職種その他2015.03.11

誰も現実の世界に住んでない? Standpoint

London Art Trail Vol.33
London Art Trail 笠原みゆき

地下鉄オールドストリートから徒歩5分程。 スタンドポイントは現在ではレストランやナイトクラブの立ち並ぶ東ロンドンの繁華街ホクストンに、90年代からひっそりと構えるアーティスト運営の非営利美術スタジオ&ギャラリー。 そのギャラリーで 『No-one lives in the real world(誰も現実の世界に住んでいない)』 という、何だか哲学的なタイトルのコラージュの作品を集めたグループ展示が現在開催中です。

スタンドポイント・ギャラリー

スタンドポイント・ギャラリー。上階はスタジオになっていて、作家達が頻繁に出入りしている。写真奥が入り口。

中に入るとまず目に入るのが、中央にある昔ながらのアコーディオン式鉄扉のエレベーター。 映画で見た事あるぞ!という方もいらっしゃるかと思いますが、英国では未だに使用されていることも多いのです。しかしここでは、展示スペースとして使われていてユニークな空間を作り出しています。

“Taking Liberties with the Masters”(2014) ©Sasha Bowles

“Taking Liberties with the Masters”(2014) ©Sasha Bowles

“Taking Liberties with the Masters”(2014) ©Sasha Bowles
実物はポストカードサイズなのでとても小さい。

早速そのエレベーターの中を覗いてみると、どこかで見たことがある古典名画!?でも、どの肖像画も顔がなくて…。 そこに 「説明しましょうか?」 とやってきたのは、作者のSasha Bowles本人。

これらの作品は、ボウルズが続けている“Taking Liberties with the Masters”(2014) のシリーズ。オールドマスター絵画とよばれる歴史的名画(主に18世紀以前の古典名画の傑作を指す)のポストカードや画集に加筆して原画のアイデンティティを排除し、新たな生き物を生み出しています。大量消費されるポストカードや画集でお馴染みでも、実物には馴染みがない名画へ敬意払った行為なのだとか。

“Museum Guide Series (2)”(2015) ©Annabel Tilley

“Museum Guide Series (2)”(2015) ©Annabel Tilley

“Museum Guide Series (2)”(2015) ©Annabel Tilley

右上に貼付けてある胸像の写真は美術品の歴史書か何かからか? 説明文をみると‥多分ドイツの作家の手によるもので16世紀前半の作品‥と曖昧な情報で、こちらは逆に想像をかき立てられます。

この作品は Annabel Tilleyの “Museum Guide Series (2)”(2015) ティレイは英国の田舎の邸宅の美術書、歴史書や収蔵品などを基に作品をつくっているそう。

“Coney Island”(2007) ©Timothy Shepard

 “Coney Island”(2007) ©Timothy Shepard

“Coney Island”(2007) ©Timothy Shepard

これぞ英国浜辺の夏!というイメージ。 青空に躍るビーチボール、疾走するジェットコースターにくるくるまわる大観覧車。ビニール製のヤシの木の下でおこぼれを待つカモメ達。でも何か変なのは、まるで夢や記憶の中の一場面のように全ての物が鮮やかではっきりしているのに、そこに人が一人もいないこと。

この作品はTimothy Shepardの “Coney Island”(2007)。一つの作品に数百ものイメージをコラージュした上に絵の具を重ね記憶の場を作り上げています。

“Sketch for a Failure of Budgets“(2015) ©Evy Jokhova

“Sketch for a Failure of Budgets“(2015) ©Evy Jokhova

“Sketch for a Failure of Budgets“(2015) ©Evy Jokhova

散在している幾何学の素材はどれも繋がりがなくて建築として全く無意味なものに。 壮大な建築の構築を試みたけれど失敗した建築家の妄想?

こちらはEvy Jokhovaのサイト・スペシフィック・インスタレーション、“Sketch for a Failure of Budgets“(2015)。 日本語に訳すと“予算の失敗の草案”。

そのタイトルでまず思い出したのが、家の近所ダルストンにあるオリンピック・バス停と呼ばれる何の変哲もないバス停。<毎時間70台のバスが停車、オリンピック会場に向けて走らせるバスのハブになる>という鳴り物入りで2010年に税金を投じて作られたそのバス停。予算はなんと63ミリオンポンド!(現在のレートで約116億円) ところが、完成後、そのバス停を使っているのは区内を運行するローカルバスたった一台のみ。市民からは「一体何だったのか!」と非難を浴びたものの、結局監査もなし。一部の建築の世界の現実は、アーティストが創造する非現実的な世界と変わりなく、非現実的なのかもと考えてしまいます。


今回はコラージュの作品展という事でしたが、文字通り<切って貼って>というだけでなく、歴史、文学、建築や風景を時間や背景を超えてドローイング、絵画、写真、彫刻、インスタレーションと異なるメディアを使って作家達がそれぞれの世界を表現していたのが印象的でした。

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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