職種その他2014.07.09

迷路の中を覗いてみた!Bethlem Royal Hospital


London Art Trail Vol.25
London Art Trail 笠原みゆき

1247年創立のヨーロッパで最も古い精神病院は? 答えはロンドン郊外南のBeckenhamにあるBethlem Royal Hospital。 現代美術ギャラリーを含む美術館と資料館をもつこの病院の、年に一度の公開日であるサマーフェアに行ってきました。

国鉄Eden Park駅から歩いて15分、 敷地内に入るとまず入り口で地図が渡されます。270エーカーの緑豊かで広大な敷地に30棟程の病棟や他の施設、さらに礼拝堂、菜園、テニスコートとまるで迷路のよう!早速コミュニティーセンターで無料マッサージを受けられると聞き予約を済ませた後美術ギャラリーへ。

CeramicsStudio

陶芸工房。カタツムリがお出迎え。

まるでヘンゼルとグレーテルのお菓子の家!のようなカラフルな外観の建物が、現代美術ギャラリーBethlem Galleryを伴設する陶芸工房。工房では無料体験教室を実施中で大にぎわい。

"Outreach" ©Martha Orbach

"Outreach" ©Martha Orbach

"Dust Storm" ©Martha Orbach

"Dust Storm" ©Martha Orbach

ギャラリーは8畳ほどの小さな空間で、アニメーション作品と同シリーズの版画を展示中。 可愛らしい線画のアニメーションは、何らかの災害の後、辺境の地に移り住む2人の姉妹の話。日常が淡々と進んでいきますが、また災害がやってきて...というストーリー。 作品はMartha Orbachの “this skin we’re in”。双極性障害を抱える姉妹をもつOrbachがその姉妹との日常をシュールに描いたもの。残念ながらこのアニメーションは現在オンライン上では見られませんが、彼女が学生のとき、姉妹が壊れ病院に運ばれた際の家族の体験を描いた絵本 “We go To Sea with You“が Orbachのホームページで公開されていますので是非ご覧ください。

さて今度は、美術館と資料館で現在の展示作家についてのトークがあるというというので、そちらに向かいます。こちらもまた小さな美術館で、壁は作品で埋め尽くされていました。 1000点もの作品を収蔵していますが、展示スペースが少ないため展示作品はシーズンごとに変わるそう。

"The Maze” ©William Kurelek

"The Maze” ©William Kurelek

中に入ると頭蓋骨を描いた作品がまず目に飛び込んできます。よく見ると頭蓋骨の中は部屋のように仕切られ、様々なシーンが展開されています。父親に家から蹴り出される少年、絶望の美術館、医師達の実験材料になる少年、操り人形達の社交ダンス、“戦争は平和”と書かれたバナーを持ってデモ行進をする人々、部屋の隅で動けなくなったハツカネズミなど。 実はこの作品"The Maze”は William Kurelekが26歳(1953)のとき医師に自分の症状を伝えるために描いたというから驚きです。カナダ生まれのKurelekは美術を学んだものの、幼い頃からの厳格な父親に対する恐怖心から、自らが精神を病んでいることに気づいていました。精神科の治療の必要性と更に画家として成功したいと考えたKurelekは、木こりとして働きお金を貯め、モントリオールの図書館の本で知った南ロンドンのMaudsley Hospitalに飛び込んだそうです。そこで彼は統合失調症と診断されます。

“Nightmare”(一部分) ©William Kurelek

“Nightmare”(一部分) ©William Kurelek

次の作品“Nightmare”もまた同年の作品。中央でおびえる自身の姿そして周りの地獄絵が克明に描かれています。 病に苦しんだKurelekですが、その後1957年には、ローマカトリックに入信することにより劇的に病状は回復し、1959年にはカナダに戻り個展を開き、1960年代にはカナダを代表する作家になります。

“Out of the Maze” ©William Kurelek

“Out of the Maze” ©William Kurelek

時は流れて、“Out of the Maze”は1971年にKurelekがかつてお世話になったモーズリー病院に寄贈した作品。 父親になったKurelekが妻子と青空の下で幸せそうにピクニックをしている絵です。左下には以前の病状のシンボルであった中が仕切られた頭蓋骨が捨てられていて、回復の程がうかがえます。しかし、右上の空には“The Maze”にもあったキノコ雲がまた現れていて、“核”に対する作家の不安が消えていないことを感じさせます。実際、この雲はその後の作品にも現れています。

Kurelekは、1977年に50歳の若さで癌でなくなっていますが、1969年に教育作品として本人のインタビューを含めたショートドキュメンタリー作品がつくられました。 2011年にはこれにオリジナルの未公開編集画像を加えた長編版が制作され、その後、カナダ、アメリカで公開されています。トレーラーはこちらから。

あいにくの雨でしたが、野外ステージ、屋台、ワークショプなども行なわれ、フェアはにぎわっていました。下の写真は美術ギャラリーのテントで、 段ボールで造られた建物や船はGasworks(第22回紹介)のアーチストChristina KralとBethlemの患者アーチスト達のコラボレーション作品。

Bethlemギャラリーのテント

Bethlemギャラリーのテント。奥では版画のワークショップをやっていた。

実のところ美術館、資料館、ギャラリーは現在改築中。来年には広く新しいBethlem Museum of the mindとしてオープンする予定なので、また来年是非訪れたいです。

改築中のBethlem Museum of the mind。奥では版画のワークショップをやっていた。

左手中央に見える建物が改築中のBethlem Museum of the mind

Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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