実は学校に通っています

番長プロデューサーの世直しコラムVol.12
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光
 

実は学校に通っています。

学校が嫌いだったなあ。大嫌いだった。高校の3年間なんて、ただバスケットするためだけに通ったようなものでした。なんで、あんなに学校が嫌いだったんだろう?たぶん、学校の先生の言うことに「やったこともねえくせに。教科書に書いてあることを、さも自分の経験のようにしゃべりやがって」と反発していたのだと思う。要は、情報としてつまらなかった、先生たちの話は。前にも書いたけど父親は社会科の教員なので、天に唾するようなものですけどね。教員の息子としては、あきらかに不肖の息子(笑)。

そんなこんなで就職して17年、一心不乱に働きながら、二度と学校の類には行きたくないと思っていた。ですが、この秋から学校に通ってるんです、実は。 「宣伝会議、Webディレクション講座」――テーマは「広告制作の文脈におけるWebサイトの可能性を知り、求められているWebディレクター像を知る」。毎週木曜日の夜、週一回。一回約2時間の授業が、10月から12月の間、計10回あります。講師は毎回違っていて、その世界では結構名のある人たちです。

みなさんもそうでしょうが、携帯電話とインターネットの普及によって、産業の構造や流通や経済のシステムなどが様変わりしてきているのが実感としてわかります。 10年前とは明らかに生活スタイルが違う。人のコミュニケーションのスタイルも、ものすごい勢いで変化している。いろんなことがどんどん変化していく中で、広告の作り方も大きく様変わりしている。4マスと言われた広告の媒体、「新聞」「雑誌」「ラジオ」「テレビ」に「Web」が加わって久しいですが、Webの広告費は今年、ラジオの広告費を抜いてしまったそうです。

テレビCMの内容も変化しています。なんとなくかっこいい「イメージのCM」より、「情報のCM」が幅をきかせている。機能説明、効能説明、タッチポイントクリエイティブ、ダイレクトマーケティング。「続きはWebで」「○○で検索」もずいぶん増えました。テレビCMは、ネットへの誘引役だったりする。新しい商売の形のための、新しい形のCMを作るために、対応すべきことがどんどん増えています。

キャンペーンサイトと呼ばれるものなども、僕はこれまで「電子雑誌でも作ってるんじゃなかろうか」と遠巻きに見ていただけでしたが、いよいよ考えを変えるべきかと感じています。ブロードバンドの普及で、Web上でムービーが簡単に見られるようになってきたからです。「これは放送局になれるな」と思った。ここ数年、海外を中心にインターネットムービーを含めたバイラルマーケティング、バイラルCMが隆盛していることも考え合わせると、ほぼ確信します――「こいつらは脅威である」と。

そして、余波は我が身にも押し寄せる。今年に入ってからWebの会社からちらほら打診がくるようになりました。「うちで働いてもらえませんか?」という内容。ついに来たなと思っています。

テレビCMというのは精密機械です。言うならば腕時計。機能的で正確で小さくて美しく、ステイタスのシンボルでなくちゃいけない。30秒や15秒の中に商品とタレントと説明とキャッチコピーとシズルカットや使用カット、企業CI、ロゴ、音楽、ナレーション、効果音を入れて、おもしろく上質に、きれいに、優しく、人の目を引き、決して嫌われないように作る。商品の研究から、マーケティング、市場調査、企画立案から世界観の構築、コピーの精査、スタッフの選択から招集、スケジュール管理、予算の管理、撮影、仕上げ。 いろんな職人が出入りしてできあがっているので、やったことのない人たちがぱっとやろうと思ってもたぶん無理ですね。

Webは、土地代ゼロ円、部屋は増設し放題の媒体です。ものすごい情報量を低予算で世の中に発信できる特長を持っている。そこにソフトとしてのCM的映像を入れ込んでいこうと考える人が現れるのは、当然の流れでしょう。ただ、Web制作者はその精密機械を作るノウハウを、今は持っていない。適当な映像は作れるけど、なんでか、テレビで見ているようなCMが作れない。一から作れるようになるに10年はかかる。広告代理店に企画を依頼し、CMプロダクションにその映像制作を依頼するにはコストがかかりすぎる。だったら人材を買っちゃって、自社制作にしちゃった方がいいと考える人が現れるのも、また当然です。

僕だけじゃなく、いろんなCM関係者が誘われているようです。そしてその中の何人かは、出て行く決断を下している。だから、ちょこっと時間が経つと彼らは平気でCMを作れるようになっている可能性があります。というか、そうなっちゃうのは確実でしょう。CMでちゃんと食えていれば出て行くこともないと、あくまでもCMの世界に居続けようとする僕からしても、結構な脅威になるでしょう。

問題は、CMのプロダクションにどれくらい危機感があるかです。大手プロダクションにはWeb部門を持つところもありますが、全体的にはどうなんでしょう?まだ本気には見えないですね。「なんだかよくわからないからいいや」とか、「まだ予算的に小さくて商売にならないから気にしない」とか思っている人が多くはないですか?少なくともCMのプロデューサーならば、Webの重要性を理解してCM優先のWebの使い方を研究すべきであると思うんですが。 「テレビはテレビ、ネットはネット」みたいな考え方は、早晩通用しなくなると思います。Webの特徴、テレビの強み、雑誌、屋外、いろんなメディアの有効活用を考えて、その上でテレビCMは何をやるのか?Webの動画では何をやろうか?そういう考え方で行かなきゃいかんと思うのです。必ず、近い将来、Webが広告の中心にくる時代になる。そのときに向けて僕らは、自分の価値を落とさずに、Webにどう関わるかの準備をしておかなければいけないのです。

実際、学校なんかに通わなくても、どこかに突っ込んでいってWebも含めた仕事を請け負った方が、いろんなことがわかるかもしれない。以前、ネットムービーを制作したときもいろんなことがわかってびっくりしたのだから。 でも、今回はWeb業界の有名人の成功例を聞いてみたいという気になった。そしたら何かがわかるだろう。とにかく、何が起こっているのか整理された言葉で聞いてみたい。そういう気がしたんです。 講座の講師陣は、海のものとも山のものとも判明しない頃から一つ一つWebの可能性を作ってきたような人たちでした。だから授業はおもしろい。こういう学校だったら嫌いにならないのにね。実際矢面に立ってる人の話は、めちゃくちゃおもしろいんだよ。相変わらず一番後ろの席に座って授業を聞いてはいるが、眠くなったりは一切しない。商売が掛かってますからね。意識が違う。

嫌いだった「学校」にこの歳になって通ってみて、いろんなことがわかりました。学校っていいなあ、いいこと教えてくれるよなあと思ってます。生徒の誰とも口もきいていないけど(笑)。 なるほど、こうなっているのか。だったら俺はこういうことができるな。ってな感じで、かなり収穫あります。 収穫の内容はトップシークレット。自分が楽しくなるように希望を探しに行っているわけだから、つまりは、そういう内容。申し訳ないけど、それくらいしか言えません。ごめんね。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


続きを読む
TOP