話すことは離すこと

東京
ライター
来た、見た、行った!
かつらひさこ

友人と美味しいものを食べてとりとめのない話をする、という日をたまに設けている。「とりあえず、どこでもついて行きます!」という感じで、彼女が行きたいというお店にただくっついて行っている。

美味しいものがあるのは嬉しいけれど、極論を言えばなくてもいい。数時間向かい合ってただただ話す、という時間は何と貴重か。社会人になると、本当にそれを実感する。

 

先日は銀座で美味しいスイーツやオムライスを食べながら、ただただ思いついたことを話した。ふと、「こういうことをやらなきゃいけないのだけど、具体的には全然決まってなくて」と、薄らぼんやりしたイメージだけを話すと、「なるほど。じゃ、こういうことができるのかも」と返してくれて、具体例を次々あげてくれた。気が付いたら何時間も経っていた。

私の場合は話すことや書くことで自分の考えを整理していけるので、議論ではなくただ話を聞いてくれる友人の存在も、本当に貴重だ。

 

自分の考えていることなんて、案外自分が一番わかってないことが多いのだが、うまくまとまらないなと思う時は、やりたいことや感じていること、ぼんやりと思っていることを、ただ書き出したり誰かに話す。

そうすると意外なものや思ってもいなかったことが出てきて、「こんなことを考えてたのか」と、自分に驚く。

 

話すということは自分の中から一旦離すということで、それまでぼんやりとしていたものが輪郭を持ち、よく見えるようになることがある。

物を作る時やいろいろ上手くいかないなと悩んでいる時に、実践していることのひとつであります。

 

プロフィール
ライター
かつらひさこ
1975年札幌市生まれ。自分が思い描いていた予定より随分早めの結婚、出産、育児を経て、6年前からライティングを中心とした仕事を始める。毒にも薬にもならない読みやすい文章を書くことがモットー。趣味はクイズと人間観察。

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