WEB・モバイル2009.01.07

KISS from NY

Dig It! NYC Vol.3
Dig It! NYC 藤井さゆり

KISSとは、“Keep It Simple, Stupid”の頭文字で、「シンプルにしておきなさい、おばかさん」の意味。今回は、その“KISS”をデザインの基本としながらも、グローバルな企業のブランディングを手掛けるグラフィックデザイナー、大川直道(おおかわなおみち)さんをご紹介します。

お仕事中の大川さん

お仕事中の大川さん

大川さんは現在、企業、商品のブランド戦略や開発等に関わるサービスを提供する国際的なブランディング会社、インターブランド・ニューヨーク本社のシニアデザイナー。ブランディングとは、商品名や企業名といったブランドの開発と戦略、そしてブランド価値を大衆に認知させ、高めること。社内における大川さんのデザイナーとしての使命は、ブランディングの重要な要素であるブランドロゴのデザインを核とし、ブランドロゴから展開される様々なアプリケーションをビジュアル化して見せる、いわゆる“ビジュアル・アイデンティティを生み出す”ことです。 残念ながら、インターブランドとして関わっているプロジェクトについては守秘義務のため詳しく書くことができませんが、これまで過去に大川さんが生み出してきた数々のデザイン、日本、アメリカでのデザイナーとしての経験、そしてデザインに対する思いなどを探りたいと思います。

大川さんのポートフォリオ。シンプルです

大川さんのポートフォリオ。シンプルです

大川さんは、小学校3年生の時に日本からアメリカ・カリフォルニア州のサンノゼに家族とともに移り住み、パブリックスクール(州立大学)にてグラフィックデザインを学びました。コカ・コーラのような強くグローバルなブランドを作りたい、と思っていた大川さんは大学の先生の薦めもあり、パブリックスクール卒業後、プロのデザイナーを育成する全米でも屈指のデザイン大学、アート・センター・カレッジ・オブ・デザインへ進みます。 大学卒業後、運良く企業のCI(コーポレートアイデンティティ)を手掛けることで有名なブランディング会社「ランドーアソシエイツ」東京オフィスに入社、デザイナーとしてのスタートを切ります。 その後ニューヨークオフィスに異動、計10年勤務の後退社。後にニューヨークの小さな会社で様々なプロジェクトを経験、そして現在のインターブランド・ニューヨークで、国内外のブランディングを手掛けるデザイナーとして活躍されています。

では、実際にどのような流れで仕事が行われているのでしょうか。 1つのプロジェクトが発生した場合、社内のストラテジスト(ブランド戦略チーム)が作ったブランド戦略や方向性を基に、大川さんを含めたデザインチームがロゴのデザイン案を作ります。デザイナーから上がってきたものの中から最終的にプレゼン用として社内で厳選され、数を絞ります。そこでの選び方は、そのブランド戦略に合ってるか。 もちろんコンペの場合もあります。採用された場合でも、自分が自信を持っていいと思うものは、なかなか採用されにくいというケースも。そして、自分のデザインしたロゴが採用されたとしてもそこで終わりではなく、ロゴから展開される全てのアプリケーション(用途)のデザインまで担当することになります。これは、用途別にロゴがどのような形で使用できるのかを示すための「サブグラフィック」、もしくは「セカンダリーグラフィック」をデザインする、ということです。

「アステラス製薬」のサブグラフィックイメージ

「アステラス製薬」のサブグラフィックイメージ

それでは、実際に大川さんが手掛けたデザインをご紹介していきましょう。 「アステラス製薬」のロゴはシンプルですが、重なり合った2つのシンボルは星をイメージしており、星が明日を照らす(アステラス)というコンセプトになっています。シンプルな中にもメッセージが込められたデザインと言えるでしょう。そして、会社のサインで使用する場合は、ロゴの下に波線のグラフィックを入れたデザインを提案しています。このように、使用する用途によってどのようにロゴを展開していくかを「サブグラフィック」としてクライアントに示しています。

 
「マックスバリュー」のサブグラフィックイメージ

「マックスバリュー」のサブグラフィックイメージ

次に、スーパーマーケットチェーンの「マックスバリュー」。以前のロゴが読みにくかったということもあり、目立つようにくっきりしたロゴにリデザイン。スーパーマーケットなので“V”がチェック印“√”になっているのにも注目。こちらもシンプルながら小技が効いています。この場合も、ロゴデザインからお店の看板はもちろん、車の看板、ステーショナリー、ネームタグ、ユニフォーム、ショッピングバッグに至るまで、同じように展開の仕方をクライアントへ提案しています。

 
「パナソニックUSA」のブランドロゴのカラーバリエーション

「パナソニックUSA」のブランドロゴのカラーバリエーション

「パナソニック」に関しては、会社名の下にあるブランドスローガン“ideas for life”のロゴデザインを手掛けています。注目すべきはスローガンと会社ロゴが同じ大きさであるところ(スローガンと会社名が同じ大きさであることは通常ないことなのだそうです)。 当時でもパナソニックはすでに誰もが知っているグローバルな企業でしたが、あえてスローガンと会社ロゴを同じ大きさにすることにより“ideas for life”という企業メッセージが強調され、会社のブランドがもっと強く明確になったのだそうです。 「会社名とスローガンを同じ大きさにする」というシンプルな方法ながら、大胆な提案でブランド力を高めることに成功しています。また、ムード、宣伝、写真などに合わせてスローガンのロゴのカラーバリエーションも提案。この時に会社ロゴもきれいに整えたそうです。

 
NFLのチャンピオンマッチである「スーパーボール」 40周年ロゴも大川さんが手掛けました

NFLのチャンピオンマッチである「スーパーボール」40周年ロゴも大川さんが手掛けました

「テナリス」は鋼管製品とサービスを供給するグローバル企業。 左上のグラフィックはチューブを横から見た図をイメージ

「テナリス」は鋼管製品とサービスを供給するグローバル企業。左上のグラフィックはチューブを横から見た図をイメージ

 

大川さんのデザインの基本である“KISS”。このように、シンプルなデザインを追求しながらもどれだけユニークなものを生み出せるのかが勝負なのだそうです。ブランディングにおけるデザイナーの役割は、ブランド戦略に合ったロゴ開発、サポートする全てのグラフィックデザイン、書体、色、サイズ、使い方のルールといった正しいガイドラインの設定はもちろん、その後のロゴを使った展開の仕方についてもクライアントに示すことです。大川さんいわく、自分の仕事は、ブランドロゴという子供を生んで、そこからロゴがどのように展開していくかを考えること――それが子供を育てている感覚なのだと言います。1つのプロジェクトに2、3年かかることもあり、まさにブランドを育てていると言えるでしょう。

常日頃デザイナーとして思うことはどんなことなのでしょうか。 「やっぱりクライアントに喜ばれる会社でありたいですね。デザインの仕事が好きですし、楽しんでやっています。デザインに関することで言うと、シンプルが基本というのは先ほども言いましたが、その中でも自分のスタイルを作らないようにしています。他人の作品も参考にしませんし、デザイン本も見ません。でも娘達の顔を見ている時に、ふっとデザインのイメージが頭に浮かぶ時がありますね」 参考にされているものがない、というのは意外な答えでした。最後の一言は家族愛にあふれる言葉ですね。

デスクの壁。カラーチャートと、娘さん達との写真

デスクの壁。カラーチャートと、娘さん達との写真

「大川さんのデザインは、豆腐と醤油と薬味というシンプルな素材のみなのに完成された和食のようですね」という私の問いかけに対して、「そうですね、見た目シンプルな豆腐なんだけど、中を割ると醤油と薬味がすでに入っているという感じでしょうかね」。なるほど、シンプルでありつつもそのユニークな発想と切り返し、そういったことが大川さんのデザインに投影されているのだと実感しました。 ちなみに“KISS”は、KISSメソッドとも言われ、複雑なウェブサイトの構造や、膨大なソースの記述はシンプルにすべき、という意味でもSEO、ウェブの世界でも使われる言葉のようです。それでなくても、人生のいろいろな場面において、この言葉は応用が効きそうですね。 大川さん、どうもありがとうございました。現在は、あるグローバルな企業のブランディングを手掛けているとのことですが、今後ますますのご活躍を期待しています!

Profile of 藤井さゆり

藤井さゆり

東京生まれ、アメリカ在住。日本とアメリカでの職務経験あり。
東京丸の内にある公益法人にて8年間勤務の傍ら、友人が企画したクラブイベントのフライヤーや、CDジャケットのデザインを行う。
公益法人では「地方の街づくり・街おこし」支援事業の一環で、ウェブサイト業務に携わる。 公益法人退職後、2004年より4年間、都内商業施設のサイト更新・管理、販促サイトのキャンペーンページ企画と取材・撮影を含めたライティングワーク、ウェブデザインを経験。
2008年ニューヨークに移住。ニューヨークではウェブマーケティング、サイト管理を企業にて経験、それと共にウェブデザインとライティングワークをフリーランスとして行う。現在は日本の着物をインスパイアしたオリジナルTシャツブランド「Foxy Lilly」を立ち上げ、オーナー兼デザイナーを務める。
Foxylilly.com
facebook.com/foxylilly
instagram.com/foxylilly

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