映像2016.06.22

人を騙すコトバたち

とりとめないわ 第10話
とりとめないわ 門田陽

雨の季節が嫌いではないです。好きとも言えます。一年中同じ季節だったり、乾季と雨季の二つだけなのが世界の大半の中で、四季を感じながら暮らすのはいいものです。と書いてみましたが、僕は騙されているのかもしれません。いえ、断言します。騙されてきました。騙した相手はコトバです。

20世紀末の頃。僕は撮影の仕事でアラスカ州の最北(北緯71度)のバローという所に行きました。夏でもマイナス20度という極寒の地で仕事自体は過酷でしたが、行く前にひとつだけとてもとても楽しみにしていたことがありました。白夜です。撮影の時期がドンピシャで白夜なのです。「びゃくや」っていい響きですよね。特に「びゃ」の発音にしびれます。読み方は「はくや」でもいいそうですが、僕の小学校の先生は「びゃ」と教えてくれました。白い夜ですよ。カックイー!と思っていました。全体に白い空気がたちこめた中にいる自分たちの姿を思い切り妄想していました。写ルンです(昭和笑)を大量に購入してワクワクして行ったものです。結果は言うまでもありません。白い世界などはやって来ずに、夜になってもただの昼間でした。陽が沈まないだけでした。撮影時間がいくらでもありました。寒い。夜はあったほうがいいとつくづく思いました。騙されました。白夜というコトバの魔力。

同じような思いが小学校の修学旅行でもありました。生まれて初めての長崎。旅の栞にはその日の行先に平和記念公園、眼鏡橋、グラバー園、オランダ坂とあります。最初のふたつ平和と眼鏡は想像がつきましたが、後のふたつのグラバーとオランダには興味津々。グラバーにはディズニー的なものをオランダにはオシャレなイメージを勝手に思い描きました。着いて驚きました、アラマ!です。グラバー園は何のアトラクションもキャラクターも存在しない大きなお屋敷とお庭。オランダ坂に至っては着いてここだとバスガイドさんが説明を始めても、どこ?と思ったくらい平凡な坂でした。グラバーとオランダというコトバのイメージにすっかりやられてしまったのです。オランダにはそれから10年後、オランダ村でもう一度同じ轍を踏まされました(苦笑)。

冒頭、雨が好きだと書きましたがこれは梅雨というコトバのせいです。梅雨(つゆ)という響きが僕を騙します。「つゆ」って、かわいくないですか?何がって、まずは字が良いのです。梅の雨だもん。素敵です。梅雨寒(つゆざむ)とか、口に出すだけで美しい日本語ではありませんか。梅雨入り、梅雨明け、梅雨本番あたりも好きなコトバです。梅雨の中休みという言い方なんてクラクラきます。またもや僕はコトバに騙されてしまいます。もしも竹村桐子(本名)のままだったら、売れ方がずいぶん違ったと思うのですよ、きゃりーぱみゅぱみゅ。生まれて初めてきゃりーぱみゅぱみゅと書いたら最近になくドキドキしてしまいました。イカン、きっとまた騙されてしまう。でも騙されたい。人に騙されたり裏切られたりするのはつらいけど、コトバに騙されたり裏切られるのは、うれしかったり面白かったりするんだよなぁ、などとぼんやり思っているうちに今年もまた梅雨が明けそうです。

ところで、アラスカ最北の地のバローにあった3軒のレストラン(当時)のひとつが日本料理店でその名が「テリヤキ」だった話はまたの機会に。

あなたが来ないとお店が寒い。

Profile of 門田 陽(かどた あきら)

門田陽

電通第5CRプランニング局
クリエーティヴ・ディレクター/コピーライター
1963年福岡市生まれ。
福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。
TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。
趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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