甘い香りはもうしない? The Factory Project (前編)

Vol.113
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

Tate & Lyleの製糖工場

ロンドン・シティ空港といえば東ロンドン、テムズ川沿岸の再開発地域ドックランズにある、ロンドン市内(ゾーン3)にある唯一の空港。ヒースロー空港などと比べるととても小さいのですが、日本への国際便も出ており、家から近く何しろ混んでいないので私自身帰省の際によく利用する空港です。そんなロンドン・シティ空港ですが、そのアクセス駅であるドックランズ・ライト・レイルウェイ (DLR) ロンドン・シティ空港駅の外に降りるのは実は今回がはじめて。まずそこで出くわすのは「KEEPING THE NATION SWEET FOR 140YEARS」と看板を掲げそびえ立つTate & Lyleの製糖工場。工場の前の長い道、Factory Roadに沿って歩いて行くと着いたのは「製品搬入->」と壁に書かれたかつて工場の一部であった建物。

中に入ると受付で、「ギャラリーはこの建物と野外、その先のもう一つの建物にあり、ぐるりと巡るかたちになっています。」と案内されます。今回と次回に渡って、この工場跡から10のインディペンデントギャラリーと100名以上の作家の参加した「The Factory Project」をお伝えします。


まず最初の部屋

この部屋はHaze Projectsによるキュレーション

中に入ると、おお、広い!


Slap Unhappy (Durability Test #5), 2021 ©Shinuk Suh

だだっ広い部屋の片隅から人影と「ぺシッ、ぺシッ」という手を叩く音。早速近づいてみるとミッキーマウスのような白い手袋をした大きな手が、宙吊りになった等身大の薄っぺらいラバーでできた左右の人の腰を叩いているじゃありませんか。そこに顔はありません。ラッシュアワーの満員電車のサラリーマンを彷彿させ、なんだか白い手袋が車掌さんの手袋に見えてきます。作品は Shinuk Suh の Slap Unhappy (Durability Test #5), 2021


Succulent Decantings, 2021 ©Solanne Bernard

浴室の一部であるようなタイル貼りの上にウニのような生き物が塔をなし、さらにその黒いツノがタイルからタケノコのように生えてきていて、その中央部では吸盤を持つ謎の生き物が羽化しています。タコのような火星人像は、英国のSF作家H・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』(1898)によって、すっかりおなじみになりましたが、この作品では浴室が別の次元に繋がっているようです。こちらは Solanne BernardのSucculent Decantings, 2021


One Bird in the Hand is Worth Two in the Bush, 2021©Tristan Pigott

人が収まる程の大きさの木製の柵がコの字型に組まれ、それぞれの面にカッコウの雛鳥と托卵された育ての親鳥(仮親鳥)の姿が描かれています。カッコウは托卵、他の鳥に卵を託し子育てをしてもらう鳥ですが、その特異な行為は古くから観察されていたようで、アリストテレスの『動物誌』にも登場。その様子を初めて映像で捉えたのは Edgar ChanceとOliver G Pike の The Cuckoo’s Secret (1922)。目もまだ開いていない生まれたてのカッコウの雛鳥が巣の持ち主の卵を全力で押し出し排除する姿は今見ても衝撃的です。さて、各面に同じ育ての仮親鳥が描かれているのかとよく見れば、手前の絵はヨーロッパヨシキリ、その隣はヨーロッパカヤクグリ、反対側にはマキバタヒバリと皆違う仮親鳥。一羽のカッコウの雌鳥が托卵する巣の数は50個にものぼるそう。なんとも受け入れにくいカッコウの習性ですが、最近ではカッコウのいる場所のほうがいない場所より多くの鳥類の種がいるという、カッコウが鳥類の多様性の指標種となるという研究結果も出ています。作品はTristan Pigottの One Bird in the Hand is Worth Two in the Bush, 2021。


ドアのインスタレーションはGallery No.32のキュレーション。

屋外に出て見ます。ドアが沢山!ドアの向こうに何があるのか何だかワクワクします。

©Sarah Osman

さてこのドアは?ドアのこちら側は洋風の居間。観葉植物が垂れ下がり、薄っぺらい幸福感を映し出す Smile, Joy, Sweet Homeといった言葉の並べられたカラフルなプリントが壁にかけられています。肘掛椅子にはリモコンが置かれ、家主はさっきまでのんびりとテレビを見ていた様子。


©Sarah Osman

ドアの反対側には崩壊した町が表現され、壁には「東は東、西は西、両者が出会うことはけっしてない。」と詩が書かれています。この詩はインド生まれの英詩人でノーベル賞作家のラドヤード・キップリングの「東と西のバラード(1898)」中の四行詩の一部。キップリングといえば、ディズニーでもお馴染みの狼に育てられた少年モウグリの冒険を描いた連作を含む児童小説の古典、ジャングル・ブック(1894)で、世界で愛され続けている作家です。一方で「東と西のバラード」のような作品は東西断絶の象徴として度々政治的に引用されてきました。こちらはSara Osmanの作品で2ヶ月前にようやく終結を迎えた、20年間に渡り米軍の駐留を許したアフガニスタン戦争が重なって見えます。

でも、キップリングのこの詩、実は続きがあります。

(ああ、東は東、西は西、両者が出会うことはけっしてない、)

地と天がやがて神の大いなる裁きの庭に立つ日までは。

だが、東も西もなく、国境も、民族も、生まれもない、

二人の強き男たちが相対するときは、

たとえそれぞれ地の果てからこようとも!

詩の全文はこちらからどうぞ。

それではまだまだ展示は続くのでこの続きは次回!

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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