、その代わり「言葉・会話」だけが大いにに交わされます。新ローマ法王が悩む姿は映し出されますが、「あなたなら出来ます、がんばりましょう」という投げかけに対しても、「よく、わからない」とか「すみません、聞いていませんでいた」といった返答ばかり。法王の悩んでいる姿は見えても、どのように・どんな気持ちで悩んでいるかは描かれないのです。彼のことを本当に理解できている、語り部となる登場人物はいません。 彼は休日の間、様々な人と触れ合いますが、その深い部分までは触れ合うことはないのです。 ローマ法王の悩みだろうが、今・私の目の前に座っているカップルの悩みだろうが、 人間の悩みとは、周りからみればわからないもの。つまりは、映画の最後の最後まで、主人公はおろか、すべての登場人物の心理状態がわからないので、感情移入もできません。 あくまで雑多で雑然とした人間同士の表面的な関わり方を、第三者的な眼差しを持って描いています。 主観的でも隣人でもない眼差しは、一方で非常に冷めているようにも感じますが、一方ですべてを寛容し、許すことを知っているやさしい眼差しでもあると言えます。一人の男が悩んでいる姿、そこに同じくして存在する人間達の表面的な戯れ、雑多であり混乱・混沌としている世界をすべて包み込んでしまうのです。法王という一人の男が、とまどい悩みながらも何とか悩みから抜け出すべく彷徨う姿を、同じくふらりふらりと彷徨う第三者的眼差しが、ゆっくりと包み込み、新法王が最後に選んだ答えさえも、寛容していくのです。 ナンニ・モレッティ監督はイタリア出身で、監督作品では脚本も書き、主演もしています。 これまでの人生をほとんどをローマで過ごしており、 『息子の部屋』でカンヌ国際映画祭パルムドール、 『親愛なる日記』で同映画祭監督賞、 『監督ミケーレの黄金の夢』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、 『ジュリオの当惑(とまどい)』ではベルリン国際映画祭銀熊賞 といった世界的な映画祭で多数の賞を受賞しています。1989年に癌と診断され闘病生活を余儀なくされながらも、回復して再びメガホンを取るという不屈の精神も持ち合わせています。恥ずかしながら、私はまだどの映画も未見ではありますが、おそらくどの映画でもこの「第三者的な眼差し」があるのかと思うと、事前に知っているストーリーから予想される感想や感情とは、大きく違った気持ちを体験することになるのでしょう。 いずれにせよ、「ローマ法王の休日」は、娯楽とはかけ離れた、非常に難解な映画であると言えます。「ポップコーンムービー」を期待した方は、ラストを迎えても「?」マークをを頭に浮かべることになります。盛大に期待を裏切られた気持ちになります。 案の定、映画館が明るくなった時、カップルの彼女からでた一言は、「意味わかんないんだけど」でした。 私も騙されていたので、なんだか申し訳ない気持ちになったのですが、とにかく、素晴らしく、そして完全なるミニシアター系映画にも関わらず、今回の映画館はカップルが多かった!カップルの皆さんはナンニ・モレッティ監督に騙されないよう、ご注意いただきたいです。(笑)
ローマ法王の休日

104分/人間ドラマ
原題 Habemus Papam
製作年 2011年
製作国 イタリア・フランス合作
監督: ナンニ・モレッティ
出演者: ミシェル・ピッコリ、ナンニ・モレッティ、イエルジー・スチュエル
『息子の部屋』でパルムドールを受賞したナンニ・モレッティ監督が、 新ローマ法王に選ばれた枢機卿の苦悩を描いたハートフル・コメディー。 法王逃亡という衝撃的な展開や、ローマ法王が選出される選挙(コンクラーヴェ)の様子まどをシニカルに描写し、 第65回カンヌ国際映画祭で好評を博した。 法王就任という重圧から街へ逃げ出すものの、 街の人々との交流を通して信仰心や法王の存在意義を見つめ直していく主人公を、 フランスの名優ミシェル・ピッコリが哀感を漂わせながら演じ切る。

Profile of 市川 桂

美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。

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