「俺、死ぬまであんたの仕事は断らないよ」

Vol.181
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

嘘か本当かわかりませんけど 

ロック歌手、矢沢永吉さんの逸話には面白いものがたくさん在ります。 

ここのコラムにもちょいちょい登場させていただいておりますが 

本当に面白いんです。面白いと言うか深く考えさせられる。 

 

矢沢さんは、72歳の今でも全国50カ所規模のコンサートツアーを 

ほぼ毎年やられます。 

そんな中、コンサート会場にはシャワー施設がほしい。という要望があるそうです。 

地方のプロモーターはそのことを熟知していてそういう会場を選ぶそうです。 

 

何年前かのある年、ある地方での矢沢さんのコンサートのための会場が 

何かの手違いなのか、知らなかったのか、会場にシャワー施設がなかったそうです。 

 

スタッフは、コンサート当日にそのことを知って大慌てになったそうです。 

なんとか急いでシャワー施設を設置しなくてはいけない。 

 

そういう話は、だいたい立場の上の人から順に、

「お前なんとかしろ」「お前なんとかしとけ」 

とだんだん下に下がっていくもんです。 

そして、もう下に振れない立場のスタッフに話が及んだところで、 

そのスタッフが用意したものは、

「控え室に子供用のプールをおいてお湯を入れる」 

というものだったそうです。 

 

そういう時は、だいたい立場の上の人から順に

「あれどうなった?」「あれどうしたんだ?」 

とだんだん下に下がっていくもんです。 

 

で、実際の控え室を見に行った人たちが頭を抱えてしまった。と。 

え?こうなっちゃうか?これかよ、やばくねえか?

矢沢さん怒っちゃったらどうしよう? 

とコンサート中に裏で騒ぎになった。なんて事してくれるんだ?お前はバカか。 

 

矢沢永吉が子供用のプールにためられたお湯で

コンサートの後体を洗って喜んでる姿は、想像したら、僕の心も痛い。 

 

なんも策もない上司たちに、子供のプールを準備したスタッフは責められたでしょう。 ふざけんなよ、他にねえのかよ?と。 

 

結局、シャワーに関してなんの手も打たないまま、コンサートは終わり、矢沢さんが控え室に戻ってきて、そのお湯の入った子供用のプール

を見て聞いたそうです。 

 

「このプール、準備した人誰?」 

 

当然、現場に緊張が走ったそうです。 

準備したスタッフが恐る恐る「はい、僕です」と名乗り出た。 

そしたら矢沢さん、そのスタッフに向かって 

 

「俺、死ぬまであんたの仕事は断らないよ」 

 

と言ったそうです。

地方プロモーターにとっては最大の賛辞だそうです。 

 

矢沢すげえ。

褒めたわけでも喜んだわけでもない。

お湯の入った子供用のプールを見て、一瞬で状況を理解して 

そして、困難な状況で、できる限りのことをしてくれた若いスタッフにお礼を 

いったんです。ありがとう。と。 

 

この逸話が本当か嘘かは確認のしようがないんだけど、こんなオリジナルな話は 

ポッとは湧いて出ないだろうし、矢沢永吉の言ってもおかしくないような言葉です。

とても元気が出ます。

100年経ったら日本昔ばなしになっているかもしれない。 

 

実は、僕らの仕事の最中にもこういうことがよく起きるのです。 

予想のつかないような、もしくは、よく調べてれば起きなかったようなトラブルが 

え?というタイミングで起きる。 タレントさんからの要求も多くなってきた。

 

とにかく気をつけていても、それでも事故は起きる。

未然に防げればそんなにいいことはないのだけど 

なぜか事故は起きる。

大事なのはその時、そこにどう対処したか?ということしかないのです。 

それがどんな対応であれ、直接対応して具体的に手を打ったやつが偉いんですよ。

 

シャワーの設備が必要なのにその会場にシャワー設備がない。 

これは僕らの撮影でも起きうることです。 

自分だったらどうするのか? 

 

子供用のプールにお湯をためる。

というアイディアはいいアイディアでは在りません。

湯があればいいというもんじゃない。想像してみればわかる。矢沢の行水。 

面白いけど、面白いと思わない人は怒り出すかもしれない。 

 

それ以前に、もっと上の立場の人間が動くべきことがたくさんあるし、 

「お前なんとかしろ」と、下の立場の人間に言い放ったところで、

命令しているそいつになんとかするアイディアがなければ、

そんなのなんとかならないのです。 

 

普通に仕事の時にこういうことが起こり、立場の上の人から、対処しとけよ! 

と軽く言われて、対処の仕方が気にくわないと言ってめちゃくちゃ叱られることがある。

 自分で何もしないで文句ばかり言う卑怯な人間がどんだけ多いことか。 

 

同じチームで同じ方向を向いていても、問題になった時に簡単に手のひらを返されて お前の責任だからな。って責められることが今でも

いっぱい起きてるんだと思います。 こう言う流れが、若者が会社を辞めちゃう原因でもある。

 

矢沢永吉がコンサートの後には必ずシャワーを浴びたいと言っている。 

しかし会場の条件はコンサートの内容に沿っていなければいけないわけで 

コンサートの後に永ちゃんが入るシャワー施設があることが最優先ではないはずだ。 

 「矢沢さん、この会場には実はシャワーがありません。

申し訳有りませんが、コンサート後 ホテルでシャワーを浴びていただくと

いうことで了承いただけませんか?」 

と上の立場の人間が、本人か矢沢さんサイドの話の通じる人と話をつければ 

いいだけなのだ。 

 

そういうことを怠って、どんどん下の立場の人間にくだらない案件が下っていき 

失敗した場合にその人間を責める。 

よく見る光景なんだけど、そんなこともうやめたら?と思う。かっこ悪い。 

こういう当たり前にくだらない話で潰された若い才能とか本当にもったいない。 

 

下の立場の人間に命令するだけで何もしないような要領のいいやつはずるいから生き残っていって 一生懸命対処しようとする真面目で要

領の悪い奴は嫌になってやめてしまう。 

ふと気づくとずるい奴だらけか? 

 

なんか今の日本の縮図のようなはなしである。

 

しかも、矢沢さんの神対応に、あーよかった、永ちゃんは怒らなかった。

逆に褒められちゃったよ。あいつ、羨ましーなー。

と言ってその場でそのことを忘れちゃうような上司ばかりなんだと思う。

 

そう言う風にならないように気をつけないと、

これを読んで、ひでえ上司の話だ。と思う奴も平気でそんなこと

して気づいてないことが多いと思うんです。 

 

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。

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