ゴールデンカムイの謎 12 谷垣のスキーは「フライング」?

北海道
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

杉元らを追う兵士が操るスキー
時代的にスキーは変?

ゴールデンカムイ2
オソマ?入りのツミレ汁でアシㇼパと杉元が温まっているころ。
彼らを狙う兵士の集団。
秋田マタギ出身の谷垣を含めた一団はスキーを巧みに操り、杉元らを追い詰める。
そのシーン、日本の近代スポーツ史に詳しい人は、

一瞬

「?」

と思ったことだろう。

 この場面は、「フライング」ではないかと。

明治後期、日本にスキーがあるのは
おかしい、と。

 雪道に足を踏み出せば、靴が雪にめり込む。結果、行動が不自由になる。そのため雪国では古くから足が埋まらない仕掛け「かんじき」を足に取り付けることで歩行の便宜を図っていた。

だが、これはあくまでも「足が埋まらない」だけの仕掛け。行動の自由は無積雪期に比べて劣るのは仕方ない。

かたや北欧では、足にそれぞれ「板」を取り付けて雪原での歩行の助けとした。これが「スキー」の原型。北欧伝説に登場する神・ウルは、スキーを履いていたというから面白い。

 

北欧の生活の道具だったスキーが近代スポーツとなり、やがて日本に伝来したのは、公式には1911年(明治44年)の112日。

新潟県中頸城郡高田町(現在の上越市)において、オーストリア陸軍の少佐のテオドール・エードラー・フォン・レルヒ(通称レルヒ少佐)が陸軍第13師団に着任し、堀内文次郎連隊長や「鶴見」宜信大尉ら軍人に技術を伝授したことが、日本における本格的なスキー普及の第一歩とされる。そこで全日本スキー連盟では2003年に112日を「スキーの日」と制定した。

ちなみにレルヒが伝授したスキー演習の後は体を温め英気を養う名目で、兵の一団にはサツマイモ入りの豚汁が振舞われた。そのため当地では現在も豚汁を「スキー汁」と呼ぶ。

一方、北海道・札幌市郊外の三角山においては、1908、東北帝国大学農科大学の講師としてスイスから日本に訪れていたハンス・コラーがスキーを行った。レルヒが高田でスキーを伝授した時期より3年早い。

だがハンスは現地で系統だったスキー指導を行ったわけではないので、札幌は惜しくも「日本におけるスキー発祥地」の座を逃してしまったのだ

 さて、去る202011月末に発売された『ゴールデンカムイ公式ファンブック』。
同書籍のp142からp147に載せられているのが物語世界の歴史年表だ。
冒頭は、史実で土方歳三が出生した1835年。

そして末尾は、日露戦争帰りの杉元が砂金を求めて北海道に渡り、アシㇼパに出会ったとき。その時は「1907年」(明治40年)の2月とされている・

 

19072月?

 越後のレルヒ少佐のスキー伝授より4年前?

 札幌三角山のスキー挙行の1年前?

 そんな時期に、巧みにスキーを操る日本軍兵士。

これでは「フライング」ではないのか?

 謎を解くのはアザラシの毛皮
東北アジア伝統のスキー

 だが、そう片付けるのは早計というもの。
ここで谷垣が操るスキーを確認していただきたい。
そのスキーは、裏側にはアザラシの毛皮が張られた「露国式」と呼ばれるスタイル。
山を登る際はアザラシの毛皮が逆毛となって滑り止めとなり、下る際はなめらかな毛が滑降を促す。

 北方の海に泳ぐアザラシ。
そのアザラシの皮を巧みに用いたのが、これからの物語世界の主人公である東北アジアの先住民族である。

 文化5年(1808年)、常陸国出身の探検家・間宮林蔵は幕府の命を受け、東北アジアに進出するロシア勢力の実情を探るべく樺太、さらに沿海州方面へと渡った。そこで彼が見たのは、北海道アイヌとも異なる文化を有する樺太アイヌ、さらに北方のニブフやウィルタと呼ばれる民族の生きざまである。

氷雪の大地を生きる彼らは犬ぞりを巧みに操り、人力で雪上を歩む際は足に「ストー」と呼ばれる板を履いて滑る。

裏側にはアザラシの毛皮が張られ、上り坂では逆毛となって滑落を防ぎ、下り坂では滑降の助けとなる。まさにスキーだ。

「スキー」が西洋から公式に伝来する以前の日露戦争直後。
当時の「日本領」にはスキーを伝統的に用いる民族が存在していたのである。

 ここで話を冒頭に戻せば、谷垣が履いていた「フライング」?のスキーは、露国式、もとより樺太アイヌ伝統式のスキーに通じる。

多少ネタバレになるが、谷垣は日露戦争、203高地の戦いでの生き残り。そして彼の上司、鶴見の過去はロシアや樺太と因縁深い。

 キャラクターの何気ない行動やコスチュームから、作者の巧みな物語構成がうかがい知れるのだ。

 

 

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドア、グルメ、北海道の歴史文化を中心に執筆中。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)。執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。

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